再開された戦闘は、すぐに難しい展開となった。
 西方軍の攻撃は、基本的にまず戦闘飛行機による空からの攻撃で東方軍を混乱させ、そこに戦車部隊及び歩兵を送り込むという形をとっており、それに対して東方軍は、ガーディアンによって戦闘飛行機を抑え、数では勝る地上兵で敵軍を切り崩そうとする方針をとった。
 が、4機残っている戦闘飛行機は編列を組み、連携して攻撃してきたために、いくらガーディアンといえども彼らを抑えこむことは難しかしく、また兵士のいる地点から引き離そうとしても、戦闘飛行機は挑発に乗らず、その隙に地上を攻撃するため、兵士の損害も少なくなかった。
 しかし、そんな状況でも、この十日ほどの戦闘でガーディアンは2機の戦闘飛行機を撃墜し、地上兵も数度に渡って堡塁の陰から出て突撃を繰り返し、敵の部隊に自分たちがこうむった以上の損害を与えている。
 苦しい戦いではあったが、とりあえず、現時点は東側が善戦しているといえた。




「隊長、戦死した連中の遺体の回収は終了しました。あと重傷者は応急処置がすんだので、これから他の隊の連中と一緒に後方送りです。出発は1800時だと言ってました」
「分かった」
 副官の報告にうなずいて、楊ゼンは作戦卓上の戦死者名簿をちらりと見やる。
「結構死んだな……」
「まぁ仕方ないですよ。ガーディアンも頑張ってくれてますけど、敵の戦闘飛行機は一機がガーディアンを攻めてる隙に、もう一機が俺たちを狙ってくるんですから。二十ミリ砲は弾が側をかすめただけでも、衝撃波で肉が裂かれますからね、どうしようもないです。おまけにミサイルも降ってくるし」
「弾が当たるか当たらないかは、本人の運次第か」
「ええ」
「その点、君はしぶといな」
「こんな所で死ぬ気はないですから。ヘロヘロ弾になんか当たらないと信じてると、案外、本当に当たらないもんですよ」
 副官の答えに苦笑して、楊ゼンは立ち上がった。
 日に日に戦死者数も重傷者も増えているが、楊ゼン自身は完全に無傷である。
 流れ弾に当たるほど鈍くはないし、白兵戦になっても、只人の兵士には髪一筋をかすめることさえできない。
 唯一、楊ゼンを傷つけ、あるいは殺せる方法があるとしたら、不意打ちで半径百メートルほどをミサイルで吹き飛ばすか、楊ゼン以上の能力を持つ身体型の稀人が敵として現れるかのどちらかしかないと思われた。
「明日の打ち合わせに行ってくるから、後は頼む」
「了解です」
 うなずいた副官に見送られて、楊ゼンは天幕を後にした。




 作戦本部の天幕の入り口付近に、楊ゼンは顔見知りの相手を見つけて歩み寄る。
「よう」
 その相手──第三大隊長も、近付く楊ゼンに気付き、くわえ煙草のまま片手を上げた。
「そっちはどうだ?」
「いいとは言えないな」
「うちもだ。まだ悲鳴をあげるほどじゃないが、今日で戦死が40人を越えちまった。小隊2個分の損失だぜ」
「うちも明日あたりには、それくらいになるよ」
 楊ゼンの答えに肩をすくめて、第三大隊長は新たな煙草に火をつける。
 彼は楊ゼンと同じ身体型の稀人で、年齢は五歳ほど上だった。気取りのない、といえば聞こえがいいが、要はざっくばらんな性格で頭ごなしの命令を嫌う、上には煙たがられるが下には慕われる士官の典型タイプである。
 同一部隊に配属されたことはないが、楊ゼンと同様に北部戦線以来、転戦を重ねており、親しいというほどではなかったが、それなりによく言葉は交わす相手だった。
「──けど、楽といえば楽だな。あんな空飛ぶ化け物がいたんじゃ、こっちは一日で全滅してもおかしくねぇのに、むしろ優勢なんだからな。ガーディアン様々ってとこだ」
「ああ。正直、こんなに楽だとは思わなかったよ」
 ヘッドフォンの無線から、常に正確かつ詳細な敵の動きのデータが入ってくるだけでも、指揮官の負担は全然違う。
 今日も、敵の側面攻撃を事前に教えられたおかげで、敵を誘い込み、逆撃を加えることができたのだ。
 戦闘飛行機2機を相手にするだけでも負担は目一杯だろうに、どうやって戦場全体に目配りをしているのか、その余りある能力に感服するしかない。
「実際にここに来るまでは、ガーディアンなんざいらねぇやと思ってたんだが……。前言撤回だな」
「同感だ」
 それから、敵の歩兵部隊と戦車部隊の連携攻撃について、意見を取り交わしているうちに、辺りは急速に夕闇が押し迫ってくる。
「お、来たぜ」
 そろそろ中に入るかと時計を確かめた時、第三大隊長が小さくささやいた。
 見ると、薄闇の中を小さな人影が足早に近付いて来る。
 その姿に背を向けるような非礼はせず、二人の大隊長は敬礼して彼を迎えた。
 彼もまた表情を変えることなく、軽く答礼して二人の前を通り過ぎ、天幕の中へと消える。
「行こうぜ」
 煙草を捨ててつま先で火を踏み消した第三大隊長に促されて、楊ゼンもまた作戦本部へと足を踏み入れた。




 ガーディアンに階級はないが、待遇は将官級である。またどんな軍事機密でも内容を知ることができる権限を与えられており、事実上、ガーディアンは東方軍最高の存在として遇されていた。
 そんな、あらゆる意味で別格な彼は、作戦会議に置いては作戦卓の中央となる位置を常に指定席とされている。
 しかし彼が話すことは少なく、敵の動きや、そこから予想される展開を一通り述べた後は、静かに他の士官たちの発言を聞くばかりで、意見を求められた時以外は何も言わなかった。
 今後数日の戦闘の見通しを立てながら、楊ゼンは時折、さりげない視線で彼の様子を観察していた。
 彼自身は無傷のようだが、連日の激しい戦闘に、驚くべき耐久力を誇る濃紺の戦闘服も、わずかながらほころびが見える。
 身体が有機金属で構成されている以上、顔色はいつもと何も変わらなかったが、それでも心なしか憔悴しているような雰囲気があり、彼もまた疲労が蓄積していることをうかがわせた。
 その十代半ばの子供にしか見えない姿に、楊ゼンは内心溜息をつく。
 戦車部隊も、敵の戦車部隊を相手にするのが手一杯で、ガーディアンの援護までは手が廻らない。
 現状で戦闘飛行機に対抗できるのは彼しかいないとはいえ、ただ一人に多大な負担を押し付ける戦い方は、正直、楊ゼンには歯がゆかった。
 自分もまた、稀人として常に戦闘の要として責任を背負ってきた分、他者を一番危険な持ち場に向かわせるのには、どうしても抵抗を感じてしまうのである。
 かといって、自分が戦闘飛行機に対して何かをできるわけではない。
「───…」
 いつもと同じ、苦い思いを噛みしめて、楊ゼンは明日以降の作戦について説明する司令官の声に聞き入った。



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