去り行く日々の足音に 10
獄寺が、綱吉の持つ美しさに気づいたのはいつの頃だったか。
美しさ、といっても、それは世間一般でいう美貌の意味ではなく、彼の内側からの輝きのことで、彼だけが持つ透明でやわらかい温かさ、そして何かを守ると決意したときの凛とした強さは、時として、生まれ持った顔立ちなど意味をなさなくなるほどに彼を綺麗に見せる。
綱吉のそんな表情を目にするたびに、獄寺は彼への傾倒を深めていった。
それまでの自分が信じていた、他人を叩きのめし周囲を破壊しつくす強さとは対極にある、何をも破壊することのない、誰かの涙や痛みを止めるための静かな強さ。
生まれて初めて出会ったそれに魅せられ、強烈に心惹かれたのは、おそらくどうしようもないことだっただろう。
だが、その傾倒が危険な水位に達している、と幼児姿の殺し屋に指摘されたのは、三年ほど前のことだった。
綱吉に四六時中まとわりつき、他者が近寄ろうとすると威嚇する。そんな獄寺の態度を見かねてのことだったのだろうが、彼の溜息交じりの言葉はひどく重く響いた。
『ツナはお前のボスになるんじゃねえ。大ボンゴレのボスになるんだ』
その意味を理解するのに数秒必要だったが、獄寺にはそれだけで足りた。
──そう、綱吉が襲名するのは、ドン・ボンゴレの座だった。
イタリア最大のファミリー・大ボンゴレは、数千人の<名誉を重んずる男たち -uomini d’onore->を従え、傘下にも多くの同盟ファミリーを有している。
その頂点に立つドン・ボンゴレは、当然のことながら、決して特定の誰かのものにはならない。
敢えて言うとしたら、ボスはファミリー全体、この場合は大ボンゴレのものだった。誰かの、などという所有格は決してつかない。
マフィアの家系に生まれていながら、なぜ獄寺がそんな常識を失念したのか、それは綱吉との出会い方が特異すぎたからだろう。
自分がドン・ボンゴレの血統であることを知らされたばかりだった中学一年生の綱吉は、まだ一人の部下も持たない小さな存在でしかなかった。
そして獄寺も、それまでは特定のボスを持たない一匹狼だった。
だから、獄寺も勘違いしたのだ。
彼を、自分だけのボスだと。
だが、ミルフィオーレとの抗争時に山本にも指摘され、その一年後、リボーンに冷水を浴びせかけられて。
のぼせ上がっていた獄寺は、ようやく現実に気づいた。
綱吉はボンゴレの十代目であり、自分はたとえ筆頭であったとしても、数千人いる部下の一人でしかない。
彼の第一の部下であることを望んでいたはずなのに、彼の傍で彼を独占することに慣れていた獄寺にとって、それは何とも苦い現実だった。
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