Five-seveN 12

「今からちょうど二十年前だ。家光は門外顧問機関の幹部として、一つの任務を負って日本に戻っていた。
 任務の内容は、初代こと日本に帰化した沢田家康の直系以外の子孫を密かに護衛することだった」
「直系、以外」
「ああ。お前が知っている通り、ボンゴレは血縁しか跡を継げない。
 だから一人でも多く身内を確保しておく必要があるが、ボンゴレは初代の二人の子供のうち、下の娘の一家を戦中戦後の混乱の中で一旦、所在を見失ったんだ。
 その娘夫婦には女の子供がいたが、戦争で両親を失ったその娘は、自分が異国の血を引いていることを隠して成長し、嫁いで子供を生んで、まだ若いうちに亡くなった。
 ボンゴレがもう一度、彼女の所在を探し当てた時には、彼女は既に亡くなった後で、当然、その子供たちは自分の素性を知らなかった。
 その時のボンゴレ八代目は、遠い親戚が知らずに平和に暮らしているのなら、それもいいと思ったらしい。
 本人たちには敢えて何も知らせないままで、門外顧問機関に一族の陰ながらのガードを委託したんだ。
 だから家光も、その任務を受けて故国に戻ったんだが……お前も知ってる通り、あいつは頭が切れる一方でムチャクチャ馬鹿なところがあってな。
 ガードの対象の娘に一目惚れしちまいやがった」
「それが……母さんだったの……?」
 ここまで話が進めば、推測できる結論は一つしかない。
 恐る恐る口にした綱吉の答えに、リボーンはうなずいた。
「そうだ。写真を見た時から『すげー可愛い子だぞ』と妙に浮かれていたんだが、日本に行って実物見た瞬間、理性が飛んだらしい。
 即交際を申し込んで、一年後に結婚しちまったんだ。俺もあいつとは長い付き合いだが、あれほど馬鹿だと思ったことはねーぞ。
 まあ、奈々は女性としては最高クラスだから、あいつの女を見る目は確かといえば確かだけどな」
「───何というか……」
 いかにもあの父親らしい、と渋々ながらも綱吉は納得する。
 しかし、母親も血縁の一人だったというのは少なからぬ衝撃だった。
 無論、母親は何も知らないはずだし、父親もおそらくは生涯、彼女には本当のことは何も告げないだろう。
 ボンゴレの血を引く意味も、また二人に血の繋がりがあることも。
 そして本人が知らない以上、またボンゴレ側に知らせる意思もない以上、母親は市井の一女性でしかない。あくまでも表向き、組織とは無関係の存在だ。
 だから、綱吉が真実を知ったところで何も変わらない。これまで通りに母親には何も知らせず、父親と共に秘密を隠し続けてゆくだけである。
 ともあれ、それの良し悪しを横に置いても、衝撃は衝撃であり、事実を受け止めるには少しばかりの時間が必要そうだった。
「でも、父さんと母さんがボンゴレの血を引いてるってことは……」
「初代から数えると家光と奈々が八分の一、お前は八分の二、つまりは四分の一で、遺伝子で言うんなら家光よりもボンゴレの血が濃いことになる。
 だから、お前が初代に似ているのも、俺のスパルタ教育のおかげでそこそこ芽が出たのも、偶然でも何でもねーんだぞ」
「……そういう、ことかぁ」
 何となく綱吉は溜息をつく。
 衝撃は去らないもののリボーンの言葉には妙な説得力があり、心理的にはともかくも、事実関係についてだけは強制的に納得させられた感じだった。
 別に、それが不快というわけではない。
 ただ、何だかなぁという気分だけは否めなくて、じっとりとリボーンを見つめると、ふんと鼻を鳴らされた。
「何だ? 言いたいことがあるんなら口に出して言え」
「別に……。ただ、お前は全部知ってたんだなと思ってさ」
 そう文句をつけると、リボーンは馬鹿馬鹿しいとばかりに肩をすくめる。
「知ってたけどな、だからといって俺は、それでお前を教育すんのに加減したりはしてねーぞ。
 お前の教育を九代目に依頼されて、それを受けた。受けたからには、全力を尽くしてお前を十代目に育て上げる。
 血筋も何も関係ねえ。素質があるんなら、それを徹底的に叩いて伸ばす。俺がやったのはそれだけだ」
「…………」
 確かにそんなものかもしれない、と綱吉は思う。
 リボーンは彼の言う通り、相手の素質は最大限に重視しても、肩書きや血縁関係といったものは全く無視するタイプだ。
 綱吉の教育に際しては、初代の戦闘スタイルを意識して取り入れた部分もあるが、それもあくまでも、綱吉の資質の方向性を見極めた上でのことだった。
 そして、九代目もおそらくは、身内に対する情愛は深くとも、それと自分の後継者を選ぶこととを混同するような昏迷な老人ではない。
 ボンゴレの血を引いていることは最低条件とはしても、十代目候補として綱吉に求められたのは、何があろうと大切なものを守るために戦い抜き、生死の境目で生き延びる肉体的精神的な強さ、それだけであるに違いなかった。
「リボーンは……俺が十代目に就任したら、お役御免?」
「ああ、そうなるな」
「……そっか」
 何の感慨もなさげに言うリボーンに、綱吉は微苦笑未満の表情を口元に滲ませる。
 この家庭教師はいつもそうだ。
 喜怒哀楽をまず表に表さない。だが、冷たいのとは根本から違う。
 少なくとも、この五年間に自分に向けられた父親のような情愛を、綱吉は心の深い部分で感じ取り、受け止めていた。
「早かったな、五年間」
「そうだな。色々あったが、過ぎちまえば一瞬だ。何だってな」
「うん」
「だが、俺がいなくなるからって安心するんじゃねえぞ、ツナ。俺の一番のお得意様はボンゴレだし、俺はボンゴレ総本部にも出入り自由だからな。いつでも抜き打ちでチェックに行ってやるからな」
 その時に腑抜けたことをしていたら容赦しねぇぞ、といつもの調子で言うリボーンに、今度こそ綱吉は笑う。
「ははっ、肝に銘じとくよ」
「その言葉、忘れんじゃねーぞ」
「忘れないよ」
 何一つ、と綱吉は心の中で呟く。
 この五年間のうちに起きたことは全て、苦い思いも辛い思いも含めて、自分にとっての宝石だった。
 時にはまばゆく、時には昏く輝いて、これからの自分を支え続けるだろう。
 その中心にあるのは、守護者をはじめとする仲間たちであり、黒衣の家庭教師だ。それはこの先何十年過ぎようと、未来永劫、変わらない。
 まだ十八になったばかりの自分に決して変わらないものを得させてくれた全ての存在に、心から感謝したいと思った。 



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