「──まあ、な。確かにお前らの前では殺し合いしてないからな。一緒に飯食ってるか茶を飲んでるかだから、お前がそう言うのも無理はないかも知れねえ。
でも、本当に俺はあいつのことは大っ嫌いだ。……最近、あいつが俺を怒らせさえしなきゃ一緒に居られるってことは分かってきたんだけどな。
あいつの飯は美味いし、俺が作った飯も、何だかんだ言いながら残したことねえし。──だからまあ、俺もそういうあいつとなら、暮らせないこともないと思ったんだが」
しかし、臨也の方が嫌だというのだから仕方がない。
それが静雄の今夜の結論だった。
「そもそも、あいつはごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ。いつもそうやって物事をややこしくしやがる。まあ、今回は自分でそれに嵌まってるみてえだから、ざまあみろとは思うけどな」
「……とりあえず静雄は、この件に関しては臨也を放っておいていいと思うんだな」
「おう。心配なんかしなくたって、あいつはゴキブリ並にうぜぇ奴だから、明日辺りにはもうごそごそし出すと思うぜ。我慢すんのも、人に振り回されるのも、あいつは大嫌いだしな」
そう言うと、津軽は考え込むように小さく首をかしげた。
「静雄は、やっぱり臨也のことをよく分かってるんじゃないのか」
「分かってねえって。ただ八年間も殺し合いしてりゃあ、相手のパターンくらいは分かってくるってだけだ。あいつの反吐しか詰まってないような頭の中身なんざ、知りたいとも思わねぇよ」
肩をすくめて、静雄は腹立たしいだけの話題を打ち切る。
「ノミ蟲の話はここまでだ。幾らお前相手でも、そろそろムカついてくるからな」
「……分かった」
静雄の言葉に、素直に津軽はうなずいた。
このクローンを可愛いともいじらしいとも静雄が思うのは、こういう時だ。
無口で考え深いところは弟の幽に似ているし、不器用なところは自分にも似ている。
もう一人、弟が居たら、きっとこんな感じだったのだろうと思いながら、茶色の頭を軽く撫でてやる。
津軽は図体は大きいのだが、中身が生後四年のせいか、サイケと同じく見た目より遥かに子供に感じられることが多い。
さすがに四歳児ということはないにしても、小学生くらいの子供を相手にしている感じはあった。
そうして静雄が頭を撫でてやると、津軽は嬉しいのか、目を細めて表情を和らげる。
それがまた可愛らしく感じられて、可愛い→撫でるの正循環はとどまることを知らなかった。
「お風呂、お先でしたー」
明るい声と共に、風呂上りでほこほこのサイケが二人の元に寄ってくる。
「あー、津軽いいなぁ。シズちゃんに撫で撫でしてもらってるー」
俺も撫でてーと、とてとて歩いてきたサイケは、津軽に並んで静雄の前に座り、ぴょこんと頭を突き出した。
そのまだ濡れたままの洗い髪を、静雄はサイケが首に掛けていたタオルを取り上げて、わしゃわしゃと拭いてやる。
「つーより、お前は頭乾かせ、サイケ。雫が垂れてんぞ」
「シズちゃん、乾かしてよー」
「お前なぁ」
「だって、ドライヤーしてもらうの好きなんだもん」
「……お前、本当にうぜぇぞ」
溜息をつきながらも、静雄は手を伸ばして部屋の隅に転がしてあったドライヤーを取り上げ、コードをコンセントに差し込む。
そうしながら、津軽に声をかけた。
「おい、お前も風呂に入ってこいよ。こいつの面倒は俺が見ててやるから」
「──ああ」
「いってらっしゃい、津軽」
バイバイと手を振るサイケに苦笑しながら、静雄はやわらかな黒髪をドライヤーで乾かし始める。
誰かにこんなことをしてやるのは、弟が幼かった頃以来だろうか。
幽は、子供の頃から自分で何でもやる性格だったから、静雄が面倒を見てやっていたのは、せいぜいが幽が三、四歳の頃までである。
だが、懐かれれば決して悪い気はしない。
これまで周囲に人がいなさ過ぎたから気付かなかったが、案外、自分は面倒見が良いタイプなのだろうかと思いつつ、静雄はサイケの髪に温風を当てながら丁寧に指で梳いた。
「臨也、きっと今頃、羨ましがってるよー。一人にされるの、大嫌いだもん。自分から一人になるのは平気なくせにさ」
「──そういや、昔っからそういうとこはあったかもな」
「あ、そうなんだ。ふふっ、成長しないんだねえ」
「してねえなぁ」
その臨也のクローンとこんな会話をしているのも実にシュールではあったが、もともと静雄は細かいことを気にする性格ではない。
何でも、『そんなものか』とか『まあいいか』、あるいは『気に食わねえ』と結論付けて、受け入れるか、関心を失くすか、殴り飛ばすかのどれかである。
そして、クローンズについては全般的に、受け入れる方向にスイッチが入っていたから、サイケにせよ津軽にせよ、何を言って何をしようが、はっきり言ってオールOKだった。
「そら、もういいぜ」
さらさらの黒髪がほぼ乾いたところで、静雄はドライヤーのスイッチをオフにする。
「ありがとー」
サイケは静雄を振り返って嬉しそうに笑い、それから部屋の隅に積み上げた布団を指差した。
「ね、シズちゃん、お布団ひこうよ。俺、真ん中がいいな」
「真ん中?」
「うん。俺はいっつも一人でベッドだから、ちょっと寂しかったんだ。津軽がシズちゃんとお布団並べて寝てるって聞いた時、すっごく羨ましかったの。でも、臨也は一緒に寝るのダメだって言うし。寝る時は一人じゃないと眠れないんだって」
「ノミ蟲のくせに、なに繊細ぶってやがるんだかな」
「ねー。だから、俺、真ん中がいい。ダメ?」
「いいぜ。俺はどこででも寝れるし、津軽もそうみたいだからな」
「わーい」
そうしてサイケは、静雄と共に嬉々として三組の布団を広げる。
広くもない部屋は、まるで修学旅行の宿のように布団が敷き詰められた状態になったが、またそれが嬉しいのか、サイケは津軽が風呂から出てくるまで、布団の上を意味もなくコロコロと転がり続けて。
その後、静雄も風呂から上がると、サイケは、はしゃいだまま布団の中に真っ先にもぐりこんだ。
「ねえねえ、シズちゃんも津軽も、手を貸して?」
「あ?」
「ああ」
「シズちゃんも、早く」
「……おう」
川の字に横になり、真ん中のサイケに向かって静雄と津軽は、それぞれ手を伸ばす。
と、小さくてやわらかなサイケの手が、二人の手をぎゅっと握り締めた。
「ふふふっ」
「何だよ、サイケ」
「……手を繋ぎたかったのか?」
「うん! 嬉しーなぁ」
二人の手の感触を確かめるように、サイケは右手と左手をぎゅっぎゅっと握り締める。
そして、やっと満足したのか、手を離しはしなかったが余計な力を抜いて布団の上に置いた。
「おやすみなさい、津軽、シズちゃん」
「……おう。おやすみ」
「おやすみ、サイケ」
そんな風に当たり前に過ぎる言葉を交わして。
微笑んで手を繋いだまま、三人は穏やかに目を閉じた。
to be contineud...
臨也ぼっち作戦続行中。
続く次号。
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