※R18作品のため、18歳未満の方の閲覧は御遠慮下さい。
Stardust City 01
「臨也、毛布貸してくれ」
「──はい?」
言われた意味が一瞬理解できず、問い返す。
すると、聞こえなかったとでも思ったのか、静雄は再度繰り返した。
「だから、毛布。さすがの俺でも、この時期にもう毛布無しじゃ、ちょっと寒い」
「──ああ、そうだね。ちょっと待ってて」
分かったような顔でうなずき、メゾネットの二階へ行ってクローゼットにしまってあった予備の毛布を両手に抱え上げ、階下に戻る。
「はい」
「おう、サンキュな」
ふっくらとかさばるその荷物を渡してやれば、静雄はいとも軽そうにそれをソファーに広げた。
そして、直ぐ傍でぼんやりと見守っていた臨也の肩を軽く引き寄せ、唇にバードキスを落とす。
「じゃあな、おやすみ」
「……うん、おやすみ」
一体、他に何と言えただろうか。
事態が今一つ飲み込めないまま、臨也は成す術もなく二階の寝室に上がるしかなかった。
* *
「……一体何コレ」
寝室のドアをパタンと閉めて。
思わず臨也は呟く。
一体何の放置プレイなのだろうか、この現状は。
「───…」
もう一度最初から状況を整理してみよう、とベッドの端に腰掛けて、ゆっくりと考えてみる。
今日は、繁忙期がやっと終わった静雄の約一ヶ月ぶりの休日で。
でも臨也は仕事があったから、会う約束は夕方からで、宵に臨也のマンションを訪れた静雄と一緒に御飯を作って、食後には静雄が買ってきてくれた杏仁プリンまで一緒に食べて。
またマクロスのレンタルDVDを一枚だけ見て。
そして、今に至る。
───何か、ものすごくおかしくはないだろうか。
多分、途中まではいい。間違っていない。
けれど、最後の部分が何か違うのではないか。
正しいのだとしたら、何故今、自分は一人きりでこんな風に自分のベッドに座っているのだろう。
苟(いやしく)も恋人同士……多分……が一月ぶりに会ったのなら、もう少し違う展開があっても良いのではないか。
「別に何か期待してたとかじゃないけど……!」
思わず自己弁護するように呟いてしまい、その内容の痛さに唇を噛み締める。
だが、どう考えても今の状況は、理不尽だった。
「何で……?」
臨也の認識が間違っていなければ、自分と静雄は一月ちょっと前に恋人同士になったはずだった。
もっとも互いに多忙だったために、この一ヶ月は四回ほど夕食を一緒にしただけで、あとは電話やメールさえも(口喧嘩の種になってしまうために)、碌に交わさなかった。
だが、それでも多分、二人は付き合っているのであり、だからこそ静雄も休日が取れたことをメールで知らせて寄越し、こうしてマンションまで手土産付きでやってきたはずなのだ。
それなのに。
今現在、臨也は自分の寝室に、静雄は応接セットのソファーにいる。
二人がいい歳をした大人で恋人同士という関係が正しいのであれば、この配置はちょっとおかしくはないだろうか。
「シズちゃんて、そういうことに興味ないとか……?」
少し考え、それはない、と結論付ける。
臨也が知る限り、静雄に恋人がいたことは一度もないが、だからといって何の経験もないとは限らない。
少なくともキスの仕方は手馴れているし、以前から繁華街で働く女性の間では、「強くてカッコいい」と案外に静雄の人気が高いという情報も得ている。
そもそも水商売や風俗の女性は男を見慣れている分、結構な確率で『本当にいい男』を見抜くものだ。
そんな彼女達から見れば、顔良し、スタイル良し、キレやすいものの普段は温厚で親切、キレても絶対に女子供には手を上げない静雄は、美味しい存在であるのだろう。
静雄から女性に声をかけることは全く無いようだが、どうやら彼女達の間には、『女を傷つけることを怖がる彼は、乗っかってしまえば絶対に逆らわない』という情報が駆け巡っているらしく、昨年までは時折、女の勝利宣言のようなものが臨也の耳にまで入ってきていた。
彼女達の手口は非常にベタなものが多いようで、漏れ聞いた限りでは、ベロンベロンに酔って動けないふりをして部屋まで送ってもらい、介抱してくれる静雄にしがみついて離れない、というパターンが王道であるらしい。
最近まで静雄に対する自分の気持ちを明確には認めていなかった臨也は、そんな古典的手段に引っかかるなんてシズちゃんはなんて馬鹿なんだ、とずっと冷笑してきたのだが、立場が変わった今は、そういう話を思い返すと少々、いや、かなり複雑な気分だった。
もっとも、年が変わる少し前から、そういう話をぱったりと聞かなくなった理由については、あまり考えたくない。
まあともかくも、静雄は少なくとも不能や不感症ではない、という話だ。
「じゃあ、男が駄目とか……」
口に出して、少しだけ気分が沈む。
何度も言うようだが、恋人にまでなっておいてそんな理由は無い。絶対に有り得ない。というか、
許されない。
「でも、男同士でも最初の難関のキスができたら、後は大丈夫って聞いたことあるけどな……」
ノーマルの男が普通、男相手に感じるのは、社会的・宗教的な禁忌観に基づく生理的嫌悪感だ。
逆に、キスをする時にそれを感じなければ、最後まで行ける。そんな下世話な知識を、昔どこかで耳にしたことがあった。
そして多分、静雄はキスが好きなのだろうと思う。
奥手そうな印象の割には、結構頻繁にバードキスを仕掛けてくるし、そこから深いキスになだれ込む要領も悪くない。
とにかく優しく隅々まで触れて、キスの後には、思わず胸を騒がせてしまうような甘やかな表情を浮かべるのだ。
そういう情報を統合すれば、静雄は臨也とキスをするのが好きだ、という結論になるのは、おそらく間違っていないはずだった。
「……普通の男は、フレンチキスをしたらSEXを連想するもんだけどな……」
唇と唇、舌と舌を触れ合わせ、絡ませ合うキスが、それ以上の何かを連想させるのは成熟した大人なら当然のことで、ましてや男ならディープキスはSEXの前哨戦であり、その先を期待するのが普通である。
それは普段、それほど性欲の強くない臨也ですら例外ではない。好きな人とキスをすれば、どうしてもその先を考えてしまう。
「シズちゃんだけ違うってことは……無くはないな。あの化け物なら有り得るか」
どうにもならない可能性に気付いて、臨也は急に気力が萎えるのを感じた。
外道の形容詞を恣(ほしいまま)にする臨也が言うのもなんだが、根本的に静雄は時々、ものの考え方がかなりおかしい。
大本の原因は、いわゆる天然という奴だろうが、そこに常人離れした肉体の要素が加わって、全く予想がつかない生き物が出来上がるのだ。
その結果をこの場合に限って言えば、彼の天然ボケと肉体の異常さゆえに、他の人間とは発情のシステムが違う可能性さえ考えられるのである。
「……そこまで人間離れしてるとは思いたくないけど……」
少なくとも人間の女の相手はできているのだから、何かが決定的に違うということはないだろう。
また、万が一、化け物らしい特殊事情があるのだとしても、臨也は人間なのである。
そんな臨也がいいと選んだ以上、人間のメカニズムに付き合ってもらわなければ困るというものだ。
そして、あいにく臨也は、幾ら性欲が強くないとはいっても、このまま永遠にプラトニックでも良いと思える程、枯れてはいなかった。
「多分、シズちゃんにはシズちゃんにしか理解できない理屈があるんだろうけど、どうしたものかなぁ」
考えてみるが、さっぱり対処法が浮かばない。そもそも、男を誘うようなテクニックを臨也は全く持っていない。
媚を売るのは死んでもできないし、甘い雰囲気など作りたくとも作れない。そんなことを真面目に考えただけで、憤死できる自信がある。
口先だけで騙くらかすのは相手を問わず大の得意だし、静雄を怒らせるのも名人芸の域なのだが。
「……なんか……」
結構、絶望的なのではないだろうか。
そんな風に思って、軽くへこむ。
「でも、ずっとこのままってのもなぁ……」
自分のキャラに似合わないと分かっていても、やはり好きになった人には触れてみたいし、触れられたい。
だが、静雄がこんな調子では、それは一体いつになれば叶うのか。
「ったく……何が悲しくて、こんな年齢にもなってSEXで悩まなきゃなんないんだよ」
馬鹿馬鹿しい、とベッドの上に転がる。
そして、天井を眺めながら、今頃静雄はどうしているのだろう、と考えた。
もともと早寝早起きで寝つきも寝起きも良い彼は、きっととうに夢の世界に浸っているだろう。
その中で、プリンの山に噛り付いているか、どこかの森にある美しい小川のほとりで日向ぼっこでもしているか。
しばらく想像してみたが、思いつくのは何故か、ひどくのんきな空想ばかりで、怒り狂った形相でノミ蟲を追いかけている姿は、どうしても思い浮かばない。
「──俺に滅多刺しにされて殺される夢でも見てればいいのに」
腹立ち紛れにそう呟いて。
クリーニング屋が綺麗にプレスしたリネンのひんやりとした感触を頬に感じながら、臨也は目を閉じた。
糖度MAXの最終章、スタートです。
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