目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ 06

「な、んだよ、てめーは」
「んー? お前と一緒。サボリ」
 そんなことは見れば分かる、と思った。
 なにしろ今はまだ三時限目の途中だ。授業の終了を告げるチャイムはまだ鳴っていない。
 だが、険悪に睨む獄寺に構わず、山本は獄寺の正面に身軽に腰を下ろした。
「腹が痛くなったっつって、出てきたんだ」
「なら、便所でも保健室でも行きやがれ」
「そんなとこ行っても意味ねーよ。俺はお前に用があんだからな」
 その台詞は、獄寺には予期できていたものだった。
 それ以外に、山本が授業中に屋上までやってくる理由などないのだ。彼もまた学業にはさっぱり興味を持っていないが、授業をサボることは滅多になく、自分の席で堂々と居眠りしているタイプなのである。
 だが、そんなことは獄寺には何の関係も無かった。
 険悪なまなざしもそのままに、低く告げる。
「俺はてめーになんざ用はねえ。サボリならとっとと他所の場所へ行けよ。てめーが行かねえんなら、俺がよそに行く」
「そう言うなよ、獄寺。お前が俺と話したくねーのは分かるけど、ツナだって心配してんだからな」
 ツナ、という固有名詞に、獄寺は情けないことに、ぴくりと反応するのを抑えきれなかった。
 無論、山本も分かっていて、伝家の宝刀を抜いたのだろう。目ざとくそれを見て取ったらしく、軽く首をかしげた。
「なぁ獄寺。回りくどいのは好きじゃねーから、単刀直入に聞くけどよ、今日に限ってなんでツナが俺や他の連中としゃべってても絡んでこねーんだ?」
「───…」
「らしくねーだろ。別に俺も、お前にごちゃごちゃ言われたいわけじゃねーけど、いつもと違うことされっと、調子が狂うんだよ」
「てめーの調子なんざ知ったことかよ。狂いっぱなしでいりゃいいだろうが」
 言いながらも、獄寺は、山本の言葉に激昂しない自分に少しばかり驚いていた。
 常の自分なら、てめーには関係ねえと語気荒く言い捨てて、この場を立ち去っていてもおかしくないのに、こうしてまだ腰を下ろしたまま、立ち上がろうともしていない。
 想像していたよりも遥かに苛立ちが薄いのは、いずれは聞かれることを覚悟していたからだろうか。
 それとも、昨日からあれこれ考えすぎて、あまりの自己嫌悪の深さに精神が疲れ果てているせいだろうか。
「お前がどうしても口に出せねーってことなら、これ以上は俺も聞かねえ。けど、そうじゃねーんなら、言えよ。黙ったまま妙な態度取るのは、心配してくれって言ってるようなものだろ。そんなんで俺とツナがいつまでも黙ってると思う方が間違いだぜ」
「いつまでも、ってまだ昼にもなってねーだろうが。半日も過ぎてねえ」
 分からない、と思いながらも獄寺は、憂鬱に口を開いた。
「──おかしかったのは、これまでの俺だろ」
 その言葉の意味が把握しきれなかったのか、山本が片眉を上げる。
 今はこいつの顔も見たくない。そう思いながら、獄寺はまなざしを空へと上げて、続けた。
「十代目が誰かと楽しそうにするたびに、狂犬みたいに吠えまくって。いくら十代目が大事っつったって、尋常じゃねーよ。……それに気が付いただけだ」
「獄寺……」
「心配されるようなことじゃねえ。十代目にも、……てめーにもな」
 低く言い、煙草を手にしたままの左手を上げて、目の辺りを隠す。
 隠していることが露骨であっても、これ以上表情を見られたくなかった。
「分かったんなら、行けよ。腹がいてーっつって出てきたんだろ」
「獄寺」
「────」
「獄寺、お前が考えてることは分かった。それが的外れとは言わねー。でもな、俺は別に嫌だと思ったことはねーよ。ツナと俺がしゃべってたら、お前が割り込んでくる。それが俺たちの『普通』だろ」
 山本の声には茶化す気配は微塵もなく、ただ真摯だった。
「無理する必要なんかねー。お前はお前らしくしてりゃ、それでいーんだよ」
「───…」
 他の時であれば、山本の言葉は、この野郎と思いながらも、それなりに心のどこかで嬉しいと思えたかもしれない。
 だが、今の獄寺にとっては無意味だった。
 山本が肯定してくれたところで、仕方がないのだ。獄寺の険悪な割り込みに対し、いつもいつも困った顔をしていたのは、彼ではなく綱吉の方なのだから。
 この世で一番大切な人に、もう二度とあんな顔をさせたくない。
 決して困らせたくない。
 だから、獄寺は自分を変えることにしたのだ。それがどんなに辛く、苦しくとも。
 無言で答えない獄寺をどう受け止めたのか、じゃり、と砂を踏む音がして、山本が立ち去ってゆく気配がする。
「山本」
 その遠ざかってゆく気配と足音に向かって、獄寺は目元を隠したまま、声を投げかけた。
「十代目には何も言うな。ちゃんと俺から話す」
「──ああ」
 短い返事だったが、それで十分だった。
 山本は、言ったことは必ず守る。
 これまで共に過ごした短くとも濃い時間の中で、獄寺は正しくそのことを理解していた。



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