去り行く日々の足音に 19

「十代目……いえ、沢田さん」
「大丈夫。ちゃんと分かってるから」
 真意が伝わっていないのではないかと焦った様子で名を呼んだ獄寺の言葉を、綱吉は笑顔でさえぎった。
「俺がはっきりしないから、君にも心配させちゃったんだよね。ごめん」
「そんなこと……」
「いいんだよ、本当に」
 そう言って、続けるべき言葉を探す。
 何と言えば、分かってもらえるだろうか。彼の感じている謂れのない罪悪感を薄めてあげられるだろうか。
 自分の弁舌に自信を持ったことなど一度もない。
 けれど、何かしら言わなければならなかった。それも、一番の真実は心の奥底にしまったままで、口にできる限りの本当の事を。
「──前はね、本当に嫌だった。いきなりボスになれって言われても、俺は自分がイタリアの血を引いてることも知らなかったし、ましてやマフィアだなんて、映画とかのぼんやりしたイメージしか知らなかったから。もちろん、今だって何にも分かっちゃいないんだけど」
 大ボンゴレはただのマフィアではない──だが、綱吉に分かるのはそこまでだった。何がどう違っているのかは、リボーンも教えてくれたことはない。
 教える気がないのだ、と気付いたのは何年前だっただろう。
「正直に言うと、まだ決めたわけじゃないんだ。この五年間、ボスになれって言われ続けてきたけど、覚悟なんてできてないし、かといって、高校を卒業した後に特にやりたいことがあるわけでもないし。……でも、一つだけ、こうだったらいいなと思うことはあるんだよ」
 ずるい言い方だと思った。
 こんな風に言えば、獄寺は必ず訊くだろう。それが義務であるかのように。
「どんなことですか?」
 そう、こんな風にそれがどんなことであっても、言葉にしてくれさえしたら叶えると言わんばかりに。
 分かっていて、自分は言うのだ。半分真実で、半分真実ではない言葉を。
 ───ごめんね。
 そう心の中で詫びながら、綱吉は静かに答えた。
「この五年間、大変なことばかりだったけど、それでも俺にとっては楽しいことも多かったから。山本と友達になって、君と出会って、他にもハルとかランボとかイーピンとかビアンキとかフゥ太とかディーノさんとか、数え切れないくらい……。
 リボーンがうちに来てから、間違いなく色んなことが変わったんだ。皆がいてくれたから、俺はダメツナじゃなくなったんだよ。自分に自信が持てたわけじゃないけど、俺は自分のことが少しだけ、好きになれた」
「十代目」
「だから、俺はこれまでと同じように皆と一緒にいられたら、それが多分、一番幸せなんだ。別にいつもべったり一緒がいいっていうわけじゃなくて、たまに会って、でも会わないでいた時間なんか関係ないみたいに笑って話せたら、それがどこであっても構わないんだよ」
 “どこであっても構わない”
 つまりは、この町──並盛でなくてもいい、というその言葉を獄寺がどう受け止め、解するか。
 分かっていて言う自分は、どうしようもないほどに残酷だと思った。
 けれど、今、本心の全てを告げれば、彼はきっと更に深く傷付く。
 自分のために全てを投げ出そうとしてくれた彼の心を、たとえ一時的なごまかしにすぎないとしても、今この場でずたずたに引き裂くような真似は綱吉にはできなかった。
 だからといって、真実とは正反対の嘘を口にすることもできない。
 嘘をつくことは、どこまでも誠実な獄寺に対する裏切りだった。
 だから、綱吉は精一杯の言葉を紡ぐ。完全な真実でもなければ、完全な嘘でもない、曖昧な言葉を。
 ───ごめんね。俺は君が望む方向へとは進まない。この先、永遠に。
「今の俺が考えてるのは、それだけだから。この先どうするか決めたら、ちゃんと君には言うし、さっき君が言ってくれたことも忘れないから」
 心配しないで。
 本心を隠したまま、綱吉はもう一度獄寺に微笑んで見せた。

 『君が命がけで俺の未来を守ろうとしてくれるのなら、俺も自分の全てをかけて君と、その他の大切な人たちの生命と未来を守り抜く。
 それが自分の行くべき道だと、さっきの君の言葉で分かったから。
 ありがとう、そしてごめん。俺はもう迷わない。覚悟はできたから。』



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