Five-seveN 13

 廃ビルを模したセットの中央で、柱の陰から物音も殆ど立てずに襲い掛かるファビオのナイフを、綱吉は無駄のない動きで交わし、身を沈めてファビオの脚を払う。
 だが、ファビオも素早く飛びのき、綱吉の死角になる崩れた壁の向こうに身を翻す。
 先程から延々と続いている攻防を、獄寺は他の面々と共にセットの入り口から見つめていた。
 この五年間、最強のヒットマン・リボーンのスパルタ教育と、数多の敵との過酷な死闘の中で磨き抜かれた綱吉の闘い方は、万事において無駄がない。
 これほど強く、美しい闘い方をする人間を獄寺は他に知らなかった。
「……あんたのボスは恐ろしい人だな」
 少し離れた位置で、獄寺と同じく二人の攻防を見守っていたルカが、すっと獄寺の真横まで寄ってきて、そう呟く。
 ルカは冷めた雰囲気を持つ青年で、線の細い印象の南スラブ系の顔立ちには愛想も無く、言葉数も少ない。
 今もセット内を見つめたまま、淡々と言葉を紡ぐ感じだった。
「ファビオがまるで子供扱いだ。ヴァリアーに入った一番最初にベル隊長とやり合った時も、こんなとんでもない奴がいるのかと思ったが、あんたのボスとやり合うのは恐怖の種類が違う。
 こちらの攻撃が全て読まれてる感じだ。予測してなきゃ絶対に避けられない上に、予測もできないはずの必殺の攻撃が簡単に避けられて、後ろを取られる。ぞっとする。やり合った後は、しばらく冷や汗が止まらない」
「……それが十代目だ」
「らしいな。あんたのボスは眠れる獅子だ。ファビオが言っていた。九代目は、あの人の人間性を見てXANXAS様ではなくあの人を選んだんだと。
 それは正しいんだろう。だが、俺はそれだけとは思えない。
 俺が見る限り、XANXAS様の牙より、あんたのボスが隠している牙の方が遥かに鋭く、大きい。九代目もそれを御存知だったんじゃないのか」
「───…」
 ルカの声は答えを求めている風ではなかったから、獄寺は返答を避けた。
 九代目が、本当のところは何を思って綱吉を後継者に選んだのかは、獄寺が知るべきことではない。
 必要なのは、自分が十代目の側近として選ばれたことであり、その役目に自分が相応しくあることだけだった。
 だから、九代目に対しても十代目に対しても、獄寺は論評する言葉は持たない。
 そのまま無言で見守っている間にも、敢えてファビオの攻撃を受けて立っているようだった綱吉が、頃合と見たのか、ふっと動く。
 次の瞬間、ファビオの右腕は斜め後ろにひねり上げられ、軋むように震えたその手から戦闘ナイフが落ちた。
 綱吉は素早く床に落ちたナイフの柄を左足で踏み押さえ、そのまま静止する。
 関節を決められたファビオは身動きならず、綱吉もまた動かず、息の詰まるような十秒間が過ぎて、やっと綱吉は凍りついた空気が解けるかのようにファビオの体を離した。
「──お見事です」
「うん、ありがとう」
 賞賛ばかりではない低い声で告げたファビオの声は、呼吸が明らかに乱れている。
 対して、綱吉の方は息を切らせてもいない。
 深く息をついてからナイフを拾い上げ、背筋を伸ばしたファビオは、一連の攻防で乱れた戦闘服の襟元を両手で正したが、その顔も汗にまみれていた。
 特殊部隊上がりの猛者すら他愛なく圧倒する。綱吉のその脅威の戦闘力、その畏怖さえ感じさせる美しさは、眠れる獅子などではない、と獄寺は思う。
 もっと違う何か、唯一絶対の生き物だ。
 春に咲く花のように優しく、夏の日差しのようにまばゆく、秋の空のように深く豊かで、冬の陽だまりのように温かい。
 それでいて、花が散るように刹那に閃き、かすめ飛ぶ鳥のように鋭く、吹き抜ける風のように自在にしなやかで、夜空に輝く月のように冴え渡る。
 そんな比類なきやわらかさと鋭さを合わせ持つ絶対の存在にたとえるべきものを、獄寺は知らなかった。
「ま、これだけできれば上出来だな。ファビオとルカも、よくやってくれた。礼を言うぞ」
「いえ、我らの任務です」
 リボーンの率直な言葉に、ファビオは丁重に返し、ルカもまた無言でうなずく。
 そんな二人に綱吉も声をかけた。
「ファビオもルカも、またイタリアで会うこともあるだろうし、XANXASを通じて任務を頼むこともあるかと思う。その時は、またよろしく頼みます」
「はい」
「その時には、微力を尽くすことをお約束致します」
「ありがとう。この一月間は俺にとって貴重な時間でした。感謝しています」
「いえ、私こそお会いできて光栄でした、十代目」
「俺もです。お会いできて良かった。俺の方こそ貴重な経験をさせていただきました」
 二人が口々に告げる真情のこもった言葉に、綱吉は目をまばたかせ、それからやわらかく微笑んだ。
「ありがとう、ファビオ、ルカ」



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