去り行く日々の足音に 24

 明かりを消し、ひどく重く感じられる体を、綱吉はベッドの上に横たえる。
 昼間に奈々が干してくれたらしい日向の匂いのする布団は、馴染んだ感触で体重を受け止めてくれたが、心は何一つ、慰められなかった。
(獄寺君)
 夕食の間は、リボーンや母が自分の決意を知った時にどう反応するかということが気にかかってそれどころではなかったが、夜が更けると共に、今度は昼間、覚悟と同時に自覚したばかりの感情が、綱吉を苦しめ始めていた。
 夜間は、理性よりも感情に天秤が傾くという巷説は本当なのだろう。今にもあふれそうな想いを持て余して、暗闇の中で唇を噛み締める。
 こうして目を閉じてくると、浮かんでくるのは彼のことばかりだった。
 出会ってからこれまで目にしてきた彼の瞳の色、髪の色、表情や言葉、仕草の一つ一つまでが、鮮やかに自分の裡に焼き付いている。
 これほどの感情に、何故今日まで気付かなかったのか。
 そして、今日、彼の言葉を聞くまで、どうして彼の気持ちに気付かなかったのか。
(違う。気付かなかったんじゃない。気付かないようにしていたんだ)
 何故なら、自分たちの想いには未来がないから。
 自分がこのままボンゴレの十代目となれば、たとえ右腕と称されようと彼はあくまでも部下の一人にすぎず、彼だけを特別扱いするわけにはいかない。
 そして彼もまた、部下の一人である以上、ボスに対して忠誠以上の感情を持つことは許されない。
 だから、自分の感情に、無意識に目隠しをしていたのだ。
 自覚してしまえば、辛いばかりだから。
 多分、と仮定するまでもなく、自分たちが恋人同士になるのはとても簡単な事に違いなかった。互いに想い合っているのだから、それこそ好きだと一言、告げるだけでいい。
 だが、想いが通じ合えば、恋心はそのまま独占欲となる。マフィアのボスと特定の部下が、互いに独占欲を持ち合い、第三者に対していちいち嫉妬心を抱いていたら、お話にもならない。
 おそらくは、獄寺もそれを恐れていたのだろう。
 忠実な右腕であろうとするのなら、恋心など邪魔な感情でしかないから、あれほど感情豊かな彼が、その部分だけは徹底的に押し隠していたのだ。
 今日の昼間、自分が気付いてしまうまでは。
(好きだよ。君が一番好きだよ)
 いつからとか、そんなことは分からない。
 けれど、あんなにまでも全身全霊で、文字通りに命がけで想ってくれる相手を愛さないでいられるわけがなかった。
 呆れるくらいに純粋で、一途で、不器用で、誰よりも優しい人。
(君は知るわけがないけど、俺は君が笑うと、すごく嬉しくなるんだ。どうしてなのかは、今日まで分からなかったけれど)
 それでも、この想いは永遠に叶わない。
 どれほど自分たちが想い合っていても、ボスと部下である限り。
 そして、自分の裡にある、獄寺を含む大切な人たちを守りたいという想いも本物だったから、どうあっても自分は、獄寺一人を選べない。
(それでも、好きだよ。これからもずっと)
 いっそ一生、感情に目隠しして気付かずにいた方が、楽だったかもしれなかった。
 胸の一番奥から込み上げる悲痛な叫びにも似た想いに、こらえきれず眦(まなじり)から涙が零れ落ちてゆく。
 リボーンに気付かれるかもしれないと思ったが、あふれ出したものが容易く止まるはずもない。
 頭から布団を被って嗚咽を押し殺しながら、涙が枯れるまで綱吉は泣いた。



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