誰が為に陽は昇る 07

「へー。じゃあ、お前らは今年の夏はほとんど居ないのか」
「そういうことになるかな」
「イタリアか。いーなぁ。昔一度、ディーノさんに観光に連れてってもらったきりだし、甲子園がなけりゃ俺も行ってみてーとこだけどな」
 残念、と山本はアイスコーヒーをすする。
 久しぶりに山本と会っているのは、駅前のファミリーレストランだった。
 高校三年の最後の夏を控えている今、強豪校の4番エースには休みなどないといっていい。平日はもちろん土日も部活の練習で埋まり、綱吉たちが彼に会えるのは、練習が終わった後の夜、時間を気にしなくてもいいそれぞれの家かファミレスでと決まっていた。
「誰がてめーなんざ連れてくか」
「あはは。いーじゃん。旅行なんて人数多い方が楽しいぜ、絶対」
「てめーと一緒に行くくらいなら、夏休み中、どっかの馬鹿ファミリーとでも抗争してる方がまだマシだ」
「獄寺君、そう極端なこと言わないの」
 小さな苦笑交じりにたしなめながら、綱吉は山本へと視線を向ける。
 獄寺が山本につっかかるのは、言うなれば挨拶の決まり文句のようなもので、今更綱吉は気に留めない。
 中学生だった頃のように綱吉が血相を変えて止めなくとも、多少の毒舌を吐けば獄寺は後は普通に話し出すし、山本の方は最初から気にもしていない。
 二人の間には、綱吉との間に在るものとはまた違う強い何かが存在しているのは確かであり、慣れてしまえば、そんな二人のやり取りを眺めているのは結構楽しいものだった。
「本当は山本の応援に甲子園まで通うつもりだったんだけどね。去年みたいに町の応援ツアーのバスでさ。でも旅行の計画立ててたら、結構日数かけないと行きたい所全部回りきれない感じになってきちゃって……」
「計算上は、てめーが甲子園の準決勝まで残れば、ありがたくも十代目が応援に駆けつけて下さるって寸法だ」
「準決勝か」
 ふむ、と考え込む顔になった後、山本は彼らしい表情で満面の笑みを浮かべた。
「よし。甲子園での俺の活躍、絶対お前らに見せてやるからな。旅行の日程延ばしたりせずに、ちゃんと間に合うように帰ってこいよ?」
「うん。旅行先からも電話とかするつもりだから、山本も俺たちに試合の結果とか教えてよ」
「とーぜん。楽しみにしてろよ」
 言いながら、山本は楽しげに笑う。
「今年は最後の甲子園だからな。俺も思いっきりやるつもりなんだ。あの鉄板焼きみてーにクソ熱い甲子園のマウンドで投げたり、ホームランかっ飛ばしたりすんのは本当に気分いいんだぜ」
「だろうね。山本見てると分かるよ。本当に楽しそうだもん」
 梅雨明けはまだだというのに、山本の顔や開襟シャツからのぞく腕はこんがりと日に焼けている。そのくせ、ユニフォームやアンダーシャツで隠れている部分の肌は、元のまま白いのだ。
 毎日毎日、屋外で練習していなければ、そんな焼け方をするわけがない。
 そして、本当に野球が好きでなければ、きつい練習の後で疲れているはずなのに、こんな風に屈託なく笑えるはずがなかった。
「俺たち旅行には行っちゃうけど、ちゃんと応援してるから。頑張って、いいとこ見せてよ」
「十代目がありがたくもこんなにまで激励して下さってんだ。最低でも全国優勝しなきゃ承知しねーからな」
「おう。任せとけ」
 脅しなのだか激励なのだか分からない獄寺の言葉にも、山本は笑って答える。
 その笑顔を見ながら、やはり山本の活躍を全部見られないのは残念だな、と綱吉は思った。
 獄寺とのイタリア旅行に替えられるものではないが、しかし、本当に好きなものに打ち込む親友の姿というものもまた、何かと比較できるものでもない。
「俺、母さんに頼んで並盛商業の試合は全部、DVDに録画してもらうよ。で、帰ってきたら甲子園に応援行く前に、全部見るからさ」
「そりゃ嬉しーけど、無理しなくていいぜ、ツナ。俺もイタリア行った時に経験したけど、時差ボケって結構きついからな。帰ってきたら、まずはゆっくり寝て、疲れを取ってからで十分だって。DVDは逃げてきゃしねーんだからよ」
「そうっスよ、十代目。こいつにそんな気を遣う必要はありません」
「気を遣ってるんじゃなくて、俺がそうしたいんだよ。もちろん時差ボケで眠かったら、もともと俺は眠いの我慢できるようなタイプじゃないんだから、ちゃんと寝るし。っていうより、DVD見ながらでも寝ちゃうと思うし。山本も獄寺君も、そっちの方こそ俺に気を遣い過ぎ」
 きっぱりと綱吉が言い切ると、山本と獄寺は顔を見合わせ、それから獄寺は顔を見合わせたことが不本意であるかのようにそっぽを向き、山本はおかしそうに笑う。
「そだな。ま、俺は俺できっちりやるから、お前たちも楽しんでこいよ。せっかくの旅行だろ?」
「当然だ。てめーは真夏の太陽の下で、寂しくボールを追っかけてろ」
「野球やってんのに寂しいわけねーだろ。相変わらず獄寺は面しれーな」
 何やかやと夜更けのファミレスで(一方的な)言い合いを始める二人に、綱吉は、まったくこの二人は、と苦笑交じりの溜息をつき、半ば氷の解けたコーラを飲み干した。



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