去り行く日々の足音に 05

「それじゃあ、行ってきます」
「はーい、気をつけてね。夕飯がいらないときは電話するのよ」
「分かってる」
 そんないつものやりとりを交わして、綱吉は家の玄関を出る。
 そして、門のところに人影がないのを確認して、そこを通りすぎながらちょっとだけ笑った。
 黙っているとすぐに自宅まで迎えに来ようとする獄寺を、どうせバス停はそれぞれの家の中間地点なんだから、と昨日止めたのは、綱吉自身である。
 中学生時代は、何と言おうと決して譲らなかった獄寺だが、最近は綱吉がきっぱりと言えば、それを優先しようとしてくれるようになっており、今日も勝手には行動しなかったようだった。
「獄寺君も、もう少し自分の自由にしてくれたらなぁ……」
 歩きながら、ぽつりと綱吉の口から独り言が零れる。
 獄寺は、五年前に比べれば落ち着きと自制が出てきたものの、綱吉に対する基本的な態度は何も変わらないままだった。
 五年も共にいれば、彼について知ることも多くはなったが、それでも部下としての節度を頑なに守ろうとする獄寺と綱吉の間には、常に微妙な距離感が存在している。
 とりわけ高校入学の辺りから獄寺が精神的な成長を見せるようになった分、その距離感は、開きはしなかったものの、深みを増したように綱吉には感じていた。
 獄寺がそれを意識しているのかどうかは分からない。だが、綱吉からしてみれば、その微妙な感覚は決して喜ばしいものではなかった。
 もちろん、獄寺と一緒にいるのが嫌なわけではない。
 最近では、獄寺も過度な自己主張をして構おうとすることはしなくなったし、むしろ綱吉の意思を汲み取り、さりげなく先回りしてくれるような気遣いを感じることの方が多くなっている。
 いつでも忠犬のように傍に控えている彼という存在に、時々溜息をつきたくはなるものの、心地好い気安さを感じているのは事実であり、もし彼が突然いなくなったら、自分が途方に暮れて、ひどく寂しい思いをするだろうという自覚は綱吉にもあった。
 だが、それほどまでに傍にいて当たり前の存在でありながら、獄寺は綱吉の<友達>というカテゴリーには入らないのである。
 否、獄寺自身がそのカテゴリーに入りたがっていないのだ。
 彼がなりたいのは、<十代目の右腕>という唯一無二の存在であり、それ以外を求めてはいない。
 綱吉もそれは分かっているし、今更咎めようとも思わない。
 けれど、それでも。
 あともう少し、獄寺が態度を崩してくれたら。
 ボスと部下という枠組みを、ほんの少しでも緩めてくれたら。
(きっと、何かが変わる)
 そんな真似は彼には決して不可能だとは分かっていても、その想いを綱吉はどうしても振り払えないでいる。
 ───何が変わるのかということは、まだはっきりとは分かっていなかったのだけれど。



NEXT >>
<< PREV
<< BACK