Five-seveN 04

「で、こっちのグラフは?」
「ボンゴレの支配下にあるマーケットを通過した、地域別の取引量の推移統計です。
 棒グラフの赤が金額、折れ線グラフの青が小型火器の数量、緑が大型火器の数量を表してます」
「ふぅん。……全体的に増えてるんだ?」
「増えてますね。近年はどこの国家や組織も、保守傾向が強くなったり国粋主義化する傾向がありますから、どうしても需要が増えます。
 右派が強くなれば、反発する勢力も強くなる。結局、どっちも武器を欲しがるんですよ」
 綱吉の要望に応じて獄寺が広げて見せた資料は、段ボール箱一つ分あった。
 それらは当然、イタリア語主体で記述されており、日用会話や新聞、雑誌程度なら難なくこなせるようになっている綱吉であっても、専門的な単語が多いために容易には解読できない。
 自然、獄寺の翻訳と説明を聞きながら、視覚的に理解しやすいグラフや図表を中心に見てゆく形になった。
「……でも、このグラフ、何か変な感じがする」
「どんな風にですか?」
「俺、商売って良く分からないんだけど、普通、取引の品物が増えたら金額も増えるものじゃないの?
 でも、このグラフ、折れ線は右肩上がりなのに、棒グラフの金額は横ばい……だよね? 武器って最近、安くなってるの?」
「ああ、さすが、よく気付かれましたね。勿論、からくりがあります」
 これです、と獄寺は2冊のファイルを取り上げて、それぞれのページを開いて並べた。
「これは、同じ相手にほぼ同額で取引をした時の商品の明細です。こっちは昨年、そっちが三年前です。違いが分かりますか?」
 A4サイズの表にぎっしりと、おそらくは銃火器の型番と単価、そして個数と金額が明示されている。
 見ただけでくらくらするようなそれを、綱吉は眉をしかめて、じっと見比べた。
「……高いものが減って、安いものが増えてる?」
「はい」
 綱吉の答えにうなずいて、獄寺は一つの項目を指差した。
「これと……こっちのファイルのこれの違いは、正規品かコピー商品かの違いです」
「正規品と……コピー?」
「ええ。単純に言うと正規品は、武器商としてメーカーから仕入れたものと、軍や警察からの横流し品の2種類があります。コピー商品は、密造品です」
「……武器の密造までしてるの?」
「いいえ。この取引はボンゴレの直取引ではなく、同盟ファミリーの取引です。
 ボンゴレは武器の密造は認めませんし、非正規品を進んで取り扱うこともしません。同盟ファミリーも大概、それに倣(なら)ってます。
 ただ、取引上、質より量を求められることがどうしてもあって、これもそういう例の一つです。密造品の仕入ルートも、一応は分かってます」
「……そう」
 今ひとつ飲み込めない顔で、綱吉はうなずく。
 獄寺の言っていることの理屈は分かる。
 綱吉に何かを説明する時、獄寺は専門用語を極力使わず、一般人にも理解しやすい言葉を選んでくれるし、綱吉が理解しているかどうかを確かめながら話を進めてくれるから、今もそういった意味での理解不能はない。
 だが、綱吉の感覚からすると、あまりにも現実離れしているようで、話の内容が日常から遠過ぎた。
 まるで外国映画の解説でも聞いているようだと思いながら、それでも疑問に感じたことを重ねて尋ねる。
「ボンゴレはどうして密造品を嫌ってるんだろ?」
「それは簡単な理由ですよ。質が悪いからです」
 またもや獄寺は即答した。
「拳銃の質が悪いと、どんなことが起こると思いますか?」
「うーん……」
 問われて、綱吉は考え込む。
 先程もそうだったが、こうして獄寺が問いに直接答えず、逆に問いかけてくるのは、その方が結果的に理解が早まるからだった。
 単に説明を聞くだけより、自分で考えながら教わる方が、遥かに効率がいい。そんな学習メカニズムはとうに承知していたから、綱吉は真面目に考える。
「きちんと動かない、とか? 引金を引いても弾が出ないとか……」
「正解です」
 獄寺は大きくうなずいた。
「今おっしゃった動作不良の他に、耐久性の問題もあります。質の悪い材料を使えば、その分、その武器の寿命は短くなりますし、事故も起きやすくなります。でも、その代わり、安いんです」
「買う方は当然、安い方が嬉しいよね」
「ええ。結局、マフィアから武器を仕入れる連中っていうのは、正規の軍や司法組織じゃないんですよ。非合法の犯罪組織やテロリストや反政府組織や……。
 まともなところから買えないから、マフィアから買うんです。自然、質よりも量を重視します」
「壊れやすいって分かってても、安いことが大事?」
「はい」
 そうして、すこしばかり獄寺は表情を苦くする。
「安い密造武器を買って、ろくなメンテナンスもせずに使う。当然、事故は多発します。ボンゴレはそういう悪循環を嫌うんです。
 人殺しの道具にいいも悪いもありませんが、それでも質の悪い商品を扱って、その商品が原因で客が事故を起こすのは、商売の仁義に反すると考えているんです」
「……だから、取引を規制してるんだ?」
「そうです。マフィアと言ってもボンゴレは少し特殊なファミリーです。普通のファミリーは、自分たちが儲かるのならどんな粗悪品だって平気で扱います。
 武器を持つべきじゃない人間……素人にも、幾らでも売りつけます。でも、ボンゴレはそんな真似はしません。取引相手は良くも悪くも玄人だけです。
 九代目は、本当は武器そのものを扱いたくないとお考えです。けれど巨大なマーケットを持っていなければ、非正規な武器売買の統制はできない。
 だから、敢えて非合法取引を維持して、イタリアの市場全体に睨みを利かせてるんです。他の麻薬なんかの非合法品も、ボンゴレが敢えて取り扱っている理屈は一緒です」
「……そういうこと、なんだ……」
 獄寺の説明は、すんなりと綱吉の内に落ちた。
 納得したのとは少し違う。どういう理由にせよ、それは犯罪行為であり、取引をすること自体が間違っていると思う。
 だが、そうせざるを得ないのだ。ボンゴレだけでなく、もっと沢山の人々のためには。
「結局……ボンゴレが売らなくても、武器を欲しがっている人たちは、絶対にどこからか武器を買う。それなら、っていうことなんだね」
「はい。非合法品の売買は金になりますが、だからといってボンゴレは、喜んで非合法品の取引をしてるわけじゃありません。
 全体を見た時、それが一番いい方法だと判断したからなんです」
「うん……」
 獄寺の説明を聞きながら、そういう理由であれば耐えられる、と綱吉は思った。
 平和な国で生まれ育った綱吉には、血の臭いに満ちた国際情勢は、どうにも馴染めない。
 だが、今現在も世界中の各地で血で血を洗うような戦いは繰り広げられており、大量の武器弾薬も消費され続けている。
 そしてそれらは、ボンゴレが武器の売買を拒絶したところで、止まらない。
 暴力で組み上げられた枠組みは、全てが破壊尽くされるまで容易には壊れない。
 その中で、裏社会の中では顔役の一つに数えられるボンゴレができることは何か。
 そう考えた時、獄寺が語ったこの答えしかないように思われた。
 一度、取引から手を引いてしまったら、その分野に関する発言権はなくなる。ボンゴレがどんなに巨大な組織であっても、それは当然のことだろう。
 それを避けるためには、武器も麻薬も扱い続けるしかない。悪の組織で居続けるしかない。
 非合法な世界など自分たちには関係ない、クリーンな組織になるのだと全ての暗黒取引と手を切ってしまえば、足元に対する睨みすら利かなくなり、今現在は保たれているボンゴレの領域内に暮らす人々のささやかな平穏すら粉々に砕け散ってしまう。
 詰まるところ、既に出来上がってしまっている世界は、戦争や革命のような破壊的な何かが起こらない限り、容易には他の形には変えられないのだ。
 ボンゴレの力をもってしても、今すぐにあの国からマフィアを消すことはできない。そして、ボンゴレがマフィアでなくなることも、現実的には許されない。
 綺麗な場所から綺麗事を言うのではなく、汚泥の只中で、暗い空の彼方のかすかな光を目指して歩き続けること。
 それが、ドン・ボンゴレの……九代目から引き継ぐべき、これからの自分の役目なのだと綱吉は理解する。
 できるかどうかは分からない。だが、やらねばならなかった。
「──よく分かった。ありがとう、獄寺君」
「いいえ」
 綱吉の感謝の言葉に獄寺は短く答え、それから、ふっと物を思うような表情になる。
 十日前に綱吉がボンゴレ十代目になるという意思表示をして以来、獄寺は迷いや葛藤を殆ど表に出さなくなった。
 それは彼なりの覚悟の表れであるのだろうし、彼がそういう心構えで居てくれることはありがたいことだったから、綱吉は黙ってそれを受け入れている。
 が、これまでがこれまでであった分、その変わりように物足りなさや違和感を感じていないわけでもなかったから、少しばかりの興味をもって綱吉はその様子を見つめた。



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