去り行く日々の足音に 26

「いいんですか。あなたのお傍にいるのが、俺で」
「何言ってるの、今更」
 真剣に問われたその言葉に、綱吉はポーズではなく心の底から呆れる。
 思わず足を止めて、まじまじと獄寺の顔を見つめた。
 この土日に自分も随分と色々考えたが、彼の方はそんなことを考えていたのか。
 自分のことを大切に思ってくれているからこそであるには違いないが、時々、彼の思考は空回りした挙句、てんで的外れな明後日の方角へと飛んでゆく。
 そんな部分すらも、獄寺隼人という人間を構成する大切な要素であることには変わりはないのだけれど。
「っていうより、俺から離れて一体、どうするつもりなわけ? そもそも君と俺は、同じ学校で同じクラスなんだよ? これから卒業まで半年以上、学校サボりつづけるつもり? それともいっそ中退でもするの?」
「いや、それはそうなんですけど。……俺がお傍にいたら御迷惑かなとか、」
「何、馬鹿なこと言ってるんだよ。いいんだよ、君はそのままで」
 それこそ、俺の方が迷惑かけてるんじゃないかと言いたいくらいなのに、とぶつぶつぼやくと、獄寺は更に困った顔になりつつも叫んだ。
「十代目が迷惑だなんて、天地がさかさまになったって有り得ないですよ!」
「だったら、もうゴチャゴチャ考えない! 俺の傍に居たいのか、居たくないのか、どっち!?」
「居たいです!!」
 間髪入れない即答だった。
 満足して、綱吉は微笑む。
「うん。俺も、こうして君と一緒にいるのは楽しいし、君が居なくなったら困るよ」
「……本当ですか」
「こんなことで嘘ついて、どうするの」
 ほがらかに言うと、獄寺はほっと安堵したような表情になる。
 ───これが、綱吉が一日考えた結論だった。
 ようやく定まった覚悟を口にしない限り、自分と獄寺はまだボスと部下ではない、などというのは、ずるい詭弁かもしれない。
 けれど、一昨日、彼を傷つけるのが怖くて本心を言えなかった自分の弱さを、それならそれで開き直って、最大限に利用しても良いのではないか、と考え方を切り替えたのである。
 こんな風に獄寺と過ごすことを許されるのは、どうせ今しかないのだ。
 だからといって、もちろん、一線を越える気はこれっぽっちもない。
 想いを伝えても、互いに苦しむ事になるばかりか、将来のファミリーのことを考えれば、何一つ有益なことはないことは重々分かっている。
 だから、ただもう少しだけ、憧れではない初めての恋をした相手と一緒に、友達とも仲間とも呼べない、このほろ苦く優しい関係に浸っていたいと思うのだ。
 それはもしかしたら、彼にとっても自分にとっても、ひどく残酷なことなのかもしれなかったけれど。
 それでも、今だけは。
「……今年の夏も暑くなるのかな」
「どうっスかね。予想では、また酷暑になるって言ってますけど」
「そんな予想、当たってもちっとも嬉しくないなぁ」
 見上げた朝日の眩しさに、綱吉は目を細める。
 あと幾らもしないうちに入梅したら、夏はもう目の前に迫る。
 ───それまで、あと少しだけ。
 もう少しだけ、このままで。
 この平和な日々を、まるで世界に二人きりみたいに。
 決して恋人同士にはなれなくても、と心のうちで呟いて、綱吉は隣りを歩く獄寺を振り仰ぐ。
「じゃあとりあえず、今日も学校に行こっか」
「はい」
 ためらいなくうなずく彼の瞳の翠緑色に、笑みを返して。
 そして綱吉は、迷いのない琥珀のまなざしを前へと向けた。

End.




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