Stardust Lullaby 03
「――ふぁ……っ!」
「ここ、たまらないよね」
「や…っ、そ、こは……っ!」
「コレがあるから男は受け身でも結構気持ちいいんだけど……。それほどでもなかったっていうのなら、その時はきちんと開発してもらえなかったのかな」
白澤の呟きは答えを期待している風ではなかった。鬼灯には答える余裕など微塵もなかったし、また、身体は素直にこの愛撫に対する耐性がろくにないことを吐露してしまっている。
丸いしこりの周辺をなぞるように優しく撫でられ、そしてリズミカルに押し揉まれて、どうにもならない快感が込み上げる。鬼灯はたまらずにかすれた声を上げた。
「っあ、や、もう……っ」
「ああ、達きそう?」
いいよ、と鬼灯の訴えに白澤は微笑んだ。
「でも、その前に、もう少し馴染ませておこうね」
「――え……、あ、ん、んん……っ!」
ずるりと指が引き抜かれ、何、と思った途端に蜜口にもう一本の指が添えられる。勿論、無理に押し開かれるようなことはなく、一本目の指を足掛かりにしたやわらかな挿入だったが、それでも引き攣れるような圧迫感に鬼灯は小さく息を詰めた。
「ごめん、苦しいよな……?」
気遣うように声をかけられて、平気だと鬼灯は首を横に振る。感覚的にはまだ慣れない。だが、身体の奥は白澤を欲しがったままだ。指先のみの浅い挿入に焦れている部分がそこに確かにある。
「大、丈夫、ですから……」
かすれて切れ切れの声にしかならなかったが、平気だと訴えれば、愛おしむように髪を撫でられた。
そしてまた、口接けと共にゆっくりと白澤の指が動き始める。鬼灯の身体が未知の感覚に竦んだのはごく短い間だけで、先程のしこりに白澤の指先が再び届くと、圧迫感はそのまま疼くような快感にすり替わった。
「あっ、ふぁ……、んんっ」
幾ら鬼とて身の内まで鍛えられるわけではない。ヒトと同じように繊細な粘膜を白澤の指が優しく撫でる。あの長く器用な指が二本も内に押し入り、触れていると思うだけでたまらなかった。
ひくりひくりと柔襞が引き攣るように震える感覚さえ甘やかな快楽に繋がり、鬼灯はきつく瞼を閉じる。
「うん、やっぱりお前は馴染むのが早いね。もう随分やわらかくなってきたよ」
白澤は先を急がなかった。ゆっくりと蠢かせながら、少しずつ指を深く沈めてゆく。
「分かる? ほら、もうこんな奥まで指が届いた。嫌な感じはしない?」
言われて随分と深みにまで白澤が侵入してきていることに気付く。圧迫感を伴う違和感がないわけではなかったが、それもまたすぐに別のものに変わりそうな気配がしていたから、鬼灯は小さく首を横に振った。
「良かった。じゃあ、一回このまま達こうか」
「――え……?」
「お前の身体に教えてあげるんだよ。こうやって達くのがすごく気持ちいいってことをさ」
大丈夫、と笑んで白澤は鬼灯に唇に軽く口接け、胸元に手を滑らせる。
「っあ、ん……、っく……」
「そうやって声を殺しちゃうの、すごく可愛い。滅茶苦茶そそられるよ。どこまでとろとろにしたら我慢できなくなるんだろうなって」
「……ば、か……っ!」
「そう言っていられるのも今のうち」
からかうような声と共に、胸元を撫でていた白澤の手がするりと滑る。汗に濡れた腹筋を優しく撫で回しながら、ゆっくりと手指が下へ降りてゆく。無論、その間も最奥の指はゆるゆると蠢き続けている。
「っ、ん、んんっ、っあ」
声を出すまいと思っても、気持ち良さに全身がびくびくと震えてしまうのはどうしようもない。もっと欲しい、と腰が浮きそうになるのを懸命に鬼灯は堪えた。
だが、白澤の愛撫はとどまることがなく、更に下腹にまで滑り降りていった手が下生えを優しく梳き撫でる。
「や、あっ、あ……っ」
しなやかな指先が少しずつ中心へと近づいてくる。焦らしに焦らされたこの状態で触れられたら狂ってしまいそうで嫌だと首を横に振るが、限界に近づいた熱は裏腹に期待に待ちわびてとろとろと雫を溢れさせる。幹を伝い落ちてゆく感触にさえ感じて、鬼灯は腰を震わせた。
「本当にいやらしいな。僕のせいでお前がこんなことになってるんだと思うと、ぞくぞくするね」
甘く低めた声で白澤はそう笑み、ゆるりと手のひらで熱を包んだ。
「―――っ、っ……!!」
温かな手にそっと包み込まれた。ただそれだけのことに、目の裏が真っ白になるほどの雷撃に打たれたような快感が突き抜ける。
声を上げることもできないまま昇り詰め、鬼灯は陸に上げられた魚のように全身を跳ねさせた。
「あー、これで達っちゃったか。ちょっと焦らしすぎたかな」
苦笑するような白澤の声も届かない。大きく喘ぎながらぐったりと寝台に身を沈めていると、最奥でゆるりと白澤の指が動いた。
「っあ……!」
絶頂による締めつけがきつすぎて抜き差しすることはまだ難しいのだろう。繊細なそこをただ押し揉むように、ゆっくりと指が柔襞を撫でる。同時に、今熱を解放したばかりの中心にも指先を這わせられて、鬼灯はたまらずに甘く引き攣った悲鳴を上げた。
「っふ、あ、やぁ……っ、白、澤さんっ」
ひどく敏感になっている形を指の腹が丹念になぞる。情感に満ちた手指の動きで根元から撫で上げ、先端の丸みを親指と人差し指でくりくりと可愛がり、裏筋の窪みを優しく刺激する。
耐え切れずに鬼灯の身体がびくびくと震えると、白澤は蜜口に含ませた指をゆるゆると動かした。
「あ…っ、あ、ひ、ぁ……っ」
最も敏感な熱を愛撫される快感に支配された身体は、圧迫感も違和感も歓びにすり替えてゆく。たまらないとかぶりを振った鬼灯の眦から涙が零れ落ちる。
「気持ちいい? 鬼灯」
問いながら、快楽の源泉のようなしこりを揉みしだく白澤は優しいのか残酷なのか。分からないまま鬼灯は操り人形のようにこくこくとうなずいた。
「ふ、ぁ……あ、も、う……っ」
どうしようもないほどに気持ちいい。けれど、気持ち良すぎて辛い。歓びの水準は高いレベルで飽和していて,骨の髄まで蕩けそうなのに、このままでは到底達けない。
全ての感覚を白澤に支配されている今、なす術もなく鬼灯は白澤を見上げる。すると、白澤は鬼灯を見つめて艶やかに笑んだ。
「いいね、その顔。滅茶苦茶エロいよ」
頬はしどけない桜色に染まり、長い睫毛は快楽の涙に濡れて、いつもきつい瞳は蕩け、繰り返す口接けに紅くなった唇は切なげに喘いでいる。
そんな描写を楽しげに語られて、思わず鬼灯は萎えた手を無理やりに上げ、白澤の頬をつねり上げた。
「あたたたっ! 痛いって!」
本当は殴ってやりたかったが、それだけの力が拳に入らなかった。代わりにぎゅうと捻って気を晴らす。
「馬…鹿なこと、言ってないで……さっさとしろ!」
「だからってつねるなよ」
顔をしかめつつも、白澤はゆるりとまた最奥に含ませた指を動かす。途端に鬼灯は息を詰め、背筋をのけぞらせた。
「でもまぁ、焦らしてるのは本当だしな。そろそろもう一つ先に進めようか」
そんな言葉と共に新たな指が蜜口に添えられる。ひくりと僅かに緊張したのに気付いたのだろう。白澤は宥めるように鬼灯に口接けた。
「優しくするけど痛かったら言えよ」
そう言って髪を撫で、ゆっくりと三本目の指を侵入させる。普段は狭く閉じているそこを押し開かれる感覚に鬼灯の全身が震える。
だが、それは決して全てが緊張からくるものではなかった。
苦しい。けれど、もっと欲しい。そんな餓えた衝動に突き動かされるまま、鬼灯は白澤の愛戯を受け入れる。ひくりひくりと震えながら指を呑みこんでゆく自分の身体を感じて、たまらない気持ちになる。
「は、くたく、さん……っ」
「うん」
ここにいるよ、好きだよと答える声が胸にまで響く。
自分もだ、と思う。
好きだった。こんな真似をされても許すどころか嬉しいくらいに、この神獣が好きだった。
思っていたよりも遥かに白澤に恋焦がれている自分の心の形を今更ながらに思い知らされて、目の奥が熱くなる気がする。
「もう、いいですから……大丈夫ですから、早く…っ」
衝動のままにもっと違うものが欲しい、早く一つになりたいと訴える。すると白澤は困ったように微笑んだ。
「僕も早くお前と一つになりたいよ。でもね、もう少しだけ。あと本当に少しだから」
宥めるように諭され、けれど、嫌だと鬼灯は首を横に振る。
「痛くたって……苦しくたって、いいんです。それでも……!」
「僕は構うよ、鬼灯」
だが、白澤も鬼灯以上にきっぱりと応じた。
「僕はお前が大事だから、お前に痛い思いなんか絶対にさせない。特に今は僕たちの一番最初の始まりになるんだから」
「でも……っ」
「大丈夫だよ。焦らなくても、きちんと僕たちは一つになれる。お前の身体は本当に素直で、もうここまで馴染んだんだ。本当にあと少しだよ」
優しい声が波立った鬼灯の心をそっと撫でる。少しばかり感情が凪いだのを感じ取ったのだろう。白澤が鬼灯の髪を撫でた。
「でも、すごく嬉しいよ。お前がそんな風に僕を求めてくれるのが一番嬉しい」
「――欲しいに、決まってるでしょうが」
「うん。何度もそう言ってるもんな。聞こえてるよ」
単なる言葉ではなく胸にまで届いていると白澤は微笑む。
そしてまた鬼灯に口接け、ゆっくりとした愛撫を続ける。濡れそぼってひくついている中心を優しく撫でて感覚を紛らわせながら、最奥に三本の指を呑みこませてゆく。
鬼灯もまた、ともすれば詰めてしまう息を意識的に呼吸を深くすることでどうにか緩め、与えられるものを懸命に受け止めた。
「お前がこんなに健気だなんて知らなかったな。本当に可愛い。うんと優しくして、とろとろにしてやりたくなるよ」
「ま…た、馬鹿なこと、ばっかり……」
「うん。でも本気。よがり狂って僕だけを必死に欲しがるお前が見たい」
「そんな、のは……っ、ん、あ……、全部、貴方次第、でしょう」
「じゃあ、そうしてもいいんだ?」
またもや問いかけられて、鬼灯はくどいとばかりに白澤を睨み上げる。すると白澤は楽しげに微笑んだ。
「うーん。お前、怒るといっそう美人になるタイプだな。その顔、壮絶に色っぽい」
「馬鹿……っ」
「うん、可愛い」
笑い、白澤は鬼灯に口接ける。そして、耳元で囁いた。
「ほら、もう指三本、根元まで飲み込んだよ。分かる?」
「あ……」
言われて気付く。強い圧迫感が柔襞をいっぱいに押し広げ、埋めている。侵入してくるきつさをあまり感じなかったのは、白澤が馬鹿馬鹿しい会話を仕掛けてきたために気が逸らされたからだろう。
「貴方って、ひとは……」
「褒め言葉だな」
くくっと白澤は悪戯っぽく笑み、鬼灯の頬に唇を落とした。
「言っただろ、お前に痛い思いはさせたくないって。でもほら、もうこんなにもお前の可愛いここはやわらかくなったよ。あともう少し僕に馴染んだら、指じゃなくて僕のこれがお前の中に入っていける」
その言葉と共に敷布を握り締めていた手を取られ、白澤の下腹部に導かれる。初めて触れたそれは重く張り詰め、既に濡れていた。
「僕もさっきからお前の中に入りたくて仕方がない。分かるだろ、結構辛いんだよ」
言いながら白澤は挿入した三本の指で、ゆっくりと敏感な箇所を撫でる。強い圧迫感と違和感が少しずつ甘いものに摩り替わってゆく感覚に、鬼灯は熱くなった吐息をついた。
「ねえ鬼灯、想像してみて。僕のこれがお前の中に入っていったら……どんな感じがするかな」
毒のように甘く囁かれ、想像ともいえない直ぐに目の前にまで迫った現実が鬼灯の神経を灼く。
指とは全く異なるみっちりと血流の詰まった肉塊は、信じられないほど熱く自分を貫き、満たすだろう。
きっと苦しい。けれど、これまでに知ったどんな快楽よりも激しい歓びがきっと身の内に生まれる。そして、熱く大きなものがゆっくりと動いてとろとろになった柔襞を蹂躙し、その果てに――…。
「っあ、う……っ」
思わず白澤の指をきつく締め付けてしまい、その圧迫感に鬼灯は小さくうめく。その耳元に白澤の低い笑い声が響いた。
「今、お前の中が急にとろけてね、それからきゅうって締まった。僕がお前の中に居たら、きっと達っちゃってたよ」
「――馬……鹿っ」
「いいよね、いやらしい身体。好きだよ」
死んでしまえこの色ボケ、と思うが言葉にするだけの余裕はなかったし、罵ったところでこの神獣は死なない。
悔しさに唇を噛む鬼灯の胸元に白澤は口接けを落とす。
「ふっ、あ、あ……っ、やぁっ」
しばらく放っておかれていた小さな尖りを軽く吸われ、舌先で転がされるだけで、柔襞がきゅうとしなり、白澤の指に絡み付いてゆく。気持ち良かった。本当にどうしようもないほどに気持ちが良くて、ひくひくと腰が震える。
「や…、あ、もぅ…嫌だ……っ!」
「気持ち良すぎて嫌?」
「――っ……」
問われて鬼灯はうなずく。だが、
「それじゃあ、もう少ししようか」
小さく笑んだ白澤は、器用に指を曲げて最も敏感なしこりをやわらかく押し揉んだ。
「っ、ああっ、や、やめ……、ひぁっ!」
散々もてあそばれた後に更に手酷い責めを受けて、たまらず鬼灯は悲鳴を上げる。白澤の指が動く度、頭が真っ白に焼け付いて指先まで甘く痺れるようだった。
今や何か別の生き物のように蜜口はひくひくと震えて、白澤の指を貪欲に食むような動きを見せている。
「そろそろいいね」
ひとしきり狂わせた果てに白澤が呟いた声も、もう鬼灯には届かなかった。三本の指がずるりと抜かれても、やっと責めから開放された身体をぐったりと寝台に沈ませて喘ぐばかりで、それ以上の反応ができない。
そんな鬼灯に、半端に羽織っていた長襦袢を脱ぎ捨てた白澤が覆い被さる。
「鬼灯」
名前を呼びながら髪を撫で、そっと頬を撫でる。鬼灯がゆらりとまなざしを上げると、瞳を覗き込んで微笑んだ。
「ちょっと苛めすぎたな。大丈夫か?」
「――は、い……」
こくりとうなずいて鬼灯はまばたきする。そして、少しだけ己を取り戻したまなざしを白澤に向けた。
「白澤さん……」
「うん」
余計な言葉は要らなかった。ひどくけだるい腕を持ち上げて白澤の首筋に回すのと、唇が重ねられるのは、ほぼ同時だった。
「好きだよ」
長く優しい口接けの後、白澤はそう囁いてもう一度鬼灯の髪を撫でた。
そしてやわらかな仕草で鬼灯の両腕を解かせ、体勢を整えて己の熱を鬼灯の下腹に触れさせる。
「分かるね? 入れるよ」
「はい……」
苛むものを失った蜜口はしどけなく襞を開いたままひくついている。その飢えたような動きは、そのまま鬼灯の疼きだった。
欲しいと望む思いと仄かな緊張とに無意識にシーツを握る。すると、それを見た白澤がもう一度、今度は鬼灯の額、角の根元に口接けを落とした。
「きついと思ったら言えよ?」
「大丈夫です……」
「馬ー鹿。こういう時は甘えたって恥でも何でもないんだよ」
笑って白澤は鬼灯の脚に手をかけ、一際大きく開かせる。そして、そっと最奥に熱の先端を押し当てた。
ぴたりと密着している。その熱を感じているだけでたまらなくなる。ゆっくりと重みが蜜口にかかると更にそれはひどくなった。
「――っ、ふ……」
過去に経験はあるはずなのに、初めて知る圧迫感のようだった。先端は一番嵩があるだけに、指では感じなかった割り開かれるような痛みが小さく混じる。
息を詰めてしまえば余計に固さが増してしまうことは分かっていたから、意図的に呼吸を深くして何とか受け入れようとする。
「鬼灯……」
そんな鬼灯の努力を見て取ったのだろう。白澤が宥めるようにするりと鬼灯の頬を撫でる。そして一旦動きを止め、鬼灯の熱に指を絡ませた。
「っ、あ、や……っ」
触れられ撫でられた途端、快楽に全身がひくりと震える。同時に蜜口にかかっている凶悪な圧迫感も少しずつ疼きへと変化してゆく。幾らか馴染んだところで白澤が再び腰に力を入れると、僅かな抵抗の後、丸い先端がゆるゆると蜜口にめり込み始めた。
「あっ、っう……あ、」
「ごめん、苦しいよな」
白澤の方こそ苦しそうな声で詫びられて、鬼灯は反射的に首を横に振る。
自分が望んだことだった。こうなりたかったし、こうして欲しかったのだ。詫びてなど欲しくなかった。
「も……一回、謝ったら、その舌、引っこ……抜きます……っ」
声を出そうとすると、どうしても腹筋が利いて受け入れている箇所にも圧迫感がかかる。だが、鬼灯は構わずに言い募り、白澤を睨み上げた。
睨み付ける眦からも苦痛と快楽のための涙の粒が零れ落ちる。その強情さに白澤は少しばかり呆れた顔をし、それから愛おしくてたまらないものを見るように目を細めた。
「ホント、お前って奴は……」
可愛い、好きだと睦言代わりの口接けが降ってくる。そして再び白澤は力の加減をしながら、ゆっくりと鬼灯の中に進んできた。
遠い昔の経験など綺麗に忘れ去ってしまっているらしい柔襞が馴染むのを根気よく待ちながら、少しずつ深みへと沈めてゆく。
苦しさも痛みもあった。けれど、それ以上に飢餓感にも似た疼きが満たされてゆく感覚に鬼灯の身体は震える。
「っ、あ……白、澤……さんっ」
「うん」
もう半分以上入ったよ、と囁く声にも未だ満たされていない最奥がひくりとおののく。
シーツをきつく握り締めていた鬼灯の右手に白澤の左手が重ねられる。触れる指の温かさに気付いて布地から指を離し、手の向きを変えれば手のひらを重ね合わせてしっかりと握られた。
「この辺が限界、かな」
やがて指では届かなかった最奥に達したところで白澤が動きを止める。鬼灯が気付いて閉じていた目を開くと、繋いだ手はそのままに、白澤は鬼灯の反対側の手を取って二人の身体の間に導いた。
「分かる? 大体入ったよ。もう少し慣れたら根元まで全部入るようになる」
今日はこれくらいが限界だけど、と言うのを聞きながら、ひどく不思議な気分で鬼灯はそこに指先を触れる。いつもは慎ましく閉じているところが信じられないほどに大きく広がり、いっぱいに白澤の熱を呑み込んでいる。
こんな風だっただろうかと思いながら、収まり切っていない根元をやんわり指先で撫でると、白澤が小さく笑うのを感じた。
「やっと……、だな」
「……はい」
相手のことを好きだと突然に気付いてから一ヶ月余り。決して長い時間ではないが、子供ではない二人にとってはそれなりに待ち続けたこの瞬間だった。
「白澤さん」
「ん?」
「好きです」
「うん。知っているよ」
どれほど愛されているかくらい分かっているよ、と白澤は微笑む。
同性との行為に抵抗のない嗜好とはいえ、鬼灯が全てをさらけ出すことは滅多にない。無位だった若い頃ならともかくも、地獄で一定の職責を任された後は殊更に慎み深く振舞ってきた。
鬼灯を取り立てたのが閻魔大王その人である以上、鬼灯の失態はそのまま閻魔大王の失態となる。ゆえに鬼灯はこれまで特定の恋人すら作ったことはない。
そんな鬼灯が、言わば初めての恋に落ちた。
仕事や趣味にかける情熱とは全く種類の異なる、燃え盛る焔のような想いに突き動かされるままここまできた。
そしてそれはきっと白澤も同じなのだろう。千年来の喧嘩相手と青天の霹靂のように恋に落ちたのだ。葛藤も戸惑いもなかったとは思わない。
けれど今、二人は確かに幸せだった。
「動いて下さい……大丈夫ですから」
白澤の頬にそっと手を触れながら鬼灯は希(こいねが)う。きめの細かいすべやかな肌は温かい。こうして触れていられるのが本当に嬉しいと思いながら見上げる。
「まだいいよ。もう少し待てる」
白澤もまた、鬼灯の髪を撫でながら答える。
まるで親密な関係にある獣二匹が毛繕いをし合っているようだと、鬼灯はふと思った。
顔を合わせれば喧嘩ばかりで噛み付き合っていた獣同士が、こんな風に寄り添い合うこともある。世界は本当に不思議と発見に満ちていた。
「ああ、でもお前の中、すごく気持ちいいよ。ひくひく震えてるの、自分で分かる?」
当たり前だと、鬼灯は白澤の肩に爪を立てる。
こんな風にやわい器官を蹂躙されて苦しくないわけがない。異物感に耐えかねて、先程からずっと柔襞はおののき続けている。相手が白澤でなかったら、抜けと暴れているところだ。
そう思い、不意に昔のことを思い出す。
かつてもこんな風に苦しくて、快楽はなかったとは言わないが苦痛に見合うほどではないと思ったのだ。幾度か試したものの結果は変わらず、男を相手にするのは止めようと思ったのだったと、若かりし頃の納得が鮮明に蘇った。
大して今は、抜いて欲しいなどとは微塵も思わない。やっぱり想う相手とでなければ駄目なこともあるのだなと、鬼灯は白澤の髪をそっと梳きやる。
そして再び、身の内にある熱へと意識を向けた。
白澤が動かずにいてくれるおかげで、圧迫感には少しずつ慣れつつある。押し開かれる痛みももう感じない。動かれたらどうなるか分からないが、それこそが知りたいと切実に思う。
痛むのか、苦しいのか。あるいは先程、指での愛撫を受けた時のように言葉にしがたい甘さを感じるのか。
「っ……」
想像してみて、と言った白澤の言葉をふと思い出して、ずくりと身体の一番深い部分で何かが目覚める。
白澤も敏感にそれを感じ取ったようだった。
「もういいかな」
「――はい」
ああ、彼はこの時を待っていたのかと納得しながら、鬼灯はうなずく。そして白澤の頭を自分の方に引き寄せた。
深いキスをねだり、存分に受け止めて堪能する。唇と舌で白澤と繋がるのはとても気持ち良かった。きっと肉体の最もやわい部分でも同じだろう。むしろ、やわくて敏感な分、もっと気持ち良いに違いない。
「動いて下さい……」
甘く蕩けていると自分でも分かる声で告げれば、今度は拒絶されなかった。
微笑み、少しばかり上体を起こした白澤が極ゆるく腰を引き、そっと押し込む。
「――っあ……!」
ずるりと柔襞を擦られる感触と、圧迫感を感じる位置の変化、引かれたことで空白になった箇所の虚ろな疼き、そこ突かれ、満たされる感覚。
高い声を上げて背筋をのけぞらせながら、これだ、と鬼灯は思った。
自分が求めていたもの。白澤が求めていたもの。二人が求めていたもの。
答えは今、自分の中にあった。
「いい? 痛くない?」
「っ、大、丈夫、です……っ、あ、んっ」
極ゆっくりとした速度で腰を使うことが、どれほどの忍耐を要するか。同じ男だからこそ分かる白澤の優しさに目がくらみそうになる。
その想いが身体にも伝わるのだろう。強張っていた最奥が少しずつやわらいでゆくのを鬼灯は感じ取った。
「ほ、んと……に、大丈夫、ですから、もっと……」
「うん」
少しくらい苦しくても構わない。白澤がこちらの快楽を優先してくれるのは嬉しかったが、このままでは白澤は容易には絶頂に達せないだろう。もっとこの身体を使ってくれと、鬼灯は白澤の肩に手をかけて自ら更に脚を広げる。
「鬼灯」
可愛い、愛おしい、と白澤の声が呼ぶ。そして鬼灯の想いに応えるように、白澤の動きが少しだけ大きくなった。
「っあ、あ、んっ、ふ…ぁっ」
白澤の動きに合わせて、柔襞も少しずつ蕩けてゆく。鬼灯の身体は今や、やわい器官を蹂躙している熱塊が決して恐ろしいものではないことを理解しつつあった。
ただそれは、これまで知らなかった大きさをしているだけで、途方もなく甘く優しく激しいものをくれる可能性を秘めているのだと少しずつ気付き始めている。
先程、指での愛撫がとても気持ち良かったことを思い出したのだろう。柔襞がおそるおそる指と同じ優しさを持つ熱に寄り添ってゆく。
形そのものはごつごつとしていてもなめらかな表面に口接けるようにそっと吸い付き、やわやわと撫でてみる。
その控えめな愛撫に熱塊は純朴な歓びを示した。一層優しく柔襞に触れ、溢れんばかりの愛情を持って撫で返す。
うんと優しく可愛がられた柔襞は、今度は喜んで自ら熱塊に沿い、優しくその無骨な形を包み込んで愛した。
「お前の中、すごいよ……」
熱を舐めしゃぶるような動きを覚え始めた最奥の感触に、白澤もまた低く呻く。
「気…持ち……いい、ですか……?」
「うん。すげぇいい」
返る答えに良かった、と思う。自分ばかりが気持ち良くても何の意味もない。
「お前ももう、平気だな?」
「はい……」
圧迫感は当然ある。だが、もう苦痛めいた感覚はどこにもなかった。
「気持ちいいです」
「良かった」
白澤は笑い、それならとまた少し体を起こして体勢を変える。ぐり、と感じやすいしこりをエラで抉られて、鬼灯は思わず高い声を上げた。
「――あっ、や、あ……っ!」
それまで感じていたものが凪に揺られるような優しい快感だったとしたら、新たに与えられたものは雷光だった。白澤が動く度に目の裏に白い火花が散る。
「ひ、ぁ、あっ、あ、んんっ」
何度も何度もそこを責め立てられて意識が飛びかける。と、今度は更に浅くまで白澤は熱を退いた。
「い、や……、嫌、です…っ、白澤、さん……っ」
入口付近でゆるゆると動く丸い先端に、どうしてそんなところに行ってしまったのか、抜かれて居なくなってしまうのではないかと戸惑い怯えた柔襞が必死に引き留めるように吸い付いてゆく。
「お前、本当に物覚えがいいね。こんな素直な身体してて、どうして昔は楽しめなかったんだか……」
余程の下手くそを引っ掻けたのかと戯言めいた口調で呟きながら、白澤はもうしばらくの間鬼灯を焦らし、そして不意に大きく熱を押し込んだ。
「――っああああ……っ!」
もう一度愛されることを待ちわびていた敏感なしこりをごりごりと勢いよく擦り立てられて、たまらずに鬼灯は悶絶する。
「ぅあ、あ…っ、ぁ……」
全身をびくびくと跳ねさせて、鬼灯がシーツに肢体をぐったり沈み込ませると白澤の方が慌てた声を上げた。
「あ、ちょっとお前、今ので達ったの?」
いや、達っちゃったんだよな。すげぇ締め付けてくるし……と呟きながら白澤は、鬼灯の汗に濡れて乱れた前髪をそっと掻きやる。
「鬼灯、大丈夫か?」
「っ、う……」
頬を撫でられ、鬼灯はうっすらと目を開く。こんな形で絶頂を迎えたのは初めてのことで、意識は半ば飛びかけていた。
けれど、自分に触れて呼びかけているのが最愛の恋人であることだけは理解でき、それを頼りにどうにか自身を繋ぎ止めている状態だった。
闇色の瞳に弱々しいながらも理性の光が仄かに残っていることを確かめて、白澤はほっと安堵の吐息をつく。
「鬼灯、分かる? 今、お前は後ろだけで達ったんだよ。ドライオーガズムってやつ」
「――え……」
ぼんやりと霞む思考で、恋人の言葉を理解しようと鬼灯は懸命に考える。何とか意味は把握できて、小さくうなずいた。
「うん。ごめんな。お前の感度がすごい勢いで上がっていくの、ちょっと忘れてた。きつかっただろ」
「……いいえ」
鬼灯は小さく首を横に振る。心の準備のない突然の絶頂に魂を吹き飛ばされたような感じはした。けれど、信じられないほどに気持ち良かったのは事実だ。今もまだ神経が甘ったるく痺れている感じがする。
「気持ち良かったです、すごく……」
細くかすれた声で告げ、それから意識を二人が繋がっている部分に向けた。
「貴方は……まだですか」
「あ……、いや、いいんだよ、僕は」
「良くないです。何がいいんですか」
鬼灯だけ先に絶頂に達してしまったのは、確かに白澤のミスだろう。だが、白澤が達しなくてもいいと言う理屈には繋がらない。
「貴方も達って下さい」
この身体を使ってくれと告げれば、白澤は慌てた顔になった。
「それは無理だって」
「どうして」
「だってお前、今達ったばっかだろ。ここで僕が動いたらどうなると……」
「どうなってもいいです」
初めて後孔だけで達した余韻は今なお色濃く身の内に残っている。この状態で動かれたら? 先程以上に悶絶するだろう。理性も何もかも吹き飛んでよがり狂いかねない。だが、それでも良かった。
「私だけ達って貴方が達かないなんて嫌です。さっき言ったでしょう? よがり狂って貴方だけを必死に求める私が見たいと」
「確かに言ったけど……」
困り果てた顔で白澤が言う。だが、鬼灯は逃してやる気はなかった。脱力し切った全身から僅かに残っている力をかき集めて、未だ繋がったままのそこをきゅうと締めつけてやる。
「――っ、く、お前……っ」
「っん……、ほら、貴方だって限界じゃないですか」
「何するんだよ、もう……。限界なのはお前の方だろうに……」
クソッと白澤は毒づく。そして、不意に手を伸ばして鬼灯の顎を捕らえ、荒々しく口接けた。
「……っ、ふぁ…っ、ん…」
乱暴に口腔を蹂躙され、舌や唇を傷付かない程度に噛まれて、痺れるような快感が走る。
唇を離し、白澤は鬼灯の顎を捕らえたまま鋭く見据えた。
「焚き付けたのはお前だからな。本当にどうなっても知らないぞ」
「構いません」
激しい熱を帯びたまなざしで見つめられて、鬼灯の最奥がぞくりと疼く。身の内に燃え盛る焔が、恋人の熱情が燃え上がったことを感じて歓喜し始める。
この自分相手に輝かしい天上の獣が理性をなくす。それこそ本望だった。
手を上げ、白澤の頬を引き寄せて今度は自分から口接ける。たっぷりと舌を絡ませ、ゆっくりと唇を離すと濡れた糸が部屋の明かりを受けて煌めき、二人の間で消えた。
「好きです」
「僕もだ。愛してる」
いつになく真剣な表情で紡がれた言葉に鬼灯は目を見開く。じわりと染み込んでくるその言葉に、はい、とうなずいた。疑う気には微塵もならなかった。
この獣は心底、自分を想っていてくれる。そう感じただけで受け入れている箇所がとろりと蕩ける。
それを感じ取ったのだろう。ゆっくりと白澤が腰を突き上げた。
「っあ……!」
絶頂の余韻は薄れていたが、全てが敏感になっていることは変わりない。ずるりと柔襞の表面を滑る感覚に鬼灯はかすれた声を上げる。
「は、くたく、さん……っ」
深みまで押し入られるだけで腰が蕩けてしまいそうだった。どうしようもない甘さが繋がり合った箇所から全身に広がる。
「鬼灯……、鬼灯っ」
白澤もまた、それまでの余裕をかなぐり捨て、切実極まりない声で繰り返し鬼灯を呼んだ。
「――あっ、や、ぁっ、そこは……っ」
先程悶絶させられたしこりをまたもや突かれ、擦り上げられて鬼灯は悲鳴を上げる。
「い、や……、ひあっ、や、嫌です…っ!」
「どうなっても知らない、って言った、ろ……っ」
敏感なのはそこだけではなかった。今や全てが目覚めたかのように、深く突き入れられる動きにも浅く抜かれる動きにも柔襞が歓喜してざわめく。
浅く退いてゆけば虚ろになった箇所が狂おしく疼き、そこを突かれると激しい火花のような快感がはじける。
「っあ、あ、ふぁ、ああ……っ」
深く突き入れた状態で、とろとろになったそこを大きく捏ねるようにかき回されるとたまらなかった。
もうどうすることもできず、揺さぶられるままに甘く引き攣った嬌声を上げ、白澤の熱をやわらかく、時にはきつく締めつける。
「あ、ひぅ…っ、や、そこ……っ」
「ここ?」
「やあっ! 嫌だ、って……言ってるのに……!」
「嫌? 気持ち良すぎて嫌、だろ?」
「――っ、分、かってる……なら……っ」
「もっと気持ち良くしてやるに決まってるだろ」
駄目だと言った箇所をぐりぐりと抉られ、繰り返し突かれて、鬼灯は小さく首を横に振り、泣きよがる。
「っあ……も、駄目……っ!」
「こうして欲しいって言ったのは、お前だよ」
鬼灯、と名を呼ぶ声と共に口接けられ、鬼灯は何も考えられないまま白澤の首に両腕を回し、深く舌を絡み合わせる。
とろとろになった柔襞を突き上げられながら交わすキスは、それだけで達きそうになるほどに気持ち良かった。
「っ、ふぁ…、はく、たく、さん……っ」
「うん」
好きだよ、愛しているよと熱を帯びた声が囁く。それを耳にしただけで、ひどく目の奥が熱くなり、眦から雫が零れ落ちた。
「白澤さん……っ」
「うん、ここにいるよ」
優しく答えてくれる声が愛しい。真っ直ぐに見つめてくれる瞳が愛しい。
想いがそのまま切ない疼きに変わり、白澤の熱を優しくくるみ込み、締めつけて愛撫する。
「滅茶苦茶……気持ち、いい、です……」
「僕もだよ」
可愛い僕の鬼灯、と甘く呼びかけて、白澤はぐっと最奥まで押し入る。
「一緒に達こう」
囁かれて鬼灯はうなずいた。
何もかも一緒が良かった。普段は合わないことばかりの二人だが、今は違う。この時だけは共に同じものを目指すことができる。ならば、何一つ余すことなく掴み取りたかった。
「あ、っん、ん……っ」
もう焦らすことなく白澤は鬼灯を導いてゆく。
「っ、あ…、は、くたく、さん…っ、白澤さん……!」
鬼灯は、ただ一途に恋しい神獣の名を呼ぶ。
他に何一つ浮かばなかった。触れるもの感じるもの、全ての感覚を占めるのは白澤だけだった。
「鬼、灯……っ」
白澤もまた、世界には他に何一つ存在していないかのように鬼灯の名を呼び、抱き締める。
そして長い長い交歓の果て、二人は独りでは決して辿り着けない真っ白な世界へと昇り詰め、互いの存在だけを感じながら愛し合う歓びの只中へと墜ちていった。
* *
「……う……」