白玉だんごを作るのは簡単だ。
 ボールに白玉粉と分量の水を入れて、しっとりするまで捏ね、丸めてたっぷりの湯で茹で上げるだけである。
 買い物から帰った静雄が早速作り始めると、気になったのか、臨也がパソコン前から立ち上がってキッチンスペースまでやってきた。
 もともと臨也には好奇心の強い猫のようなところがある。静雄の手元を覗き込み、「白玉作りなんて小学校の調理実習以来だよ」と呟いた。
「すげぇ簡単だぜ?」
「知ってるけど。でも、わざわざ作ろうとは思わないよ。白玉だんご自体は嫌いでもないけどさ」
 そう言いながらも、興味津々の様子で静雄の手元を見ている。
 その視線を感じながら、静雄は、思えば昔からこうだったな、と思い返した。
 高校時代、静雄のことを嫌いだ死ねばいいと公言していた割には、臨也は静雄が教室の内外で課題だの作業だのをしていると、こんな風に必ず覗きに来た。
 そして、何やかやとからかっては静雄を怒らせ、作業を中断させていたのだが、今から思えば、それも臨也なりの何らかのアプローチだったのかもしれない。
 嫌い嫌いと言いながら、静雄に自分を追わせるよう常に仕向けていたのは、『自分を構え』という不器用なアピールだったと考えれば、納得できなくも無いのだ。
 本当に可愛いんだか可愛くねぇんだか分からねえ奴だな、と思いながらも、静雄はなめらかになった生地を一つにまとめた。
「よし。後は丸めて茹でるだけだけが……手前もやるか?」
「──うん」
 嫌だと言うかもしれないと思ったが、どうやら好奇心の方が勝ったらしい。臨也は素直に白い生地に手を伸ばし、小さく千切っては丸め始めた。
「これ、真ん中をくぼませるんだったっけ」
「おう」
 丸くしたものの中央を親指の腹で押せば、赤血球のような形をした白玉だんごになる。
 その作業は臨也に任せ、静雄は鍋にたっぷりの湯が沸くと、順番にだんごを放り込み始めた。
 一旦底まで沈んだだんごが浮かんできたら、もう一分ばかり茹でて、冷水に取れば、もちもちの美味しいだんごの出来上がりだった。
「あ、俺もそっちやりたい」
「じゃあ交代な」
 玉じゃくしで茹で上がっただんごを拾う作業が面白そうに見えたのか、臨也がねだる。
 静雄としては特にこだわりのある作業でもなかったから、直ぐに応じて、立ち位置を変わった。
 今度は、静雄が丸めて成型しただんごを、臨也が次々と茹で上げてゆく。
 程なく、三十個ほどの艶々した白玉だんごが出来上がった。
「あ、何にもつけなくても、ほんのり甘い」
「餠と一緒だからな」
 一つを摘み上げて口に放り込んだ臨也は、もちもちと咀嚼してから呟く。
 味を確認するように目をまばたかせる様子は、やはりちょっと可愛らしく見えて、静雄は、もしかしたら自分は結構末期なのではないかと思いながら、うなずいた。
「出来立ては美味いだろ」
「シズちゃんの言う通りなのは悔しいけど……うん」
「よし。じゃあ、かけるのは何がいい? 餡子ときな粉とフルーツの缶詰の三択だ」
「うーん。……餡子、かなぁ。やっぱり」
「だよな」
「って、君、そんなに色々買ってきたのかよ」
「手前が万札渡したんだろ」
「だからってさぁ、きな粉なんてどうするんだよ。うちには餠なんて無いよ? 正月でもあるまいし」
「次に来た時に、わらび餠でも作ってやるよ」
「わらび餠……」
 君ってどれだけ家庭的なんだよ、しかも庶民的、と言う声が聞こえたが、悪くねぇだろ、の一言で切り替えして終わらせる。
 これくらいのことでいちいち腹を立てていては、臨也とは到底付き合えない。この関係が始まってから二ヶ月余り、今では静雄も臨也の発言の受け流し方を少しずつ会得しつつあった。
 勝手知ったる食器棚からガラスの小鉢を取り出し、白玉だんごを盛って、上に缶詰の餡子を載せる。
 すると、また臨也からクレームが上がった。
「ねえ、まさかこれ、全部食べるって言わないよね? 十五個ずつって多過ぎるよ」
「あー。じゃあ、半分は夕飯のデザート用に残しておくか」
「そうして」
 今日の夕食は和食の予定だから、その最後に白玉だんごの組み合わせは悪くない。目先を変えて、きな粉やフルーツの缶詰と合わせてもいいだろうと、素早く静雄は脳裏で計算する。
 そして残り半分にはサランラップをかけ、出来上がった甘味の小鉢二つをリビングセットに運ぶと、頃合よく時計は午後三時を回ったところだった。
「それじゃあ……いただきます」
「おう」
 静雄の視線の先で、臨也は器用にデザートスプーンで餡子を白玉だんごの上に載せ、一つを口に運ぶ。
 もぐもぐもちもちと噛み締め、こくんと飲み下して。

 美味しい、と白い花がほころぶように微笑んだ。

「お世辞じゃなくてさ。ちゃんと美味しいよ、これ」
「──おう」
「? どうしたの?」
「あ、いや。何でもねえ」
 反応が少しばかり遅れたことに不審そうな目を向けられて、静雄は慌てて否定し、自分も白玉だんごを口に運ぶ。
 もちもちとした食感と餡子の素朴な甘さが相まって、実に美味い。
 美味いが、しかし、それ以上に。
(そんな風に笑うんじゃねぇよ……!、じゃなくて!)
 今見たばかりの笑顔が瞼にちらついて、美味を味わうどころではなかった。
 もぎゅもぎゅと食べながら、向かい側を盗み見ると、白玉を一つ一つスプーンで掬い上げている臨也の口元や目元には、まだやわらかな笑みが浮かんでいて。
 たまらなくなる。
(その顔が見たかったんだっつーの……)

 一時間ほど前、臨也の不興を買った凝視の理由は、何のことはない。
 先日、合鍵を改めて渡した際に見た、臨也の邪気のない嬉しげな笑顔が心に焼き付いて、どうしたらあれがもう一度見られるだろう、と考えていただけのことなのだ。
 自宅アパートで幾ら考えていても分からなかったため、仕事休みの今日、ここへ来て、臨也の顔を見ながら考えれば妙案が浮かぶだろうかと思ったのだが、世の中はそう甘くはなく。
 一時間余り凝視して、笑わせようとして笑わせても意味がねぇよな、俺が間違ったことをしなきゃ、またそのうち笑うこともあるだろう、と悟りに満ちた結論を得て、気分を切り替え、白玉粉の買出しに出かけたのである。
 それなのに。
(こんなもんで笑うのかよ……!?)
 勘弁してくれ、と心の中で呟く。
 手の込んだことなど何もしていない。粉に水を合わせて捏ね、茹でただけのだんごだ。原価だって、使った粉は半分だから、餡子を合わせても四百円もかかっていない。
 なのに、初夏の青空の下で眩しく咲く白い花のように微笑まれてしまっては、本当に対処のしようもなかった。

「ご馳走様でした」
「……おう」
「来週は、わらび餠、作ってくれるんだよね?」
「その前に今夜、肉じゃがな」
「うん」
 作り立ての白玉だんごが余程気に入ったのか、臨也は機嫌よくうなずき、立ち上がった。
「お茶くらいは、俺が淹れてあげるよ」
 そんな風に言い、キッチンスペースへと移動してゆく。
 その黒ずくめの細い姿を視界の端に捉えながら、
(もしかしたら俺、これから一生、ノミ蟲のためにメシだのおやつだのを作り続けちまうんじゃねぇのか)
 そんな予感が脳裏をかすめるのに、静雄は本気で頭を抱えたのだった。

End.

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