Five-seveN 03

 リボーンの教え方の特徴は、最初から一切の妥協も手加減もないことである。
 それまで綱吉は拳銃はおろかモデルガンすら手にしたこともなかったのに、弾倉のセットから始まって、その後は一箱百発の弾薬を撃ち尽くすまで徹底的にしごかれ、締めくくりには、オートマチック拳銃には必須となる使用後の分解清掃まできめ細かに手順を教え込まれた。
 その間、獄寺は少し離れたレーンで、黙々と弾薬を消費し続けており、時折リボーンのアドバイスを受ける以外は、殆ど口を開かなかった。
 そうして半日以上に渡る特訓が終わり、地上に出た頃には、秋の初めの日差しは早くも西に傾きかけていて。
「最近、日が短くなってきたね」
「そうですね」
 雑貨屋を出るなり、用があると言って、さっさと姿を消してしまったリボーンに置いていかれてしまった形の綱吉と獄寺は、朝に来た道をゆっくりと逆に辿る。
「お疲れになったでしょう?」
「うん。緊張したから肩も凝ってるし、右手もだるいよ」
 苦笑いしながら正直に答えて、綱吉は軽く右手を握って開くことを繰り返す。
 リボーンの解説によれば、Five-seveNはポリマー樹脂で銃身が作られているため、同サイズの拳銃の中では軽い部類に入るらしい。
 が、それでも弾薬をフル装填すれば重量は800gを超え、それを肩の高さに水平に構えての長時間の射撃は、両手撃ちであってもそれなりに腕にこたえた。
「……でも、思ってたより引金って軽いんだね。驚いた」
「……そうですね」
 ぽつりと呟いた綱吉に、獄寺もうなずく。
「旧共産圏の拳銃なんかだと、なんだこりゃっていうくらいに引金が重いのもありますけど、FN社は実用性を重視してますから、発射時の反動も軽めのやつが多いです。
 俺がさっき、後半から持ち替えて使ってたブローニング・ハイパワーも、古い設計の割には引金が軽めでしたよ」
「ふぅん」
 アスファルトに長く伸びる影を眺めながら、綱吉はゆっくりと歩く。
 そして、静かに言った。
「獄寺君は……銃は好きじゃないんだと俺、思ってた。でも詳しいね?」
 ニュースで銃乱射事件が報道されるたび、いつも獄寺は顔をしかめていた。
 あんな風に銃を振り回す奴は馬鹿だ、と口にしたこともある。
 だから、嫌いなのだろうと綱吉は単純に思っていたのだが。
「好きじゃねーです。でも、だからって、この世界に居て知らなくてもいいってことにはなりませんから。一般的に出回ってるモデルは大体、試し撃ちくらいはしたことがあります」
 獄寺は綱吉と同じくらい、静かに答えた。
「俺が銃嫌いなのは、大して理由はありません。単にガキの頃、シャマルの奴が、ダイナマイトで何十人もの敵を派手にぶっ飛ばすのを見て以来、拳銃でちまちま撃つのが馬鹿馬鹿しくなっただけのことで……。
 もともと射撃の練習も面白くなかったですしね。それきり、やめちまいました。実家を出る半年くらい前のことです」
「……そんな子供の頃から、銃やダイナマイトに触ってたんだ……?」
「家業が家業でしたから」
 そう言い、ふと獄寺は遠い日を思い出すような目になる。
「あと……父親が銃器好きだったのも、俺が銃嫌いになった原因の一つかもしれません。
 あのクソ親父は、城に来た客にもよく自分のコレクションを自慢してましたし、とっ捕まえた敵ファミリーの奴を銃で脅すのも好きでしたから」
 遠く離れて暮らす父親のことを、やや苦い口調で語った後、獄寺は思いを振り切るように軽く頭を振った。
「俺が思うに、結局、銃は簡単すぎるんです。ガキでも馬鹿でも引金を引けば、人を殺せちまう。
 日常生活の中にだって凶器になるものは幾らでも転がってますが、銃や軍用ナイフは、最初から人を殺すためだけに作られた道具です。そこいらの素人が手にしていいものじゃありません。
 だから、この国が銃やナイフを法律で規制してるのは正しいことだと思いますし、ボンゴレが他ファミリーの武器取引に規制をかけてるのも間違ってねえと俺は思ってるんです」
「獄寺君……」
 綱吉が思わず名前を呟くと、獄寺ははっと我に返った顔になる。
「す、すみません。余計なことを言っちまって……。これは俺の考えですから気にしないで下さい。
 十代目は十代目のお考えで進んで下されば、俺は必ずそれに従いますから」
「──うん」
 慌てて釈明する獄寺に、綱吉はほのかに微笑む。そして、でも、と言った。
「俺も君の意見に賛成。今日、初めて撃ってみて分かった。君の言う通り、簡単すぎるよ。あんなにも銃の引金が軽いなんて、俺、知らなかった」
 銃の撃ち方の基礎を教えながら、リボーンは人間の急所についても語った。
 曰く、小口径の拳銃の人体破壊力などたかが知れていて、たとえ顔面に命中したとしても、敵を殺せるとは限らないのだと。
 生命活動を司る脳幹、心臓、そして大動脈や肺動脈を傷付けない限り即死はありえず、あとはせいぜいが失血死、あるいは外傷性のショック死を期待するしかないのだと。
 だが、逆に言えば、それらの条件さえ整えば、小口径の拳銃でも人を殺すことは可能なのだと告げた。
 ましてや、それが小口径の拳銃ではなく、大口径の、あるいはもっと実戦的な自動小銃やアサルトライフル、機関銃の類であったなら。
 大量殺人など、ほんの数分の間に犯すことができる。
 そんな銃の持つ怖さを知れ、とリボーンは言った。知らずに恐れるのではなく、知って恐れろと。その脅威を回避する方法を学べ、と。
 日本で平和に生きてゆくのなら、そんな知識や技術は一生不要だっただろう。だが、綱吉はそうではない道を選んだ。
 だったら、それらも受け入れるしかない。
 受け入れて向き合い、どう対処するか自分なりに考えるしかないのだ。
「獄寺君」
「はい」
「獄寺君は今、ボンゴレの色んな資料を見てるんだよね? その中に……業界用語だと何て言うのかな、武器の取引に関するものはある?」
「あります」
 綱吉の問いかけに獄寺は即答した。
「じゃあ、それ、見せてくれる? 俺に理解できる範囲だけで構わないから、ボンゴレが何をしてるのか教えて欲しいんだ」
「はい。それじゃあ、うちに来てもらってもいいですか? 預かってる資料は俺の部屋で保管してますから」
「うん」
 綱吉の言葉に迷いはなく、答える獄寺の声にも淀みはない。
 だが、その裏に何が秘められているのかは、綱吉には痛いほど分かっていた。
 そして、そんな綱吉の思いをも獄寺が理解していることさえも。
「……こういうのも、共犯って言うのかな」
 小さな小さな声で呟いた言葉は、偶然なのかそうでないのか、車道を通り過ぎていった自動車のエンジン音にかき消される。
 え?、と問い返すように獄寺は綱吉を見たが、綱吉は微笑んで、ただの独り言だとかぶりを振った。



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