Five-seveN 06

「おー、すげえ! こんな場所があったんだなー」
 町外れの雑貨屋の地下にある訓練場に足を踏み入れた山本の第一声は、そんなのんきらしい感想だった。
 いかにも山本らしいと思いながら、綱吉は待ち構えていたりボーンに声をかける。
「来たよ、リボーン」
「遅ぇぞ」
 短く文句を言いながら、射撃場の作業台の上にいたリボーンが三人を出迎えた。
「山本」
「ん?」
 名前を呼ぶリボーンを、山本はいつもの屈託のない──だが、彼独特の鋭さののぞく瞳で見つめ返す。
「ここに来たってことは、今更お前の意思の確認なんかしねーぞ。──お前には拳銃は持たせねぇ。その代わり、銃を持った奴と渡り合えるだけの技術を身に着けさせてやる」
「へ? 俺には撃たせてくんねーのかよ」
「ああ。拳銃はお前向きの武器じゃねーからな」
 リボーンが告げた途端に、山本はきょとんとした顔になる。
 その表情はかなり本気で落胆の色が覗いていて、綱吉は内心、感心とも呆れとも付かない溜息をついた。あまりにも山本らしい反応である。
 獄寺も同じものを感じたのだろう。苛立ち未満の声を響かせた。
「てめー、ここにある拳銃は全部、オモチャじゃねーんだぞ。分かってんのか?」
「そりゃ分かってるって。モデルガンなんかとは全然気配が違うからよ。本物の凄みってやつがビンビン響いてくるぜ」
 壁一面の銃器棚をくいと顎で指して、山本はあっさりと言う。
 中学生の頃から真剣を手にしてきた彼である。たやすく人を殺せる本物の武器の気配には、知らず敏感になっているのかもしれない。
 そうであるにもかかわらず、一切動じず、怖気づくこともない。──それこそが稀代の天才剣士である彼の真骨頂であると言えなくもなかった。
「ツナと獄寺は先週の続きだ。自分たちの射撃訓練を始めてろ。こっから先の説明はお前たちにはいらねーからな」
「はいはい」
 リボーンがマイペースなのは今に始まったことではない。
 仕方がないと肩をすくめた綱吉は、獄寺と顔を見合わせて銃器棚に歩み寄った。
 その背後で、一秒も無駄にする気はないとばかりにリボーンは山本に向かって講義を始める。
「それじゃ山本、剣の攻撃と銃の攻撃とには、飛び道具っていう間合い以外の決定的な違いがある。何か分かるか?」
「んー?」
 リボーンの抽象的な問いかけに、山本は首をひねった。
「そーだなぁ。剣は使い手が自由自在に奮える分、なまくらにも鋼でも叩き切れる剛剣にもなるけど、銃は誰が使っても銃だよな」
「ふん。それから?」
「んー」
 更に首をひねる山本を眺めやりながら、綱吉はそっと隣りの獄寺に目配せを送る。
 『分かる?』と問うたそれに、獄寺もかすかな顎の動きだけで『いいえ』と答えた。
 おそらく獄寺の場合、綱吉と違って何一つ思いつかないという意味ではないだろう。
 少なくとも剣と銃の相違について、幾つかは挙げられる。だが、リボーンの求めている答えが何なのかは分からない。そんな風に綱吉は受け取った。
「やっぱ、攻撃の仕方かな。銃は弾を撃ち出すだけだろ。でも、剣はどうとでもできる。斬ることも突くことも、攻撃を受けることも受け流すことも。使い手の想像力次第だからな」
「……まあ、合格点だな」
 山本の答えに満足したのか、リボーンはにっと笑った。
「剣の攻撃は、点と線と面を自由自在に使い分けられる。対して銃は、点しかねえ。機関銃の場合は、点の集合としての面になるけどな」
 そう言い、リボーンは自分の傍らに置いてあった白い紙に、黒マジックで簡単な放物線と、それと交差する水平線を書き、二つの交点に×印をつけた。
「こっちの×が銃口、反対側の×が標的だ。そして銃弾はこの放物線を描いて飛ぶ。銃口と標的を結ぶ射線が交差するのは、この始点と終点しかねえんだ。
 銃弾ってのは、どんなに高速で撃ち出しても山なりの放物線でしか飛ばねえ。ヒットマンはそれを見越して弾道計算をする。二十メートル先だから、サイトの目盛りを中心から一つ上にずらす、とかな。
 ──つまり逆に言えば、着弾予想点に標的が居なければ、自動的にその弾は外れだ」
「──要するに、敵が狙ったところに居なきゃいいってことだな?」
「一言で言えばな。ただ、銃弾の飛び方は、同じ拳銃に同じ弾でもかなりバラつきがある。俺くらいのプロなら、そこまで計算に入れるが、そこいらの雑魚が撃つ銃弾なんざ、どこに飛んでいくか知れたもんじゃねぇ。
 だから、敵の予想の裏をかいたはずなのに、運悪く当たっちまうってことも有り得るんだ」
「ふーん。じゃあ、どうすればいい?」
「基本は、相手の死角から一撃で倒せる距離まで間合いを詰めることだ。それができねー時は、相手が引金を引いた時の銃口の向きを見極めて、避けろ。
 着弾予想地点から1メートルもずれれば、相手がよっぽどひどい腕でない限り、普通なら外れる」
「なるほどな」
 ……自分の銃の弾倉に弾を詰めながら、無茶苦茶を言っている、と綱吉は思った。
 相手が引金を引いたのを見極めて避けろだなんて、人間技ではない。
 ライフルは論外だが、拳銃だって発射速度は最低でも時速300kmを超えるのだ。
 綱吉のFive-seveNはその倍以上、時速700kmを超えるらしい。
 まぁ、そういえば確かに昔、山本はリボーンの撃った弾を金属バットで弾き返す訓練をしていたことがあったっけ、と綱吉は溜息混じりに思い出す。
 山本の動体視力も反射視力も並ではない。彼なら弾道を見極めて避けることも、やってできないことはないのだろう。
 そして、絶対に不可能なことを要求するリボーンでもない。
 彼らのことは彼らに任せよう、と綱吉は拳銃に弾倉をセットして、ヘッドフォン型のイヤー・プロテクターを装着する。
 そうしてセーフティーゴーグルを着けながら射撃レーンに向き直ろうとした時、獄寺と目が合った。
 ほろ苦さと安堵がかすかに入り混じったそのまなざしを見た瞬間、綱吉は獄寺も、同じことを思っていたことに気付く。
 そして、山本に銃を持たせずにすんだことに安堵していることも。
 ───叶うことならば、山本には光の中を歩んで欲しかった。
 彼には眩しい日差しと、人々の賞賛が似合う。そして、それだけの才能もあった。
 けれど、彼は自分たちを大切に思い、輝かしい未来を捨てて同じ道を歩むことを選択してくれたのだ。
 山本自身は、犠牲でも何でもないと言う。それは真実であるだろうし、また、彼の中に天才的な剣士の血が流れていることも事実である。
 彼の中にある剣士の血が、綱吉たちを引き寄せ、またこの道をたぐり寄せたというのは否定しきれない。
 そして山本は心底、この道を行くことを望んでいる。
 けれど、それでも彼に拳銃は似合わなさ過ぎた。
 彼が手にするのは剣だけでいい、と綱吉は思う。彼が他者を傷つけなければならないとしても、それは剣だけがいい。
 自分自身が拳銃を手にして初めて分かったことだが、銃の持つ冷たく暗い何かは、山本の研ぎ澄まされた剣のような鋭く澄んだ何かを濁らせてしまうような気がする。それが綱吉には恐ろしかった。
 この先に何があろうと、山本には山本のままであって欲しい。獄寺が獄寺のままであるように。
 だから、リボーンが山本に銃を持たせない決断をしてくれたのは、素直に嬉しかったし、ありがたいとも思った。
 これで少なくとも、山本は剣士としての彼を曇らせずに澄む。拳銃の持つ毒が彼を汚すことはないのだ。
「───…」
 獄寺にまなざしだけのほのかな笑みで応えて、綱吉はゴーグルの位置を正しく合わせ、射撃レーンに入る。
 そして、先週教えられた通りに両手でまっすぐに銃を構えた。
 少しだけ腰を落とし、肩と肘、手首の力を抜く。ガチガチに固めていたら、反動で痛めてしまう。
 それから細く息を吐き出して気分を鎮めるよう務め、ぐっと下腹に力を込める。
 呼吸を止め、サイトを照合して狙いを定め、そして引金を絞る。
 プロテクター越しの鈍い発射音。手首から腕を伝って肩まで響いた反動。
 ───今日最初の射撃は、人型の標的の頭部と心臓、そして肺と肝臓という太い血管の集まった臓器をも避け、右肩を撃ち抜いていた。



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