去り行く日々の足音に 25

 月曜日も上天気だった。
 いつもの時間に綱吉が玄関を出ると、今日も門のところで獄寺が律儀に待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
 いつもと変わりない挨拶を交わしながらも、綱吉は目ざとく、寝不足らしい獄寺の目の充血を見逃さなかった。
 だが、それはお互い様だろう。
 日曜を挟んだおかげで、少しばかり気分は落ち着き、泣いて腫れた目も大体元通りにはなったが、それでも寝不足なのには変わらず、自分の目もまだ赤いはずだった。
「寝不足って顔、してるね」
 何となく苦笑を覚えながら、綱吉は隣りを歩く獄寺に語りかける。
「俺ですか?」
「俺も、だよ」
 眠れなかったことを隠す気はなかった。目が赤いのに、そんな意味のないことをしても仕方がない。
 それよりも、今朝は彼に言いことがあるのだ。バス停に着くまでに、言うべき事を言ってしまいたかった。
「別に君のせいってわけじゃないから、そんな顔しないで欲しいんだけど。それよりさ、獄寺君」
「はい?」
 ゆっくりと歩きながら綱吉は切り出す。
「俺もね、土曜から色々考えてたんだ。これまでのことと、これからのこと」
「……はい」
「それで、心配してくれた君には悪いと思うんだけど……、例の事はどうせ近いうちに答えが出るというか、出さなきゃいけないことだから。それなら、今はちょっとだけ横に置いといてもいいかもしれないと思って」
「……つまり、結論は先延ばしってことっスか?」
「そういうことになるのかな。俺なりに真剣に考えたんだけど、何が一番大事なのかって自問自答したとき、浮かんだのはやっぱり皆のことだったんだ。君とか山本とか、京子ちゃんとかハルとか……。
 だから、とにかく今はごちゃごちゃ考えるよりも、『今』を一番大事にしたいって思ったんだよ。こういうのって、やっぱり現実逃避だと思う?」
 そう問いかけると、獄寺は考えるような表情になった。
 朝の光の中で、霧がかった湖のような瞳が深い色に揺らめく。
 その綺麗な色を見やりながら、綱吉は続けた。
「将来も大事だけど、現実的には今日、交通事故に遭うかもしれないわけだし。明日がどうなるのかっていうのも、本当のところは分からないだろ? ……もしかしたら平和なのは、今のうちだけなのかもしれないからさ。
 俺としては、こうして君と一緒にいる時間とか、もしかしたら今しかないかもしれない、当たり前に感じることを大事にしたいんだ」
「十代目」
「俺、ずるいかな」
「いいえ、とんでもない!」
 意気込んで否定する獄寺は、いつもの彼だった。
 少しだけ嬉しくなって、綱吉は笑う。
 そのせいだろうか。続きの台詞は、何の気負いもなく口から滑り落ちた。
「じゃあさ、君さえ嫌じゃなかったら、もう少しだけ俺のモラトリアムに付き合ってくれる? そんなに長い間じゃないはずだから」
「はい。……でも」
「でも……何?」
 問うと、獄寺は少しだけためらった後、そっと言った。



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