誰が為に陽は昇る 05

 ドアを閉めてオートロックの錠が下りたことを確認してから、獄寺はあちらこちらの明かりをつけながら奥のリビングへと向かった。
 短くなっていた煙草を灰皿に押し付けて火を消し、ついでに入浴の支度をしてしまおうと両手のリングやバングルを外しにかかる。
 好んで身につけているアクセサリーは、いずれも革製でなければ純銀の重いものばかりで、一つ外すごとに指がふっと軽くなるのを感じる。が、それは開放感というよりも、むしろ心もとなさをもたらす感覚だった。
 最後に右手の中指に残ったボンゴレリングを見つめ、嵐の紋章が刻まれた表面を、左手の親指で撫でる。
 他のアクセサリーについては、入浴前から翌朝の身支度までは外すのが長年の習慣だったが、このリングだけは、五年前からいかなる時にもこの指に嵌めたままで、外したことなど数えるほどしかない。
 そんな日常使いにしていたら表面に傷が付いてしまうだろうと当初は思ったのだが、一体どんなコーティングが施してあるのか、これまで数々の戦いを経てきたにもかかわらず、リングの鈍く重い輝きに曇りはなく、今も変わらず天井の照明を受けて光っている。
 大ぶりのリングの重みは一番最初に指に嵌めた時から、まるで自分の体の一部であるかのように馴染み、今では外すことなど考えられもしなくなっていた。
 嵐のリングを獄寺が常に身につけていることについて、綱吉が何かを言ったことはこれまで一度もない。
 そもそも綱吉自身、獄寺のように指に嵌めてはいないが、大空のリング自体はチェーンに通して首にかけていたり、ブレザーの内ポケットに持っていたりで、常に身につけているのだから、獄寺がリングを外さないのも当然のことと受け止めているのだろう。
 じっと獄寺は美しい意匠のリングを見つめる。
 これは絆の証だった。
 ドン・ボンゴレと全世界に六人しか居ない守護者との絆を証明するもの。それが何よりも重要なことだった。このリングに秘められた力など、獄寺にとっては二の次、三の次の意味合いしか持たない。
「……イタリア旅行、か」
 夏休みを利用しての観光というのは以前から考えていたことではなく、今日、綱吉との会話で突然思いついたことである。
 そのこと自体は悪い発想ではなかったと思っているし、海外旅行自体が初めてだという綱吉をあちらこちら案内するのは、たとえそれがイタリアであっても、きっと楽しいだろうと浮き立つ気持ちもある。
 けれど。
「すみません、十代目」
 最初は本当に単なる思い付きで、提案した時も不純な動機は微塵もなかった。それは世界と最愛の主に誓える。
 だが、今、残り少なくなった期限までの日々を、誰に邪魔されることもなく二人きりで過ごせることを喜んでいる自分も確かにいる。そのことを獄寺は恥じた。
「情けねーな……」
 一月前のあの日以来、覚悟を据えるよう自分の感情を制してきたつもりなのに、梅雨明けが近付くにつれて、ともすれば心が揺らぎそうになることがある。
 ドン・ボンゴレになって下さい。ドン・ボンゴレにならないで下さい。ずっとお傍に居させて下さい。俺の傍に居て下さい。
 ───俺の、俺だけのあなたで居て下さい。
 もう何年も、そんな声が獄寺の胸の内でこだましている。
 そして、それはこの先も一生止まない。
 そう分かっているからこそ、かえって獄寺はこれまで自制することができた。この想いを忘れられない以上、想いが叶わないことを──胸の痛みを当然のこととして受け入れてしまう方が簡単だったからだ。
 けれど、期限がこの夏の終わりまでとはっきりした今、それならその期限に達するまでは、という微妙な欲が出てきたような気がする。
 だからといって、今更、何も望むつもりはない。
 今の通り、主人と部下という関係のまま、ただ、二人きりで、傍に居られたらいい。
 そんなことは夢に見ることさえ、本来は許されないことではあるのだろうけれど。
 これが、最後の夏だから。
「十代目……」
 ひっそりと呟いて、獄寺は右手のリングに触れるだけの口接けを落とした。



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