Five-seveN 09

 ボンゴレから派遣されてきたという二人の男に綱吉が会ったのは、射撃訓練が始まってから一月が過ぎ、銃の扱いにはどうにか慣れた頃だった。
 二人のうち二十歳前後に見える青年は、色素の薄い砂色の髪と薄碧の瞳を持ち、背格好は綱吉とあまり変わらない。
 三十代後半と見える年かさの方は、黒っぽい髪と瞳を持ち、ちょうど家光のようながっちりとした体型の大男だった。
「若い方がルカで、でかいのがファビオだ。二人ともヴァリアーに所属している」
「ヴァリアー!?」
 リボーンの紹介に、綱吉も他の三人の守護者も思わず驚きの声を上げる。
「そうだぞ。俺から九代目を通しての要請に、XANXASがOKしてくれたんだ。感謝しとけよ」
「XANXASが?」
「ま、この二人を選抜してくれたのはスクアーロらしいけどな。お前らを鍛えるためなら仕方ねーと思ってくれたらしい。ボンゴレのボスがナイフの使い方も知らねーんじゃ、笑い話にもならねーからな」
「は……」
 驚きすぎて何が何だか分からなくなりながら、綱吉は改めて目の前に立つ二人を見つめた。
 こちらについてはどんな情報を持っているのか、二人とも表情は消しており、動じた様子はない。
 だが、その隙のなさに、ヴァリアーの中でも相当な実力を持つのではないかと見当をつける。
「今の俺じゃ銃の扱いは教えられても、ナイフは教えられねーからな。この二人は体格が全く違う上に、それぞれタイプの違うナイフ使いだ。
 ファビオは軍の特殊部隊出身で、言ってみればナイフ格闘のプロだな。
 ルカは下町仕込みの自己流だ。どっちかつーとベルフェゴールに近い」
 ベルフェゴールの名前に、獄寺がかすかに反応するのを綱吉は見ずとも感じた。
 だが、数秒待ってもそれ以上のことは何もなく、ほっと内心で吐息をつく。
 昔ならいざ知らず、今の獄寺は自分を抑えることにも随分慣れてきているようだった。
「訓練の内容としては単純だ。お前らは、こいつらが襲い掛かってくるのを撃退できるようになればいい。
 とにかくナイフ使いの攻撃パターンを体で覚えろ。そして、どうすれば刃物を持つ相手を無力化できるのかをな」
「──分かった」
 リボーンの説明にうなずき、綱吉は一歩前に足を踏み出した。
「ファビオ、ルカ。わざわざ日本まで来てくれてありがとう。自己紹介するまでもないだろうけれど、俺は沢田綱吉。それから右から順に、獄寺隼人、山本武、笹川了平。俺の守護者たちだよ」
「初めてお目にかかります、十代目。ファビオと申します」
「ルカです。以後、どうぞお見知りおきを願います」
「うん、よろしく」
 流暢な日本語で挨拶し、丁重に頭を下げる二人には、ナイフの使い方も知らない異国育ちの『十代目』を侮っている様子は微塵もうかがえなかった。
 もっとも実力主義のヴァリアーの人間である。
 これからの訓練で相応の進歩を綱吉が見せなければ、内心の軽蔑と共に上司にそれを報告することは十分に考えられた。
「じゃあ、全員こっちに来い」
 挨拶を終えたのを見届けて、リボーンはすたすたと壁に向かって歩いてゆく。
 どこに行くのか、と綱吉が思った時、ピッと小さな電子音が響いて、わずかなタイムラグの後にリボーンの目の前の壁幅一メートルほどが音を立てて十センチほど奥にずれ、そして左にスライドした。
「え!?」
「壁の向こうに……!」
「まだ部屋があったのかよ?」
 綱吉ばかりでなく、他の三人もそれぞれに驚きの声を上げるのを振り返って、リボーンは右手に小さなリモコンを持ったまま、にやりと笑う。
「他にも色々あるぞ。お前らがまだ知らないだけだ」
「……秘密主義もいい加減にしろって……」
 訓練が始まる前に、どっぷり疲れた気分になりながら、綱吉はリボーンに続いて壁の向こうに現れた空間に足を踏み入れる。
 そして、辺りを見回して驚いた。
「ここは……」
 まるで廃墟のようだった。崩れた柱に、崩れかけた壁、割れた窓ガラス、乏しい照明。廃ビルを思わせる空間は、視界が遮られているせいで、全体の広さすらよく分からない。
「だだっ広い場所で敵に襲われても、そうそう怖くねーからな。来月からは射撃訓練も、このセット内で行う予定だぞ」
 セット、ということは、わざわざこういう空間を作ったということだろう。
 第一、地下訓練場の他の部分は、経年劣化など微塵も感じられないピカピカの造りであり、ここだけこんなに古びているのは、かえって不自然である。
 自分の訓練のためとはいえ、どれだけ手間と設備をかける気なのかと、とことん実戦主義のリボーンに綱吉はもう言葉もない。
 だが、現実的に考えれば、こういう場所で敵と対する可能性も決して低くはないのだ。
 これまでの自分の経験を省みて、半ば悟りの気分でうなずいた。
「分かったよ。で、何から始めれば?」
「教官はファビオとルカしかいねーからな。まずはツナと獄寺、お前ら二人だ。山本と了平は、あっちで俺といつもの訓練だな」
 そしてリボーンは、ファビオとルカを手招く。
「ファビオはツナ、ルカは獄寺についてやってくれ。獄寺は素人じゃねーが、ツナは新兵のつもりでナイフの握り方から仕込むことになる。面倒をかけて悪ぃが、頼んだぞ」
「はい」
「どうぞお任せ下さい」
 答えるファビオとルカにうなずき返して、リボーンは山本と良平を引き連れて射撃場のある部屋の方に戻ってゆく。
 その後姿を見送ってから、綱吉はファビオと向き合った。獄寺もまた、ルカとの距離を詰める。
 ヴァリアー所属ということも手伝ってか、元より警戒心の強い獄寺が二人に対してあまり友好的な感情を持っていないことは綱吉にも伝わってきていたが、今の獄寺は、そうそう感情任せには行動しない。
 放っておいても大丈夫だろうと、黒髪黒目の巨漢を見上げた。
「それじゃ、お世話になります」
「はい」
 ファビオはうなずいて、手に持っていた小型のジュラルミンケースを綱吉の眼前に掲げ、開ける。
「ランドール社製M14アタック・ブラックマイカルタの特注品です。リボーンさんの注文でお持ちしました」
「ランドール……」
 そこに納められていたのは、一本のナイフだった。
 刃渡り二十センチ余りの両刃で、かすかにでも触れたら切れそうなほど鋭く見える。
 黒い柄は樹脂とも木材とも見える素材で、装飾は何一つない。
 何一つ飾らないのに、戦慄を覚えるほど美しい。
 ごくりと唾を飲み込んでから、綱吉はゆっくりと手を上げ、それに触れた。
 重い。そして、冷たい。
 Five-seveNを手にした時以上の、古い起源を持つ武器の放つ気配に体の芯がおののく。
「……どうやって持てば?」
「こちらの刃を下にして、普通に五本の指で握って下さい。必殺を狙う場合には刃を返しますが、その技術は十代目にはおそらく不要でしょう」
「……どうしてですか?」
「あなたが九代目が選ばれた、ボンゴレのボスだからです」
 沈着冷静なファビオの低い声に、ほのかに畏敬の念がこもる。
「九代目は、我らがXANXAS様ではなく、あなたを選ばれた。それだけで分かる者には分かるのです。九代目が何を求めておられるのか、あなたがどのような御方か」
 ……正確に言うのなら、XANXASがボンゴレ十代目に選ばれなかったのは、その性格だけが問題だったわけではない。
 が、それを指摘するべきではないことは言うまでもなかった。
「そして、そうでなければ、我らヴァリアーも存在意義がありません。加えて先程、リボーンさんもおっしゃられました。敵を撃退できるようになれば良い、と。
 ならば、我々はあなたに対して、刃を上に向けて襲い掛かりますが、あなたが我々を刃を上に向けて迎撃する必要はないのです」
「……分かりました」
 理解されている、と思った。
 九代目は自分を理解してくれている。そして、この教官役の戦士も九代目と自分に忠誠を示してくれている。
 それに応えなければならないと思いながら、綱吉はゆっくりとナイフの柄を握る。
 人の命を左右できるものを手にしている重みと冷たさが、じわりと手のひらから全身に染み渡ってゆくようだった。
「──これは私の憶測ですが」
 そんな綱吉をじっと見つめていたファビオが、再び静かに口を開いた。
「我々程度の攻撃は、すぐに十代目は撃退できるようにおなりでしょう。先程から十代目の身のこなしを拝見していて、そう感じました。
 十代目は、門外顧問殿の御子息であり、あの伝説のヒットマン、リボーンさんの愛弟子でいらっしゃる。
 四年前にXANXAS様に勝利されたのも、大変失礼ながら決してまぐれではないと、直(じか)にお会いして理解いたしました」
「────」
 その認められ方を喜ぶべきなのかどうかは分からなかった。
 だが、ひ弱と称されがちな外見ではなく、中身を見ようとしてくれているらしいファビオの言葉に、何とも言えないぬくもりを綱吉は感じる。
「……あなたがそう言ってくれるのなら、期待を裏切らないように努力します」
 そう答える表情は、自然に微笑みになった。
 拳銃と同じく、ナイフの感触も一生、好きになれそうにはない。
 だが、拳銃と同じく、必要な道具としてその存在を受け入れることはどうにかできそうだと思った。



NEXT >>
<< PREV
<< BACK