誰が為に陽は昇る 02

「イタリア旅行〜!?」
「そう。夏休みに行きたいんだけど」
 綱吉と獄寺、奈々、リボーンの四人での夕食が終わり、デザートに移ったところで綱吉は話を切り出した。
 今夜の食後のデザートは、手ぶらで訪問するわけにはゆかないからと沢田家へ来る途中に獄寺が買い求めたサクランボである。綺麗に洗われ、ガラスの器に盛られたそれは、つやつやと照明の明かりに光っていた。
「いいわね〜私も行きたいわぁ。素敵なファッションに、美味しい食べ物に綺麗な街並み! きっと素敵よねえ」
「うん、それは正解だと思うけど、行くのは母さんじゃなくて、俺と獄寺君だから」
 イタリアと聞くなり、うっとりと胸の前で両手を組んだ奈々に、綱吉は冷静に突っ込みを入れる。
 子供の頃は分からなかったが、成長した目で世間的に見ると、奈々はかなりのんきで、浮世離れした部類に入る母親だった。
 母の寛大さや愛情深さには感謝しているものの、うまい具合に手綱を取ってやらないと、そのロマンティック大好きな性格ゆえに、時々妙な方向に話が走ってゆくことを、あと数ヶ月で十八歳になる綱吉はよく知っている。
「そうね、それが問題だわね。ツナ、どうしてイタリアなの? 旅行に行くのなら国内でもいっぱい良い所あるじゃない。沖縄とか北海道とか」
 そして、ロマンフィルターを脇に置くと、奈々は途端に息子をよく理解した母の顔に豹変する。
 いつものように鋭い質問ではあったが、しかしそれは綱吉の予想の範囲内であり、その答えは既に用意してあった。
「前から興味はあったんだよ。ほら、なんでだかうちにはイタリア絡みの人間が、次から次に来てただろ。獄寺君だって、イタリア生まれだし」
「ああ、そういえばそうよね。ビアンキちゃんもランボちゃんも。最近顔見てないけど、どうしてるのかしら」
「だろ? 別にあいつらに会いに行くわけじゃないけど、イタリアがどんな国なのか、見てみたくなってさ。案内なら獄寺君がしてくれるっていうし」
「そうねえ……」
 んー、と奈々は細い腕を組んで考え込む。
 そして、獄寺の方へと視線を移した。
「獄寺君は、五年前に転校してくるまではイタリアにいたのよね?」
「はい。その後も年に数回は帰ってます。最近だと春休みに一度」
「そうなの。じゃあ、あと心配なのはうちの子だけね。獄寺君、正直に答えて欲しいんだけど、ツナをイタリアに連れて行っても大丈夫だと思う?」
 ちょっと待て、と綱吉は突っ込む。
「それ、どういう意味だよ、母さん」
「だってあなた、昔に比べたら随分マシになったけど、元々の根っこがやわやわじゃないの。外国に行ってちゃんと帰ってこられるのかどうか、心配にならないわけないでしょ」
「あのねえ、俺だって」
「大丈夫ですよ」
 舌戦に踏み込もうとした母子の会話に、すかさず獄寺が割り込んだ。
「向こうに行ったら俺はお傍を離れませんし、沢田さんを絶対に危ない目になんか遭わせないとお約束します」
「そう? 私も獄寺君なら大丈夫だって思うけど、でもこの子は、ねえ」
「大丈夫だろ、ママン」
 そう言ったのは、それまで沈黙して食後のエスプレッソを飲んでいたリボーンだった。
 感情の読めない黒いつぶらな瞳で、綱吉と獄寺をちらりと見てから、奈々へとまなざしを向ける。
「可愛い子には旅をさせろって昔から言うしな。自分から言い出して怪我して帰ってくるほど、こいつらも馬鹿じゃねえだろうさ」
「そうかしらねえ……」
 更にしばらく考え込み、やがて奈々は溜息を一つついて、顔を上げた。
「そうね、ツナも男の子だし、若いうちに他の国を見てくるのも悪くはないかもしれないわ。但し、条件があるわよ」
「何?」
「お父さんみたいに旅慣れた人ならともかく、あなたにとっては初めての海外旅行なんだから、旅行スケジュールをちゃんと私に教えて、それから毎日一言でいいから電話すること。それが守れなきゃ、旅費は出してあげないわ」
「──その二つさえ守れば、オッケーなの?」
「ええ」
 今度は綱吉が考え込む番だった。
 条件としては悪くない。
 行くとなれば、最初から日程くらいは知らせてゆくつもりだったし、向こうに着いた時や帰る時など時々は電話するつもりも、もちろんあった。それがもう少し詳細に、あるいは頻度が上がるだけである。
(過保護にされてると獄寺君に思われるのは嫌だけど……それは今更かな)
 ちらりと隣りを窺ってから、綱吉はうなずいた。
「分かったよ。約束は守る。それで行ってもいい?」
「ええ。でも絶対よ? 守らなかったら、うちに帰ってきても玄関開けてあげないから」
「うん。ありがと、母さん」
「あと、お土産もね。写真もいっぱい取ってきてね。素敵な所があったら、今度、私もお父さんに連れて行ってもらうんだから」
「はいはい」
 母親の注文にぞんざいにうなずきながら、綱吉は獄寺と目を見交わし、こっそりと勝利の笑みを浮かべた。



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