去り行く日々の足音に 01

 机に片頬杖をつき、雑誌をめくっていた綱吉の手が止まっていることに気づいて、獄寺は何気なくその手元を覗き込んだ。
「……映画っスか?」
「あ、うん。そう」
 雑誌のページの一点に見入っていた綱吉は、うなずいて、その小さな映画評を指差した。
「何がって訳じゃないんだけど……なんでかな。気になった」
「へえ」
 相槌を打ちながら、獄寺もその記事に目を通す。
 三十行程度の短い文章はすぐに読めて、だが、その何に綱吉が惹かれたのかはよく分からないままに獄寺は、
「東並芸術小劇場、か。行ったことないなぁ」
 そんな風に呟いている主に誘いかけた。
「行きましょっか」
「え?」
「明日。どうです?」
 都合よく今日は金曜日で、明日は当然、学校は休みである。
 せっかくだから出かけないかと顔を覗き込んで笑いかけると、綱吉は出会った頃よりも幾分、色素が薄くなったように見える深い琥珀色の大きな瞳をまたたかせた。
「明日って……」
「大丈夫っスよ。一日くらいサボったって、イタリア語は逃げていきませんから。先週まで中間テストでしたし、最近の十代目、勉強ばっかりでしょう。たまには息抜きも必要っスよ」
「──そうかな」
「そうですよ。映画、御覧になりたいんでしょう?」
「……うん。じゃあ、そうしようかな」
 少し考えるようにしてから、綱吉は、ふと表情を緩めて微笑む。
 そのやわらかな表情に、獄寺は心が温まるような感じを覚えながら、改めて雑誌の記事に目を落とし、明日までにその映画館の場所を確認することを忘れないよう、心に刻んだ。
 と、綱吉が、でも、と切り出す。
「でも、丸々サボるのは気が引けるから……」
 教室にいる他の級友に聞こえないようにか、声をひそめて少しだけたどたどしい発音で紡がれた異国の言葉を正確に聞き取って、
「Si」
 獄寺は笑顔でうなずく。
 ──映画でいいフレーズがあったら、後でイタリア語に訳してくれる?

 綱吉が、獄寺にイタリア語を教えて欲しい、と言ったのは高校に入学してからすぐの、二年前の春のことだった。



NEXT >>
<< BACK