去り行く日々の足音に 02

「ただいま」
「おう」
 二階に自室に入ると、愛銃の手入れをしていた家庭教師が顔を上げて、ぶっきらぼうに出迎えてくれた。
「明日、朝から出かけるよ。獄寺君と映画見てくる」
「ふぅん?」
 聞いているのかいないのか、リボーンは生返事をしただけで、あとは顔も上げずに拳銃の細かなパーツを一つ一つ取り上げてチェックし、満足したところで、それを元通りに組み立て始める。
 その手順は確かなものだが、それらを扱う手があまりにも小さくて、綱吉は未だに時々妙な戸惑いを覚えることがあった。
 ──ボンゴレの本部から派遣された綱吉の家庭教師は、出会ってから四年以上の月日が過ぎても、姿が変わらないままだった。
 相変わらず一歳程度の赤ん坊の容姿で、外見には見合わないハードボイルドな言動や、スパルタ式の指導にもまったく変化がない。
 小指の先ほども成長しないなど、普通の幼児ならば有り得ないことだったが、綱吉はそれが『呪い』のせいだと知っている。
 彼の実体は、生後一年の赤ん坊などではない。そう見えるだけなのだ。
 そういう一般常識を超えた超常現象について、あれやこれや言ったところでどうにかなるものでもない。
 現に、彼らアルコバレーノは存在しているのだから。
 だから綱吉は、彼らはそういう存在なのだと自分を納得させて、変わらぬ毎日を過ごしている。
 それが本当に良いことなのか、そうではないのかは分からないままではあるけれども。
「中間テストの結果は? 今日は、古典と数学が返ってきただろう」
「……そういうことは本当に良く覚えてるよね」
 溜息をつきながらも、綱吉は学生鞄を開け、あまり上質の紙ではないプリント2枚を取り出す。
 それぞれの用紙の左上に赤ペンで記された数字は、72点と68点。
 リボーンのスパルタ式と、獄寺の丁寧な解説が、最近ようやく功を奏するようになったおかげで、さほど良くはないものの、まずまずの平均点並といえる点数だった。
「まぁ、及第点ってとこだな」
「そりゃどーも」
 ふんと鼻を鳴らすようなリボーンの感想に、綱吉もぞんざいに返す。
 綱吉は元来さほど不真面目な性格でもないが、だからといって真面目というわけでもない。
 勉強は嫌いではないと、高校に入ってからやっと思えるようにはなったが、人並みの得点を取れるようになった今も、学歴至上主義の風潮に乗って学校のテストや成績を重要視する気にはなれなかった。
 そもそもからして在学している高校は、進学半分、就職半分といった中程度のレベルで、高校受験ですら息も絶え絶えだった綱吉は、最初から大学進学など考えてはいない。
 少し前の進路相談で担任教師には、頑張ればそこそこの大学なら進学できると言われたが、それよりも、もっと真剣に考えなければならないことが、何年も前から綱吉の前には横たわって下り、それが解決できていない以上──答えが未だに出せていない以上、どんな進路相談も三者面談も、今の綱吉にとっては無意味なものでしかなかった。



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