目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ 09

「十代目、これから俺がする話は、すっげー情けない話です。軽蔑されてもしかたないんですけど、最後まで聞いてもらえますか」
「……うん。でも、」
 真面目な顔で切り出した獄寺に、綱吉はうなずいて見せ、でも、と続ける。
「俺が獄寺君を軽蔑したりとかは、何を聞いてもないと思う。だって、俺の方が情けないところとか駄目なところ、絶対に多いと思うし」
「そんなことないですよ。あなたと俺とじゃ比べ物にもなりません。それに今は、俺の話です」
 少しだけ強引に、獄寺は話の筋を戻す。
 こんな風に彼の意見をさえぎるのは心苦しかったが、話が綱吉自身の評価ということになると常にお互いの意見が分かれるため、水掛け論になってしまうのは目に見えている。
 いつもなら、いかに彼が素晴らしいか熱烈に語って見せるところだが、今はそれだけの精神的な余裕がなかったし、また話の筋道を逸らしたくもなかった。
「十代目。俺はあなたに、俺だけを認めて、俺だけを褒めてもらいたかったんです。これまでずっと」
「……そうなの?」
「───はい、そうなんです」
 結構、一世一代の罪の告白のつもりだったのだが、綱吉にはそうは聞こえなかったらしい。
 戸惑ったような綱吉の問いかけに、少しだけ獄寺の気分がほぐれる。
 だが、話すべきことだけは話してしまわなければ、と続けた。
「俺は、二年前のあの日から、ずっとあなたの右腕のつもりでした。だから、あなたに特別扱いされるのが当然だって、何故か思い込んじまってたんです。とんでもねー勘違いでした」
「───…」
「それにようやく昨日、気付いて。そんなんじゃ駄目だって思ったんです。今の俺は、十代目に御迷惑をおかけしてるばっかりだって。だから、変わろうと思ったんです」
「え? 変わるって……?」
「だから、もっとあなたの右腕に相応しい人間になれるように」
「…………」
 獄寺が答えると、綱吉は眉をハの字にして考え込む。
 そして、一分ほどの沈黙の後、顔を上げた。
「あのさ、獄寺君。俺、よく分かんないんだけど……。それってもしかしたら、俺のために変わるって言ってるの? 俺に迷惑かけないために?」
「え」
 一瞬、獄寺は反応に詰まる。
 綱吉の言葉は確かに間違ってはいない。いないのだが、ここでうなずいたら、何かを間違えてしまうような気がした。
 そもそもこの問題は獄寺自身のものであって、自分が変わることの責任を綱吉に負わせるつもりはない。だから、慌てて言葉を探す。
「いえ、そうじゃなくて。俺が、もっとマシな人間になりたいんです。そりゃ、あなたのためっていう気持ちは一番にありますけど、あなたのためだけというわけでもありません」
「…………」
「本当です、十代目。それとも俺の言うことは、そんなに信用できないですか?」
「君のことは信じてるよ」
 眉をハの字にしたまま、綱吉は即答した。
「信じてるけど、獄寺君は時々、俺に対しては隠し事するのも知ってるから。今の言葉も、丸ごと信じていいのかどうか、ちょっと分からない」
「…………」
 今度は獄寺が押し黙る番だった。
 確かに綱吉が言う通り、綱吉を心配させるまいと、あるいは格好悪い所を見せまいと隠し事をしたことは、これまで何度もある。
 悪気があってしたことではなかったが、それらも悪意なき罪であることには変わりないだろう。因果応報、という日本にきてから覚えた四文字熟語が、獄寺の脳裏を巡ったが、ここでへこんでいては綱吉の言葉を肯定したことになってしまう。
 そうではないのだ、と獄寺は改めて強調した。
「十代目、俺は確かにあなたが一番大切です。あなたのためなら何でもできます。でも、あなたが大事だっていうこととは別に、俺自身がマシな人間になりたいっていう欲求もちゃんとあるんですよ」
「……うん」
「あなたも多少は聞き知ってるでしょうけれど、俺、日本に来るまでは滅茶苦茶な生活をしてました。それこそ、いつ死んでもおかしくねーような……。目に付くものは何でも破壊したかったし、誰を傷つけても何とも思わなかったし、大事だと思えるものも守りたいものも、一つもありませんでした」
 改めて言葉にすると、本当にひどいと自分でも思う。
 あの頃の自分は、人間ではなく、狂った獣だった。
 そんな自分の過去を一番大切な人に告白するのは、消え入りたいほどに恥ずかしく、苦い。
 けれど、綱吉に分かってもらうには、正直なことを話すしかないと獄寺は言葉を続ける。
「でも、日本に来て、あなたと出会って、俺は変わったんです。少なくとも、自分では変わったと思ってます。けど、まだ足りない。別に聖人君子になりたいわけじゃありませんが、あなたの隣りに立つことを誰にも恥じない自分に、なりたいんです」
 言いながら、ああそうだ、と獄寺は自分の中にある一番の願望に気付いた。
 強いだけでなく、頼りになるだけでなく。
 ───優しい人間になりたい。
 彼の優しさを茨の檻と感じてしまうような今の自分ではなく、その優しさを傷付けず、自然に彼の心を汲み取れるような、そんな人間に。
 そして、彼の守りたいと思うものを、ボスの望みだからというのではなく、自分も守りたいと思えるようになりたい。
 何故なら、自分は彼の優しさに救われたから。
 もちろん、自分が彼を救うなどというのはおこがまし過ぎるが、せめて彼の支えになりたい。
 彼が歩むのは、彼の優しさには到底似合わない暗黒の修羅の道。だから、自分はその闇の中での杖になりたい。
 自分を救ってくれた彼が、ずっと変わらないように。
 変わらないで下さい、なんて、どうしようもなく我儘な願望ではあるのだろうけれど。
 それでも、彼がいなくなったら、自分の世界は、冷たく血の臭いに満ちた暗黒に逆戻りしてしまうから。
「いきなりすぎて、あなたを心配させてしまったことは本当に申し訳ないと思ってます。でも、十代目が何と言われようと、俺は今の俺じゃ駄目なんです。変わらないと」
 分かって下さい、と頭を下げる。
 そのまま、永遠とも思える、だが実際には一分かそこらの沈黙が落ちて。
 ひっそりとした綱吉の声が、静寂を破った。
「獄寺君て、すごいね」



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