Five-seveN 10

「……完了!」
 綱吉の声と同時に、ストップウオッチがピッと小さな音を立てる。
 続いて、リボーンの平静な声が聞こえた。
「7分46秒。遅い。あと一分半は短縮できるはずだぞ」
「──そうばっさり言うなって……」
 あっさりと駄目出しされて、綱吉は大きく息をつきながら自分の部屋の天井を見上げる。
 テーブルの上の手元にあるのは──秋以来の愛銃となったFive-seveN。
 黒いカーボネイト樹脂製の銃身は、光沢はなくひたすらに黒い。
 たった今、綱吉はこれを分解し、再組立し終えたところだった。
 分解と言っても完全なオーバーホールではなく、日常の手入れのための分解である。
 これがいかに手早く、確実にやり遂げられるかがガンマンとしての技量の一つの目安となる。
 実際、一番初めの頃には三十分近くもかかっていた綱吉であるが、今は三分の一以下に所要時間を短縮することができていた。
「プロの軍人や欧米の警官なら、腕のいい奴は六分以内で処理を終わらせるぞ」
「はいはい、何度も聞きましたって」
 ぞんざいに受け流しながら、綱吉は改めてFive-seveNを見つめる。
 これを初めて手にしてから、既に二ヶ月以上が過ぎようとしているが、銃というものについては未だに現実味が薄かった。
 今ではこれの構造や機能も理解しているし、射撃の技量自体も上がってきていることは自分でも感じている。
 だが、あくまでも『訓練』であるせいか、ナイフ共々、自分がこれらの武器を手にして敵と戦う場面をイメージすることが、どうにも難しい。
 武器を使いこなすのとは全く別のレベルで、自分の撃った銃弾が生身の人間に当たること、あるいは、自分の手にしたナイフが生身の人間を傷付けることを考えるのは、綱吉の心の一部が完全に拒否しているかのようで、それらのいずれについても想像がつかなかった。
(……それはそれで、矛盾してる気もするんだけどな……)
 綱吉の経歴から見れば、既に一般人とはかけ離れている。
 幾度もの壮絶な戦闘を戦い抜いてきたし、幾人もの敵を倒してきた。そういう意味では、綱吉の拳はとうの昔に他人の血に濡れている。
 なのに、拳銃とナイフに対して嫌悪感に似た違和感を感じるのは、確かに矛盾としか呼びようがなかった。
(こういう風に感じるのは、俺だけかな……)
 守護者の面々を見渡しても、大半は最初から武器を使って戦うタイプだった。そうでないのは、綱吉以外には了平くらいのものである。
 だが、リボーンは了平には向いていないとの理由で、拳銃とナイフ相手に戦う技術は教えても、それらの武器を使って戦う技術は教えていない。
 だから、本当の意味でこの違和感を抱えているのは、おそらく綱吉一人だと考えて間違いなかった。
「──リボーン」
「何だ?」
「お前はさ、どう考えてる? お前自身が銃を武器にして戦っていることについて」
「────」
 リボーンは即答はしなかった。
 口元に興味深げな笑みをかすかに滲ませて、黒い丸い瞳で綱吉を見やる。
「どうも何もねぇぞ、別に」
「どうして?」
 どうでもいいことを聞くと言いたげなリボーンの返答に、しかし、綱吉は引き下がらなかった。
 重ねて問いかけると、リボーンは半分興じているような半分つまらなさげな曖昧さで、肩をすくめる。
「俺にとっては一番身近にあって、一番使いやすい道具だった。理由何ざ、そんなもんだ。山本や獄寺だってそうだろ。
 手にするきっかけがあって、たまたまそれが性に合った。そうしたら、あとは単なる道具だ。敵を排除して、自分の身を守るためのな。
 ツナ、お前だってそーだろ。一番最初にレオンが生み出したのが銃だったら、俺はそれをお前に渡したぞ。それがお前に一番合う道具だってことなんだからな」
 言われて、綱吉はそういえば、と思い出した。
「イクスグローブはレオンが創ってくれたんだっけ……」
「そうだぞ。忘れてたのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど……」
 慌てて綱吉が首を横に振ると、リボーンの帽子の上で緑色のカメレオンが、きょろりと丸い目を動かす。
 物言わぬ愛嬌たっぷりの不思議な生き物は、今日もただじっと師弟の会話を聞いているようだった。
「……これも道具だって割り切れたら、いいんだけどな」
 目の前のFive-seveNは、やはりイクスグローブとはイメージが重ならない。
 あちらは綱吉が死ぬ気化しない限りは、ただのミトン手袋である。
 比べて、こちらは明らかに『武器』の形状をしている。視覚的にも同列に扱えという方が無理だった。
「いずれ慣れるぞ、そんなもの」
 だが、こともなげにリボーンはそう告げる。
「持ち慣れない上に、この国じゃそれは法律違反の代物だ。最初のうちは違和感があって当然だぞ。けど、毎日持ち歩いてりゃ、そのうち体の一部になって、無い方が違和感を感じるようになる。人間の感覚なんて、そんなもんだ」
「……そうかな」
「ああ」
「……うん」
 そんな風に感覚が麻痺してゆくことが、良いことなのかどうかは分からなかった。
 ただ、そうなることが求められている──そうなるべき道を、自分で選んだのだということは綱吉にも分かっていた。
「ま、これについては、そう急がなくてもいいぞ。そのうち嫌でも分かるようになる。今、重要なのは、お前が自分で自分を守れるだけの技量を身に着けることだ」
「うん、それは分かってる」
 うなずきながら、ふと綱吉は思いつく。
 ボンゴレ十代目を襲名すれば、おそらくこれまで以上に生命の危機は増える。
 今の拳銃やナイフを使った訓練も、それを想定してのものだ。
 勿論、どんな敵が来ようとそうそう簡単にやられるつもりはないし、一騎当千の頼もしい守護者たちもいる。
 ───だが、もし万が一のことが起きたら。
(俺の次……ボンゴレ十一代目は、どうなるんだろう?)
 そうでなくとも、もし綱吉が断固として十代目襲名を拒んでいたら、血縁の他の誰かに白羽の矢が立てられたはずだ。
 その人物は、どんな風に選ばれるのだろう。どんな候補者が立つのだろう。
 今現在の綱吉自身には、直接関係のないことといえば関係のないことである。
 少なくともそれについて口出ししたり決断したりする権限は、まだ与えられていない。
 だが、思いついてしまった以上、何となく気になった。



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