去り行く日々の足音に 03

「待ち合わせは九時半だから……目覚ましは八時でいいか」
 どうせベルが鳴る前にリボーンに叩き起こされるだろうな、と思いながらも、綱吉は目覚まし時計の時刻を合わせる。
 休日とはいえ、遅寝を許してくれる家庭教師ではない。どうせ明日も、朝七時頃には殺気を込めた拳銃を突きつけられて、無理やりに起こされるに違いなかったが、それでも一応、目覚ましをセットするのは綱吉の意地のようなものだ。
 加えて、もしかしたら多少は寝坊を見過ごしてもらえるかもしれない、という淡い期待もある。
「俺としては、休日くらい、もう少し平穏にのんびり過ごしたいんだけどなぁ」
 一足早く、定位置のハンモックに横になっているリボーンは、既に眠っているのか、それとも起きているのかは分からない。
 別に聞こえても構わない、と思いながら綱吉は小さく呟いた。

 綱吉の前にリボーンが現れ、ボンゴレファミリーの十代目ボスに選ばれたことを知らされてから、早五年になる。
 過酷ながらも賑やかに、あっという間に過ぎた五年の間に、綱吉は、多分、色々なものを身につけた。
 物事を簡単には諦めなくなったし、大切なもののために努力することの必要性も知った。
 次々と敵が襲い来るために戦い方や武器の扱いも覚えざるを得なかったし、一般市民には不必要な知識も随分と増えた。
 イタリア語を覚えたいと思ったのも、それらの延長線上に自然に沸き起こった欲求であり、綱吉はそれを無理に押さえ込もうとはしなかった。
 獄寺にイタリア語を教えて欲しいと頼んでからかれこれ二年、週末ごとに彼が根気よく付き合ってくれるおかげで、今ではもう、簡単な日常会話なら、さほど苦もなくこなせるようになっている。
 だが、そうまでしていながらも綱吉は、いまだ自分の将来について、明確な意思表示をしたことがなかった。
 中学二年生の時からボンゴレリングを所持し、誰からも大ボンゴレの後継者と目されているにもかかわらず、綱吉がボスになるという意味合いの言葉を口にしたことは、これまで一度もないのである。
 高校に入ってからは、以前のようにボスになることを否定する発言もしなくなったが、それでも綱吉は、ここまで上ってきた階段の最後の──決定的な──1段をまだ昇ろうとはしていなかった。
 無論、だからといって何も考えていないわけではない。曖昧な沈黙の裏で綱吉は、中途半端なモラトリアムの期限は高校卒業までだと、いつの頃からか漠然と思っていた。
 もっとも、なぜ高校卒業までなのか、と聞かれると、具体的な根拠があるわけではなく、キリがいいから、とくらいしか答えようがない。
 というのも、誰も彼もが次のボンゴレ当主は綱吉だと決め付けているくせに、具体的なことについては何も言わないのである。
 ボンゴレの現状を見ても、九代目は老齢ではあるが、まだファミリーをしっかりとまとめ上げているし、綱吉に対しても、イタリアに来るようにという指示は、まだ一度も下されたことがない。
 それでは何も決めようがなく、ならば、このままずるずると中途半端でいられるのかと思いきや、家庭教師のリボーンは、どっかりと沢田家に腰を据えたままでいる。
 つまり、今は何も言われなくとも、遠からず──少なくとも法律的に大人になるまでには、必ず決断を求められることになる。自分なりに現状を考えてそう気付いた時、綱吉は初めて真剣に自分の将来を考え始めた。
 自分の意志と、自分を次期総領に指名した九代目の意向。
 すぐに答えの出る問題ではなかったが、考えて考えて。
 中学三年の秋に地元の高校に進学したい旨をイタリアの父親に連絡して、九代目共々賛同の返答をもらったとき、綱吉は自分で、最後の覚悟を持つまでの期限を高校卒業までに決めた。
 この事は、誰にも言っていない。もしかしたらリボーンは見透かしているかもしれないが、少なくとも何も言われたことはない。
 以来、綱吉は黙って二年間、考え続けてきた。
 自分はどうしたいのか。
 一番求めていることは何なのか。
 簡単に答えを出せる問題ではなかったが、それでも多分、心はもう決まっている。
 ただ、最後の一歩を踏み出すためには、もう一つ、何かが必要だった。



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