去り行く日々の足音に 17

 綱吉は、すぐには獄寺の言葉に応答しなかった。
 深い琥珀色の瞳で、じっと獄寺を見つめる。
 そうしてどれほどの時間が過ぎたのか、おそらくは二十秒かそこらだっただろうが獄寺には永遠にも感じられる沈黙の後、わずかに首をかしげた。
「俺がボスにならなかったら……君はどうするの?」
「俺が、ですか?」
「うん」
 開口一番の台詞としては予想外だったが、それは当然の問いかけかもしれなかった。
 獄寺は十三歳の頃から、ひたすらに十代目の右腕になるという未来図を口にし続けていたのである。
 察しの良い綱吉が、獄寺の発言がその未来図を放棄するものだと気付かないはずはなかった。
「──…」
 どう答えるべきか、と綱吉のまなざしを受けたまま、獄寺は迷う。
 本心を言えば、どうとでもなりますよ、と嘘をつきたかった。この平和な国でなら、金と頭脳さえあれば幾らでも成功できるから、と。
 けれど、そんな見え透いた嘘など綱吉はすぐに見抜いてしまう。
 彼を心配させることは本意ではない。だが、それ以上に彼に嘘はつけなかった。
「……分かりません」
 正面から答えることには耐えられず、少しばかり目を伏せて答える。
「俺は……生まれた時からマフィアの世界にいましたから、どうやったって堅気にはなれません。でも、どこかのファミリーに入らなくたって、それなりにやっていけるもんです。昔の俺や、姉貴みたいに」
「…………」
 少しだけ間をおいて、綱吉は、そう、と小さくうなずいた。
 そして何かを思うように、明るい窓辺へと視線を向ける。
 その横顔に、獄寺は必死な思いで言い募った。
「沢田さん、俺のことなんて気にしないで下さい。俺は本当に、俺一人のことくらいどうとでもできますから。あなたはあなたのことだけ、考えてくれればいいんです」
 この先、綱吉以外の誰かをボスと呼ぶ気は全くない。それは綱吉もきっと承知しているだろう。
 だが、だからといって、彼を縛る足枷にだけはなりたくなかった。
 綱吉がボスになることを選ばず、光にあふれた世界をゆくのなら、その後姿を笑って見送りたい。振り返って欲しいなどとは、この命にかけて願わない。
 それが彼の幸せに繋がるのなら、自分の事など忘れてくれて構わなかった。
 ずっと暗闇の中にいた自分に、光を見せてくれた人だから。
 笑うことすら忘れていた自分に、人間らしい感情を……誰かを大切に想う気持ちを取り戻させてくれた人だから。
 彼が幸せになってくれるのなら、自分は何を失っても構わない。

 ───あなたが、誰よりも何よりも大切だから。

 彼のためなら、地獄の責め苦だって笑って受け止められる。
 その想いは自分の中にある、たった一つの真実であり、永遠に変わらないと確信できる唯一のものだ。
 だから、獄寺は綱吉が何と答えようと、必ずその意志に従う。
 微塵たりとも迷うつもりはなかった。



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