綱吉と守護者の住居は、現在、ボンゴレ総本部内の居住区と呼ばれる区域にある。
 執務室等のある本館とは広大な庭園を隔てたそこは、ネオルネッサンス様式の美しい館だった。
 色とりどりの蔓薔薇が花開き始めた美しい小道を、道なりに沿って歩いてゆくと、やがて木立の向こうに象牙色の石とクリーム色の石を端整に組み合わせ、煉瓦色の窓枠を持つ瀟洒な館が見えてくる。
 総本部の本館に比べれば居住区の館はさほど大きな建物ではなく、三階建で部屋数は合計三十余り。
 その三階に綱吉のプライベートルームはあった。
 綱吉も守護者たちも過剰に構われるのを好まないために、館の執事や使用人たちは呼びつけた時、あるいは、彼らが主人に用がある時以外は殆ど姿を見せない。
 だが、館の手入れはゆきとどいており、南向きの綱吉の私室は午後の日差しが溢れて、真冬のわずかな期間しか使われることのない暖炉の上には、花瓶にいっぱいの薔薇を中心とした庭園の真新しい花が生けられていた。
 落ち着いた色彩でまとめられた広い部屋に足を踏み入れ、ドアを閉めると、獄寺はまず窓際に寄った。
 全部で十面ある窓のカーテンを全部引いてしまえば、明るかった部屋もほの暗くなる。
 だが、無粋な遮光カーテンではないため、互いの表情や姿を見るには何の支障もなかった。
「シャワーは?」
「後でいいです」
「うん」
 答える時間も惜しいとばかりに、獄寺と綱吉は互いの身体を抱き寄せて唇を重ねる。
 別に、欲求が切迫しているわけではない。ただ一分一秒でも離れがたい想いが、二人に腕を伸ばさせた。
 幾度か角度を変えて深いキスを繰り返してから、素晴らしく大きな天蓋付きの寝台になだれ込む。
 七年前に初めてこの部屋に足を踏み入れた時、こんなベッドでは安眠できないと綱吉は文句を言ったのだが、人間、何にでも慣れてしまうものだ。
 ましてや綱吉は睡眠に対する執着が若干強く、枕が変わると眠れないなどということは全くない性質であったため、獄寺が知る限り、この豪奢な寝台が原因で綱吉が不眠に悩まされたことは一度もなかった。
 しかし、今この大きな寝台は、眠るための道具ではない。何の屈託もなく触れ合えることの喜びにくすくすと笑い合いながら、二人は互いの衣服に手を伸ばす。
 スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めて床に放り投げ、シャツのボタンを外す。
 片手で貝ボタンを外しながら、空いている方の手で恋人の肌に触れ、その熱と手触りを感じるのは、人を愛したことのある人間にしか分からない楽しい戯れだった。
「隼人」
 もっと触って、もっと触りたいと綱吉の声が呼ぶ。
 その綺麗な顔に幾つものついばむようなキスを落とし、また深く唇を重ねる。
 綱吉の唇は、十年以上も前に初めてキスをした時に比べると何倍も甘い気がする。その甘さがもっと欲しくて、獄寺は更に深く濡れた粘膜を舌で探った。
「っ…ん……ぁ……」
 濡れた音に混じって響く、甘くくぐもった声を聞きながら、獄寺はそっと左手を綱吉の首筋に触れさせる。
 薄くて敏感な耳の下を優しくくすぐり、しなやかな首の線をたどって鎖骨のくぼみに触れ、綺麗に浮き出た鎖骨の線をなぞり上げてから、更に下へと下ろす。
 そして辿り着いた胸の中心をやわらかく指の腹で愛撫すると、すぐにそこはきゅっと締まり、小さな果実のように硬く弾力のある粒が立ち上がってくる。
 同時にキスの合間に零れる声にも切なげな吐息が混じって、その素直な反応に獄寺は言葉にならない愛しさを覚えた。
 今日に限って言うなら数日ぶりの行為だが、これまでに数え切れないほど抱いてきた身体。
 互いに知り尽くしているのに、知り尽くしているからこそ、より愛おしい。
 そんなことがあるなんて、綱吉を愛するまでは知らなかったし、知る術すらなかった。
「愛してます……」
 一旦キスを切り上げて、なめらかな肌に唇と舌を這わせる。すべやかな感触は、触れているだけで感動にも似た快感を呼び覚ます。
 夢中になって貪っていると、細い指先で髪を梳かれ、首筋から背中を時折爪を立てながら物憂く撫でられて、鋭い快感が電流のように獄寺の背筋を走り抜けた。
 顔を上げると、甘い熱に濡れたような濃琥珀の瞳が獄寺を見つめていて、身体の芯がぞくりと震える。
「隼人……」
 まなざしばかりでなく、甘く優しい、愛おしさと喜びを滲ませた声に呼ばれて、更に魂が震えなければ嘘だった。
「気持ちいいですか……?」
 ゆっくりと胸元をいじる指先を止めないまま問うと、うん、と綱吉はうなずく。
 その直後に、甘い呻きを零して眉をひそめ、びくりと上半身をのけぞらせた。
「もっと触って……、隼人も気持ち良くなって……?」
 もっと愛して欲しい。そして、この身体で快感を得て欲しい。
 甘い熱に浮かされたような声でそう訴えられて、獄寺は内側の熱がぐっとせり上がるのを感じる。
 が、まだ熱はコントロールできる範疇だったから、もう一度優しく綱吉の唇に口接けた。
 たっぷりと舌を絡ませてからそっと離れ、いっそう蕩けたようなまなざしになった綱吉にささやく。
「あなたに触ってるだけでも、俺は十分気持ちいいですよ。こうして触れてるだけで……あなたが感じてくれるだけで、達っちまいそうなくらいに」
 それは決して誇張ではなかった。
 身体を一つに繋いだ時の快楽は何にも変えがたい。鮮烈で、たとえようもなく甘くて、他に何も考えられなくなる。あるいは、綱吉の手や唇で熱に直接触れられた時の快感も、筆舌に尽くしがたい。
 だが、ただ触れているだけでも十分すぎるほどに心地良いのは本当だった。
 すべやかな肌、甘い声、沢田綱吉という存在の全てが獄寺の感覚を目覚めさせ、煽り、酔わせる。
 だから、こうして触れるのも単なる挿入を目的とした前戯ではなかった。触れること、感じること全てが喜びに繋がる。そして、驚くべきことにそれは自分だけの話ではない。
 こうして腕の中に抱いている最愛の恋人も同じなのだ。
 そんな幸せを獄寺は他に知らなかった。そして、そんな幸せを与えてくれる存在を、他に知らなかった。
「愛してます、綱吉さん。本当に心から」
 心の底からささやいて、再び愛しくてたまらない肌に口づける。
 口舌と指とで、赤みを帯びて硬くしこった胸の中心を丁寧に転がし、やわらかくはじいて、摘み上げ、あるいは軽く吸い立てる。
「っあ……隼、人…っ……あ、あぁ…っ…!」
 何度もそれを繰り返すうちに、綱吉の腕は獄寺の背中から滑り落ち、ベッドのシーツの上をもがくように彷徨い始める。
が、すがるものを求めたのか、綱吉は上半身をのけぞらせながらももう一度手を持ち上げ、獄寺の肩に爪を立てた。
 肩に食い込む細い爪の痛みを甘く感じながら、獄寺は愛撫を下の方へと下ろしてゆく。
 無防備にさらされた脇腹に唇を這わせ、手のひらで腰骨までを撫で下ろすと、甘く引きつった喘ぎと共にびくびくと腰が跳ね上がった。



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