Five-seveN 07
山本が地下訓練場での訓練に参加した翌週、了平もそこに加わった。
了平に対しても、リボーンは山本と同じく銃を持たせないことを宣言し、山本と同じように拳銃を持った敵には死角から忍び寄ること、そしてそれが不可能な時には、銃口を見定めて弾を避けることを教えた。
了平には山本以上に、拳銃は似合わない。
山本のようにその身に剣士の血が流れていればまだしも、了平は純粋に平和な家庭、平和な血筋に育ったスポーツマンである。
彼を体現するのは、迷いも陰りもない拳、それだけでなければならなかったから、それを汲んでくれたりボーンの判断に、改めて綱吉は深く感謝した。
叶うことなら、誰にも手を汚しては欲しくない。
自分だって、手を汚したくはない。
けれど、どちらかの選択を迫られたなら、綱吉は迷いなく自分自身を汚す方を選ぶつもりだった。
こんな覚悟は誰も喜ばないだろうけれど、と自嘲しながら、ベッドに横になって、明かりを消した自分の部屋の天井を見上げる。
山本も了平も全てを理解し、覚悟した上で共に行くと言ってくれたのだ。妙な気遣いは彼らを怒らせるだけだろう。
だが、それでも彼らに似合わない陰を負わせるよりはマシだと思えた。
(……でも、永遠にってのは無理、かもな……)
ボンゴレの守護者は、ボスと同じく、常に敵の標的となる。
彼らは強く、同時に複数の敵とも余裕で渡り合えるだろうが、世の中には強敵もいるし、卑劣な手段を使う敵もいる。
過剰な暴力をもってしか我が身や仲間を守れない。そういう事態に遭遇する可能性も、決して低くはない。
想像するのも嫌だったが、それがこの先の現実だった。
(俺たちは……出会わなければ良かったのかもしれない。俺が並盛にさえ住んでいなければ、皆を巻き込まずにすんだ。
……でも、それならそれで、他の町で他の誰かに──俺の身近に居た人たちに、きっと同じことが起きた)
今から思い返してみても、とにかくボンゴレは執拗だった。
綱吉を次代のボスにするために、選択の余地を全く残してくれなかったわけではないが、ありとあらゆる手を尽くしてきた。
彼らの手にかかったら、たとえ並盛でなくとも他の町で、山本たちでなくとも他の者が、綱吉の守護者として選抜されていただろう。
それは、綱吉にはどうにもならない業(ごう)だった。
そしてまた、この身に流れているボンゴレの血が、綱吉自身にも選択の余地を与えない。
何度も嫌だと、逃げ出したいと思ったのに、結局逃げ切ることはできなかった。
絶体絶命の局面で、綱吉の中の何かが常に騒いだのだ。
──守れと。逃げてはならない、と。
そんな経験を積み重ねて綱吉は、最終的に自分の意志でボスになることを選んだ。
けれど、と綱吉は考える。
(皆を守りたい。だから、俺はボスになる。でも、守るってどういうことなんだろう)
肉体や生命を無傷におくだけでは、守ったとは言えない。そのことはもう分かっている。
けれど、心はどうやって守ればいいのか。
これまでにも、守りたい、かばいたいという思いが、逆に誰かの心を傷付けてしまったこともある。
何をどうすれば、獄寺を、山本を、了平を、クロームを、ランボを、家族や友人たちを守れるのか。
何度も自問を繰り返してきたが、未だにこれだという答えが見つからない。
(そういえば、昔、守られるんじゃなくて一緒に戦いたいんだって、怒られたな……)
ふと、今よりも数年分幼かった少女たちのひたむきな顔を思い出して、綱吉はほろ苦く笑む。
彼女たちや仲間たちの気持ちを思うのなら、むしろ、守りたい、などと考えるのは、単なる傲慢なのかもしれない。
それぞれの気持ちを聞いて、皆が納得できるような結論を探す。
それこそが皆の思いを守ることになるのかもしれない。
(でも、皆に銃口が向けられたら、俺はきっとかばわずにはいられない。その時、自分が銃を持っていたら、引金を引かずにいる自信はないんだ……)
その結果、自分が敵を傷つけ、仲間を守ったことで、仲間が心を痛めても。自分のために悲しんでくれても。
(皆が傷つくよりはいい。──これも傲慢だよな……)
とりとめなく考えながら、獄寺の気持ちが分かる、と思った。
獄寺は昔から、綱吉を守ることに必死だった。必要とあらば盾になることも厭わず、大怪我を負ったこともある。
綱吉のためなら、どんなにその身が傷ついても、敵に向かっていく気力を失わなかった。
かつては理解できず、そんな風にされても嬉しくないと非難したこともあるその気持ちが、今なら分かるのだ。
自分がどんなに傷ついても、そのことで相手がどんなに悲しんでも、非難されても、大切な人が傷つくのを見るよりはいい。
我が身がどうなろうと、大切な人の血が流れるのは耐えられない。
ただそれだけのことなのだ。やろうと思ってやることではなく、反射的に体が動いてしまう。
そんな衝動が人の心には隠れている。
獄寺だけではなく、綱吉にも、他の人々にも。
(それが、人を愛するってことなのかな)
恋愛の意味だけではなく、友情とか仲間意識とか家族愛とか、そんなものを全部ひっくるめて誰かを大事に思ったとき、人間は絶大な力を発揮することがある。
その力に──思いに名前をつけるのなら、愛しか思いつかなかった。
愛があれば、大切な人を守れるわけではない。
愛するがゆえに、傷つけてしまうことも、傷ついてしまうこともある。
時にはすれ違ってしまうのも、また愛なのだ。
(皆、愛することを──誰かを大事に思うことを止められない。だったら、俺にできるのは、皆のそんな気持ちを守ること……。
皆がそれぞれに、大切な人を守りたいと思うのは、俺がどうこう言えることじゃない)
守りたいから守る。大切だから、その人のために動く。時には戦う。
そんな思いは純粋だからこそ、時には相手も自分も傷つけるだろう。
守りたいという思いがぶつかり合う、そんな経験も何度もしてきた。
だったら、と綱吉は思う。
不意に目の前に光が差したような気がした。
まばゆい閃光ではない。遥かな天上の星からやっと地上に届いた瞬きのように、淡く、か細い。
だが、それは混迷の暗闇の中では、確かに光だった。
(皆がそれぞれに誰かを守りたいと思うんなら、皆で一緒に行けばいい。これまでと同じように。
俺はボスだけど、ボスだからって考えるのは、きっと傲慢なことなんだ)
確かに、戦いの時にはいつも自分は中心に居たかもしれない。
だが、それは自分がボスとして君臨し、皆に命令するということではなかった。
そうだ、と綱吉は中学生時代のことを思い出す。
XANXASとボンゴレリングを巡って争った時、自分たちは毎晩、円陣を組んだではないか。
何があっても勝利できるように、大切なものを守り通せるようにと、心を重ね合わせて。
あの時ばかりでなく、それから何度も何度も、辛い戦いの度に自分たちは、円陣こそ組まなくとも必死に心を繋ぎ合わせてきた。
何故、それを忘れていたのか。
(俺、ボスになるって決めて、そのせいで気負い過ぎてたんだな……)
本気でボスになる覚悟を思い定めた頃から、逆に、自分はボスとしてどうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
どうすれば皆を守れるのだろうと、そんなことばかり思い悩んで。
だが、今やっと深い霧が晴れたかのように、頼もしい仲間たちの晴れやかな顔が思い浮かぶ。
(俺が皆を守るんじゃない。皆が俺を守るんでもない。皆で一緒に行くんだ。皆のために、それぞれの大切なもののために)
強大な組織ボンゴレ。
そのトップに立つのだから、自分は全能でなければならないような気がしていた。
仲間を髪一筋、傷付けてはいけないような義務感に縛られていた。
しかし、そうではないのだ。
一人でできることには限界がある。だからこそ、仲間と共にゆくのだ。
思うに、ボンゴレの基礎を築いたという初代が最強を謳われながらも、孤高を守るのではなく六人の守護者と共にあった理由も、きっと同じだったのだろう。
歴代のボンゴレ当主は、そうして代々、大切な人々と共に歩み続けてきたのに違いない。
(そのうち、九代目にも九代目の守護者のことを聞きたいな……)
九代目は既に老齢であり、守護者のリングも綱吉たちの手に渡っている。
だが、九代目の守護者たちは、まだボンゴレの内部に留まっているから、会おうと思えばいつでも会えるはずである。
彼らの話もいつか聞いてみたい、と綱吉は、やっと訪れた眠気に目を閉じながら思う。
最近は疲れすぎていて、夢さえ見ない眠りが続いている。
今夜も暗闇に小石が落ちるかのように、目を閉じた途端、綱吉はすとんと眠りに沈んだ。
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