「わあ、お客様だー!」
 臨也と静雄、それにトムと幽がぞろぞろと奥のリビングへと連れ立って入ってゆくと、待ち構えていたらしいサイケが歓声を上げて目を輝かせた。
「こんばんはっ」
「おう、お前さんがサイケか?」
「うん!」
「そうかそうか、俺は田中トムっつーんだ。トムでいいからな」
「トムさん」
「おう。で、そっちが津軽だな。本当に昔の静雄そっくりだなぁ」
「はい、初めまして」
 事前に説明を受けていたこともあり、トムの馴染み方は見事なものだった。
 その様子にほっとしながら、静雄は弟を省みる。
「エレベーターん中でも説明したけどよ、あいつらが俺と臨也のクローンな」
「うん。二人とも、兄さんにも折原さんにもあんまり似てないね」
「お、お前にも違って見えるか?」
「雰囲気が全然違うから。確かに顔立ちは一緒だけど、全くの別人だよ。表情や目の動きが全然違う」
「そうだよな」
 人に対する観察眼が異様に鋭い幽の言うことであれば間違いない。常々思っていたことをぴたりと言い当てられて、静雄は小さく溜息をついた。
「やっぱりお前、すげぇな」
「人を観察するのが得意なだけだよ。俺に言わせれば、兄さんの方がずっとすごい」
「俺が?」
「うん。悪いけれど、正直、兄さんがこんな風に折原さんと暮らせるとは思ってもみなかったから」
「ああ、それな」
 弟の指摘に、静雄はうなずいた。
「トムさんにも言われたけどよ。まあ、あいつらが居るからだな。暗黙の了解みたいなもんで、サイケと津軽の前じゃ喧嘩しねぇことにしてんだ」
「それができるだけでも大したもんだよ」
 幽の表情も声も平坦で、何の抑揚も無い。だが、静雄はそこに掛け値なしの賞賛を聞き取って、思わずはにかむ。
「お前にそう言ってもらえると、すげぇ嬉しいぜ」
 昔から心配をかけ通しの弟だった。たとえ世間一般の兄弟と逆だとしても、そんな弟に褒められたことが純粋に嬉しくて、静雄は小さく笑んだ。
「兄さん、俺のことも二人に紹介してもらえるかな」
「おう。──サイケ、津軽」
 トムと意気投合したのか、楽しげに話しているクローンズに声をかけると、二人はぴょこんと頭を上げる。
「紹介するな。俺の弟の幽だ」
「よろしく」
 幽が軽く会釈すると、サイケは小さく首をかしげてソファーから立ち上がり、幽の正面までやってきた。
 そして、その大きな目で幽を見上げる。
「TVで見た時と名前、違うね?」
「羽島幽平は芸名だから。本名は平和島幽だよ」
「かすかさん」
「そう」
 改めての名乗りにサイケは納得したのか、ぱっと顔を明るくしてうなずいた。
 その横に寄り添った津軽もまた、幽に向かって丁寧に頭を下げた。
「津軽といいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ。本当に数年前の兄さんそっくりだね。こう言うのは失礼だと思うけど、すごく懐かしい」
「いえ、失礼なんてとんでもない。嬉しいです」
 オリジナルに似ていると言われて、穏やかさの中に嬉しさを滲ませた風情で津軽は微笑む。
 そんな弟二人の様子に満足しながら静雄が眺めていると、ソファーでくつろいでいたトムが声をかけてきた。
「そうしてると、お前ら本当に兄弟だなあ。三人兄弟。雰囲気はそれぞれ全然違うけど、どっか似てるぜ。顔の話じゃなくてな」
「そっすか?」
「おう」
「トムさんの言う通りだよー。いいなぁ、三人。ねえ、臨也は弟いないの? 妹だけ?」
「いないよ」
 リビングの続き間であるダイニングキッチンに向かって、サイケが声を張り上げる。
 が、返ってきたのは素っ気ない臨也の声だった。
「電波な妹が二人もいたら、それだけで俺の許容量はいっぱいだよ。この上、弟だなんて冗談じゃない」
「でも臨也、妹さんに会わせてくれないじゃない」
「あいつらに会わせたら最後、お前なんて頭からバリバリ食われるよ。骨も残らないさ。それよりシズちゃん! 紹介が終わったんなら、こっち来て手伝ってよ。なに君までくつろいでんの」
「あー、悪ぃ」
 呼ばれて、そういえば臨也一人にもてなしの準備をさせていたのだと気付いた静雄は、幽に「座っていてくれ」と告げて、ダイニングキッチンに向かった。
「へえ、豪勢だな」
 大きなダイニングテーブルにはホットプレートが据えられ、大皿にたっぷりと盛られた幽持参の松坂牛が食べて食べてと見る者を誘っている。
 加えて、ところ狭しと並べられているサラダや箸休めの小鉢に、臨也の料理の腕を知っている静雄も、思わず目をみはらずにはいられなかった。
「弟君が肉を持ってきてくれたから、急遽、焼き肉にメニュー変更だよ。ったく……」
「それは悪かったな」
 本来は、臨也自身の好きなイタリアンでまとめるつもりだったのだろう。既に出来上がっているサラダや惣菜、スープにその痕跡が見えて、静雄は素直に詫びる。
 すると、臨也は不機嫌そうに肩をすくめた。
「まあいいけどね、田中さんが魚介類好きかどうか分からなかったからブイヤベースはやめたし。パスタソースは冷蔵保存利くし。というわけで、そっちは明日、食べてよね」
「おう。──じゃがいも、そろそろ火が通ってるな。鍋、下ろすぜ」
「うん、お願い。あと、君の部屋から椅子もう一つ持ってきて」
「分かった」
 うなずきながら静雄は手際よく下茹でされたジャガイモの湯を切り、刻んだ野菜を載せた大皿の隙間に盛り合わせる。
 そして、自室から椅子を取ってきてダイニングテーブルの端に据えた。
「そろそろ皆、呼んでいいか」
「うん、大丈夫」
 臨也がシンクで使い終えたまな板や包丁を洗っているのを確認してから、静雄はリビングへ行き、一同に声をかける。
 既に夕食の時間としては遅い時刻でもあり、それぞれ空腹を抱えていたのだろう。静雄に視線を向ける四人の反応は、見事なまでに素早かった。
「飯の支度できたんで、こっちに移って下さい、トムさん、幽」
「おう、悪いな」
「サイケ、あんま無茶なこと言ってトムさんを困らせてねぇだろうな?」
「困らせてませーん」
「サイケは言っていいことと良くないことは、ちゃんと分かってるよ、静雄」
「それは分かってるけどな。でもさっきから、ちょっとはしゃぎすぎだろ」
 先程から、ダイニングキッチンの物音越しにでもはっきりと分かるほど、聞こえてくるサイケの声はテンションが高かった。
 なにしろ客人を迎えるのは、クローンズがラボを出てからこれが初めての経験である。サイケの性格からすれば、はしゃぐなという方が無理なのだろう。
 もっとも、トムも幽も対人的な柔軟性がとても高い上に、津軽というストッパーもあるから、静雄もさほど深刻に心配していたわけではない。
 それでも自分の客人の手前、賑やかすぎるのもどうかと思わずにはいられなかったのだが、その杞憂はトムと幽が軽く笑い流した。
「大丈夫だぜ、二人とも素直でいい子じゃないか」
「そうだよ、兄さん。心配しなくても大丈夫」
「ほら、俺も津軽も悪い子じゃないもん」
「そうか、そうか」
 津軽の腕にしがみつきながら、威張るように言ったサイケの頭を、それならいいと静雄はぽんぽんと撫でる。
 ついでとばかりに一緒に津軽の頭も撫でて、それから二人を軽くダイニングキッチンの方へ押しやった。
「ほら、二人とも席に座れ」
「はーい」
「はい」
 二人が仲良く隣室に飛び込んでゆくのを眺めてから、静雄は富むと幽を振り返る。
「じゃあ、トムさんもこっち来て下さい。幽も。臨也の奴、かなり張り切って飯作ったみたいなんで、がっつり食ってもらわねぇと」
 そして、連れ立ってダイニングキッチンへ行き、二人にはいつも自分と臨也が座っている席を譲って、臨也と共に予備の椅子へと腰を下ろす。
 テーブルの上には、トムが持参したビールも既に出されており、ホットプレートにも牛脂がたっぷり引かれて、準備は万端だった。
「おお、マジで豪勢だなー」
「料理、お上手なんですね」
 幽がいつもの無表情で感心すると、テーブルの向こうで臨也は小さく微笑む。
「幽君に言われると面映ゆいけどね。君の料理の腕はTVで見て知ってるよ? でもまあ、食べてからもう一度言ってもらえると嬉しいかな」
 そう応じる臨也の表情にはいつもの険がなく、機嫌は悪くなさそうに静雄の目には映った。
 こうなった成り行きが成り行きなだけに、少しばかり意外だと思ったが、考えてみれば、もともと臨也は、お祭り騒ぎが好きで、人の集まりが好きである。
 にもかかわらず、その性格の悪さゆえに、こうして親しい人々と会食する機会が滅多にないのを密かな欲求不満としているらしいことは、以前、新羅から聞いたことがあった。
 そんな臨也にしてみれば、たとえ静雄の客であろうと、こうして賑やかな雰囲気で自分の料理の腕に感心されるのは素直に嬉しいのだろう。
 そういう人間臭いところはノミ蟲でも可愛げがあるよなと思いつつ、静雄は、うながされるままに自分用の桜桃チューハイを手に取った。
「はい、皆さん御用意はいいですかー?」
 全員がそれぞれのグラスや缶を手にしたところで、何故か音頭を取ることになったらしいサイケが、満面の笑みで烏龍茶入りのグラスを掲げて高らかに宣言する。
「それでは、かんぱーい!!」
「乾杯!」
「乾杯ー」
 一体何に対しての乾杯なのか、まったく定かではなかったが、それでも銘々にグラスや缶を合わせて最初の一口を飲み干す。
「じゃあ、どんどん肉を焼いていくから、色が変わったら直ぐに上げて下さいねー」
 そして、ビール缶を置いた臨也が早速、菜箸を器用に操りながら最高級の松坂牛カルビやタン、ミノといった各部位を次々とホットプレートに並べ始めた。
 たちまちのうちに香ばしい油の焼ける匂いが立ち昇るのを感じ取りながら、こういうのも悪くねぇよな、と静雄は目の前に広がる光景を眺めながら思う。
 津軽とサイケ、トムに幽、そして臨也と、シュール極まりない面々ではあるが、表情は全員楽しげで、美味な食事に早々と夢中になっている。
 と、向かい側の臨也と目が合ったが、臨也は静雄の目を見返した後、小さく肩をすくめて肉を焼く作業に戻ってゆき。
「あ、こらサイケ! タンばっかり食べるんじゃない! 皆、食べたいんだから!」
「……はーい」
 目敏くサイケの箸の動きを見咎めた臨也に叱られて、サイケは渋々、箸で摘んでいたタンを隣りの津軽の皿の上に置く。
 その光景を見つめ。
 ふはっと静雄は吹き出した。
「──うん、悪くねぇよ」
 小さな呟きだったが、テーブルの角を挟んで隣に座っている幽には聞こえたのだろう。
 弟が静かなまなざしを向けてくるのに、静雄は一つうなずく。
 そして、自分もまた、滅多に口にできない最高級の松坂牛を堪能することに専念するよう、思考のスイッチを切り替えた。

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お客様編・前編。
次に続きます。

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