誰が為に陽は昇る 03

「それじゃあ、また明日の朝、お迎えに上がります」
「うん。今夜はありがとう」
「いえ、俺は何もしてませんから。でも、旅行の許可、いただけて良かったっスね」
「まあ、大丈夫かなーという気はしてたけどね。俺が何かやりたいって言った時、母さんに反対されたことはあんまりないから。今回は海外っていっても旅行だし、俺一人で行くんでもないし、許してもらえるだろうと思ってたよ」
「そうですか」
「うん。といっても、実際に行くとなったら君に全面的に頼る形になっちゃうから、悪いとは思うけど」
「そんなこと全然ないっスよ! 十代目のお役に立てるのなら、俺はそれだけで嬉しいです」
「……うん」
 獄寺の言葉には、嘘がない。
 綱吉を気遣わせまいと隠し事をすることはあっても、それは嘘とは呼ぶべきものではなく、そして彼が綱吉の役に立てるのが嬉しいと言ったのなら、それは真実であって、それ以外の何物でもない。
 そのことに気づいた時から、綱吉は獄寺の自分に対する行動を否定することをしなくなった。
 無論、彼の行動が行き過ぎて周囲に迷惑をかけた時には叱るが、普段はある程度、獄寺のやりたいようにやらせるのが常となって、もう何年にもなる。
 そうすれば獄寺は嬉々として綱吉のために働き、綱吉がありがとうと言えば、少し照れを含ませた、けれど掛け値なしの笑顔を見せるのだ。
 そして綱吉自身も、獄寺のそんな笑顔を見ると嬉しくなるのだから、それはそれで一つの幸せな循環だろうと、漠然と捉えていた。
 実際の自分たちの感情の中には、つい最近まで気付けずにいた複雑な陰影があり、それは今この瞬間も、綱吉に甘さよりも切ない痛みめいたものをもたらしていたのだが、それでも、こんな他愛ない会話を交わす時間が、まるで宝石のようにきらめきながら胸の内に降り積もってゆくのを、綱吉は表情には出さないまま、心の中でそっといとおしんでいた。
「じゃあ、また明日」
「はい。失礼します、十代目」
「気をつけて帰ってね」
 最後に軽く片手を上げて、獄寺は背を向け、歩き去ってゆく。
 少しだけその後姿を見送ってから、綱吉は家の中に入った。
 玄関の鍵をかけ、靴を脱いで上がり、自分の部屋に行こうと廊下を数歩進んだ所で、ぴたりと足が止まる。
 階段の前に、黒いスーツ姿の小さな家庭教師がいた。
 その感情の浮かばない漆黒の瞳と目が合った途端、少しばかり浮ついていた気分が平均気温以下にまで急降下する。
「……何?」
 一瞬で身構えた綱吉に対し、リボーンは小さく溜息をついて、それから静かに言った。
「オトモダチごっこもいい加減にしとけ。お前も獄寺も、だ」
 ───オトモダチごっこ。
 それはイタリア旅行のことか、それとも。
「──俺と獄寺君が友達だったことなんて、一度もないよ」
 分からないながらも綱吉は言葉を返して、リボーンの横をすり抜け、階段を上がる。
 そして自分の部屋に入り、ドアを静かに閉めて。
 ドアに寄りかかったまま、目を伏せた。



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