誰が為に陽は昇る 04

 ───自分たちが友達だったことなど、一度もない。
 それは綱吉の正直な思いだった。決して、リボーンが一瞬ひらめかせた冷たさに反応して飛び出しただけの言葉ではない。
 もちろん、それは以前からの真実だったというわけではなく、綱吉も自分たちの関係を長い間、友達だと思っていた。
 ほんの一月前までは、ほのかに違和感を感じながらも、獄寺と自分との距離感を友達というカテゴリーに嵌めて考えていたのだ。
 だが、それが真実ではなかったことを、今の綱吉はもう知ってしまっている。
 獄寺は綱吉のことを友人だと考えたことは、出会ったその日から今日まで一瞬もなかっただろうし、綱吉もまた、口では獄寺を友達だと言いつつも、山本に対するのとは異なる感覚にずっと戸惑い続けてきた。
 だが、その違和感も、綱吉が獄寺との関係を友人だと考えていた以上、生まれて当然のものでしかなかったのだ。
 ───主人と部下。
 今、冷静になって現実を見つめてみれば、自分たちの関係を言い表す答えは、ずっとそれ一つきりだった。
 獄寺は綱吉に彼自身のすべてを捧げ尽くし、綱吉はそれを善しとして受け入れる。
 綱吉がどう足掻こうと、そういう形でしか、互いの感情に満足は得られなかった。
 綱吉が獄寺の奉仕を拒絶したら、それだけのことで獄寺は傷付いた顔を見せ、そしてそれを隠そうとして、歪んだ笑顔ですみませんと差出口を謝る。
 その哀しい笑顔を見たくないと強く思ったから、中学時代の終わり頃から綱吉は、獄寺の滅私奉公を感謝して受け取るよう、自分の方向を転換したのだ。
 その結果、獄寺が表情を曇らせることは減り、綱吉自身も心の中で溜息をつきつつも、それで十分嬉しかった。
 加えて、同じ頃から獄寺の方も、先走って周囲に迷惑をかける回数が目に見えて減ってゆき、この二年半ほどの間は、大きな感情の行き違いもなく、二人の関係だけに限って言えば平穏に時を刻んできたのである。
 それを友情だと思っていた自分は、どうしようもなく幼く、そして純真だったと、今になってみれば綱吉は唇を噛まずにはいられない。
 友情だと思っていたからこそ、自分たちの間にある微妙な距離感に戸惑い、それを縮めたいと何年もの間願っていたのだが、所詮それは何も知らない子供の夢想に過ぎなかった。
(俺と、獄寺君が本当に欲しかったのは……)
 友情などという言葉でくくれるものではなくて。
 もっと熱を帯びて切ないまでに残酷でまばゆい、一生に一度出会えれば十分だと思えるほどの、何か。
 その事に気付いて改めて振り返ってみれば、お友達ごっこ、とリボーンが評した通り、自分たちの間には友情など一度も存在したことはなかった。
 在ったのは、共に修羅の道を歩むものとしての絆と、それとはまた異質のひたすらに相手を想う感情だけだったのだ。
 笑ってくれると嬉しい。
 喜んでくれると嬉しい。
 傍にいてくれると嬉しい。
 自分の中に在るそんな簡単な感情の理由さえ、綱吉は長い間『友情』という言葉を盾にして、正しく認識しようとはしなかった。
 だから、一番最初から一線を引いていた獄寺の物の考え方を理解しきれず、高校に入った頃からその距離感の深みが増した理由にも、つい最近まで気付けなかった。
 気づけなかったことを今、悔やんではいるが、もうどうしようもないし、たとえ気づいていたところで、自分にはどうすることもできなかっただろう。
 だが、そんな幼いお友達ごっこも、もう終わる。
 リボーンに言われるまでもなく、分かっている。
 このイタリア旅行が最後だった。
 二人きりで異国で過ごす夏が終われば、その先には後戻りすることなど叶わない道が地平線まで伸びていることを、綱吉ははっきりと知っている。
 そして、獄寺も、また。
「……これが最後の、俺たちのお友達ごっこなんだよ、リボーン」
 だから、この夏が過ぎてしまうまでは。
 祈るように綱吉は呟いた。



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