Day Dream -Precious Day- 03
手早くシャワーと歯磨きを済ませ、戻ってくると、臨也はうとうととしていたのだろう。ぼんやりと目を開く。
そして、物憂げにまばたきしながら、今何時、と尋ねた。
「0時半。もう終電もねぇよ」
「───…」
そう答えると、ひどく複雑そうな顔をする。
静雄はベッドの縁に腰を下ろし、臨也の額のタオルを冷水で絞り直してやる。ひんやりと冷たいタオルを額に載せてやると、多少なりとも辛さが和らぐのだろう、セピアの瞳がほっとしたように微かに細められた。
そして、そのまま静雄を見つめる。
言いたいことがあるのか、それとも、ただ見ていたいだけなのか。分からないながらも、その沈黙に付き合ってやっていると。
シズちゃん、と臨也が呼んだ。
「何だ?」
「シズちゃんて、本当に風邪引かないの? インフルエンザも?」
「少なくとも、小学校に入ってからは一度もかかったことねぇな。幼稚園の頃には、おたふくだの水疱瘡だの一通りやったらしいけどよ」
「……そう」
そのまま、また臨也は黙り込み。
三十秒ほど経ってから、もそりと動いた。
少しだけ自分の身体を、無駄に広いクイーンサイズのベッドの奥にずらし、布団を持ち上げる。
「もし移ったって、俺は看病になんか行かないけど」
そんな台詞で同衾を誘われて、静雄は小さく微笑む。
本当にこいつは可愛くねぇところが、メチャクチャ可愛い。そう思いながら、ゆっくりと長身を布団の中にもぐりこませる。
そうして落ち着くと、臨也がそっと寄り添ってきた。
熱を帯びた身体を胸に抱き寄せ、ずれた濡れタオルをもう一度額に載せ直してやる。
すると、臨也が腕の中で小さく息をつき、体の力を抜くのが感じられた。
「……俺さぁ、本当にシズちゃんには来て欲しくなかったんだよ」
「ああ」
「インフルエンザで寝込んでるとこなんか、見られたいわけないじゃん。他の誰だって嫌だけど、シズちゃんはもっと嫌だ。一番嫌だ。死にたいくらい嫌だ。ていうか、いっそ死んで」
「まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどよ」
「なのに、来ちゃうんだからさ。シズちゃんのそういうとこ、俺、本当に嫌い」
「別に構わねぇよ」
臨也がひねくれているのも、意地っ張りで弱みを見せたがらないのも、今に始まったことではない。
逆に、追い詰められてもいないのに素直に振る舞う方が、余程正気を疑うだろう。
擦り寄ってくる身体とは裏腹な言葉ばかりを口にする。それが臨也であり、静雄はそれ以上を望んだことは一度も無い。
「──シズちゃん」
「ん?」
「……ごめん」
「──何がだ?」
不意に謝られて、静雄は目をまばたかせ、胸元に収まっている臨也の黒い頭を見下ろす。
すると、すり…と臨也の頭が胸に擦り付けられるようにして、更にうつむいた。
「シズちゃん、昨日、誕生日だっただろ」
言われて。
そういえば、と気付く。
日付はもう変わってしまったが、確かに昨日は1月28日だった。
「……覚えててくれたのか」
「……シズちゃんの鳥頭と一緒にしないでよ」
不貞腐れたようなくぐもった声に、静雄は、そういうことか、と微笑む。
今夜、やたらと突っかかってきたのは、単に熱のせいだけではなかったのだ。
おそらく、臨也は臨也なりに静雄の誕生日のことを覚えていて、祝いたい気持ちは持っていたのだろう。
だが、自分が直前にインフルエンザに罹ってしまったことで、誕生日にかこつけた嫌がらせにせよお祝いにせよ、何もできなくなってしまった。そのことが、きっと悔しかったのだ。
だから八つ当たり気味に、やたらと帰れと連呼したのに違いない。
「ありがとな、臨也」
「──何が」
「覚えててくれたじゃねぇか。俺は一度も、誕生日なんかお前に教えた覚えなんかねぇのによ」
「……シズちゃんの誕生日なんて、高校生の時から知ってたよ。俺は素敵で無敵な情報屋さんなんだから、当たり前だろ」
「そうか」
憎まれ口を叩く臨也が愛おしくて、こめかみにキスを落とす。
唇に触れた肌は、やはり熱くて、愛おしいと同時に切なくもなった。
「なぁ、臨也」
「……何だよ」
「お前の熱が下がって、元気になったら、どっかに飯でも食いに行こうぜ。うちの事務所もまだ繁忙期じゃねぇから、多分、来週辺りには普通に休みがもらえるはずだしよ」
「…………」
「お前の方は、仕事、忙しいか?」
「……やることはいつだってあるし、忙しいけど、」
でも、と小さな声で臨也は続ける。
「いいよ。卵雑炊のお礼代わりに、俺が奢る」
「そんなん気にすんな。雑炊なんて料理の内に入らねぇし、俺がやりたくてやってるだけなんだしよ」
「……じゃあ、さ」
「ん?」
「今回は俺が奢るから。今度、五月の俺の誕生日は、またシズちゃんが奢ってよ」
小さな小さな声で、ねだられて。
静雄は小さく目を瞠った後、微笑む。
「いいぜ」
昨年の臨也の誕生日は、既に二人が付き合い始めてからのことだったから、二人で食事に行くくらいのことはした。
といっても、行き先は、いつもと同じその辺の居酒屋で、取り立てて変わった何かがあったわけではない。
互いに、そういうイベントには不慣れで、プレゼントも何もなかったが、それでも静雄は十分に幸せだったし、臨也もそうだったのだろう。
少なくとも、今年もまた同じ事を繰り返したいと、そう望むくらいには。
「じゃあ、今夜はもう寝ちまえ。寝ないと熱も下がらねぇだろ」
「──うん…」
珍しく素直にうなずいて、臨也はことんと静雄の胸に頭を預ける。
新羅の処方してくれた薬には、当然ながら催眠効果もあったのだろう。程なく、いつもよりは少し浅く、荒い寝息が零れ始める。
その身体を、臨也が楽なように抱き直し、細い背中をそっと撫でてやりながら、静雄もまた、目を閉じる。
ケーキもプレゼントも無い、おめでとうの言葉すらない誕生日だったが、今年は時刻的にはギリギリだったとしても、臨也と……誰よりも愛おしい恋人と過ごせた。
その一点で、自分は十分過ぎるほどに幸せだと思う。
───来年もまた、一緒に過ごせたらいい。
できれば、今度は臨也が元気な状態で。
そんな風に祈りながら、静雄もゆらゆらと眠りの淵に落ちていった。
End.
静誕お祝いしたかったのにしょーもない理由で全ておじゃんになってしまう、日本一残念な臨也を目指してみました(笑)
でも、そんなことで二人の愛は揺らがないのです。
また一年、仲良く喧嘩してくれますように。
そんな祈りを込めて、シズちゃんHappy Birthday!!