『折原臨也』のクローン。
光を受けて血赤に透ける瞳は自分と同じだ。だが、浮かぶ表情は確かに幼い。
二人の会話を理解しているのかいないのか、じっと黙ったまま、少しの不安と好奇心が入り混じった表情で、真っ直ぐに臨也を見つめ返してくる。
もし、これが、と臨也は考える。
たとえば池袋を歩いていたら。
大概の人間は、臨也だと思うだろう。もし表情やら体格やらの違いに気付いたとしても、おそらくは臨也の弟だと判断するのが関の山に違いない。
そして、無邪気な温室育ちの臨也の『弟』を発見した連中は───。
「この子のあられもない姿が裏サイトとかで出回ったら……困るんじゃないかい? 折原臨也の名前に傷がつくよ?」
分かって言っているに違いない。そう断じて、臨也は新羅を睨みつける。
「──こんなのの世話ができるわけないだろう。君が知ってる通り、俺は多忙なんだよ」
「君が忙しいのは、悪だくみばっかりしてるからだろ? 君が毎日量産している十の悪だくみのうち、一つくらいを諦めれば、十分に世話はできるはずだよ。
とりあえず、この子は自分の身の回りのことくらいはできるし、君のクローンなんだから、教えれば家事くらいはできるようになるかもしれない」
「しれない、ってどういうことだ。俺のクローンだっていうなら、能力的には間違いなくできて当然なはずじゃないのか」
「能力的にはね」
新羅は肩をすくめた。
「さっきも言ったけど、この子の気質は子供なんだよ。好奇心旺盛で、色々なものに興味を示すけれど、責任を取ることを知らない。
可愛いけど、無邪気で無責任で世間知らず。世の親という親を困らせる子供なるモンスターそのものだ」
「……つまり、君は俺に子育てをしろと言いたいわけ?」
「御名答」
ぱちぱちと新羅が手を叩く。
と、何を思ったのか、その隣りでクローンもにこにこしながら手を叩き始めた。
新羅の言う通り、無邪気で無責任で世間知らずそのものな姿に、臨也は急速に頭痛が酷くなるのを感じる。
──最悪だ。
全くもって最悪だが、しかし、解決する方法が見当たらない。
どんな物事であれ、通常なら一つや二つは裏技や抜け道があるはずだが、目の前で起きている事態に限っては、本当に逃げ道が思い浮かばない。
こんな生き物を預けられるような心当たりは皆無だったし、これを連れてきた張本人である新羅が引き取るわけもない。
生みの親である森厳に投げ返したら、彼は解剖するだけだとしても、その周囲の人間が『折原臨也の顔をしたモノ』相手に何を企むか知れたものではない。これまでクローンの情報が外に漏れなかったことは、僥倖でしかないのだ。
「……こいつの寿命はどうなってる?」
様々な可能性や弊害を考えながら、新羅に問いかける。
これまでの動物実験結果を見る限り、概してクローンの寿命は短い。
ましてや、新羅及びその父親と知り合ったのが中学生の頃であるにもかかわらず、このクローンが自分と数年しか外見年齢が変わらないということは、何らかの成長促進作用が働いているのだろう。
そう考えれば、通常より遥かに短い寿命が想定されていると見て間違いなかった。
「今が発生から五年目で、父さんが想定している余命は五年だよ」
十年。予想よりも遥かに短い寿命に、臨也はかすかに眉をしかめる、
「随分と短いね」
「コピー元の寿命の半分以上生きたクローンは、今のところ居ないからね。やっぱり難しいんだよ、生命を作るっていうのは。おまけに成長を促進させるために、怪しげなものをいっぱいドーピングされてるし」
新羅はこともなげに言った。
「まあ、あと五年もすれば、脳や内臓にダメージが出始めるだろう、という話さ。──どういう形になるかは分からないけど、最後は細胞が自壊して、終わりになる」
こういう場面における新羅特有の淡々とした口調で語られる言葉を聞きながら、溜息を押し隠しつつ、臨也は考える。
つまり、この先、五年前後は、この生き物の面倒を見なければならないというわけだ。文字通り、息絶えるまで。
「一体何の罰ゲームだよ……」
ぐったりと革張りのソファーに沈み込む。
極上のスプリングのソファーは、家具屋で選びに選んだお気に入りだが、今はその心地良ささえも恨めしい。
だが、どうにもならない、と臨也は腹をくくった。
道が行き詰まりになる前に、他の迂回路を幾つも用意しておくのが賢い人間のやり方というものだが、目の前に用意されたのは、両側が断崖絶壁の完全な一本道だ。
しかし、それでも前に進むうちに、逃げ道が見つかるかもしれない。
あるいは、断崖絶壁から飛び降りても五体満足で済む方法が見つかるかもしれない。
これまで数多の人々に、様々な道を指し示しては、どんな風に進むか興味深く観察することを繰り返してきたが、まさか自分が道を模索させられる対象になるとは。
世の中、つくづく予想通りにはいかない。
しかし、こんなことでへこたれるほど、自分はやわな人間ではない。
我が身に降りかかるのが何事であれ、逆手に取ってやる、と気力を奮い起こして、新羅にまなざしを向ける。
「分かったよ。この子は俺が預かる」
「そう。良かった」
新羅は面白げに笑い、そして、隣りの少年へと声をかける。
「サイケ、良かったね。臨也がここに置いてくれるって。毎日美味しいもの食べさせてくれて、ふかふかのベッドで寝させてくれるよ」
「わーい♪」
ぞわわわわわわわわわわわ。
再び臨也の全身に鳥肌が立つ。キショい。心底、気色悪い。
本当にこれは自分と同じ遺伝子でできてるのか、と疑いのまなざしで見るが、どれだけ見ても、目の前の顔は自分だ。
ただし、にこにこと満面の嬉しげな笑みを浮かべている。そこには裏も表もありそうにもない。自分には決してできない表情だ。
これに五年間、耐えられるのか。
思わず自問自答するが、答えが出ない。──それはつまり、限りなく『否』ということに違いなく。
「日常生活で、特に気を配ることはないよ。今は健康体だし、食事も普通でいい。まあ、弟ができたとでも思えば可愛く思えるんじゃないかな」
「……その台詞、自分のクローンを見た時に言えたら、褒めてあげるよ」
「あ、それはないから。僕のやつも企画時にはあったらしいけど、自分の息子なんか複数育てても面白くないって、父さんが却下したらしいよ」
「…………」
運のいい奴、と小さく吐き捨てたが、聞こえなかったらしい。
「それからね、この子の名前、サイケだから。もちろん戸籍があるわけじゃないから、只の呼び名だけど」
「サイケ?」
「そう。サイケデリックのサイケ。胎細胞の発生から五年だから、実年齢は四歳、肉体年齢は十六歳。つまり、君がその陰険かつ悪趣味な才能を全開にし始めた頃の年齢だ」
つまり、才能を開花させるまでの過程を見る実験だったため、それ以上は不要となった、ということだろう。
ある意味、不要となった実験体をその辺りにポイ捨てされなかっただけ、良かったと思うべきなのかもしれない。
そんな風に自己欺瞞で自分を宥めながら、臨也は分かった、とうなずいた。
「それじゃあね、サイケ。私は帰るから、もし頭が痛くなったりおなかが痛くなったりしたら、臨也にうちに連れてきてもらうんだよ」
「うん。ありがとう、新羅」
「うんうん」
可愛い可愛いとばかりに新羅がサイケの頭を撫でる。
再び、ぞわりと寒気が背筋を走った。
そうして新羅は帰ってゆき、臨也はクローンと二人、取り残されて。
「──サイケ?」
試しに呼んでみると、サイケはぱっと目を輝かせ、小走りに近付いてきた。
「なぁに、臨也?」
まるで飼い主に呼ばれた子犬のように、目をきらきらさせて臨也を見上げる。
身につけている服は、外出時の臨也と対比するかのように純白をベースに、鮮やかなピンクを差し色にしたコート姿だ。
耳には、やはり白&アザレアピンクのヘッドフォンまでつけている。
白兎と黒兎。そんな絵本があったな、と思い返しながら確認するように尋ねた。
「俺の名前は知ってるんだね」
「うん、新羅が教えてくれた。臨也は俺の素になった人で、強くてカッコよくて、俺に楽しいこといっぱい教えてくれるんだって」
「───…」
クソ新羅め、と臨也の微笑みが引きつる。
相手が子供だと思って、一体何を嘘八百教えているのか。
しかし、目の前の相手は八つ当たりの対象とするには、何かが足りなさ過ぎた。
まあいい、この分はあいつに返してやろう、とバーテン服姿を脳裏に思い浮かべながら、臨也は微笑んだままサイケに向かって口を開く。
「腹は減ってない?」
「ううん。ここ来る前に食べたから、平気」
「そう」
うなずき、それなら今日は風呂に入って寝るといい、と家の中を案内しながら、臨也は、この先五年間、自分は発狂せずにいられるのだろうかと、かなり真剣に自問自答した。
to be contineud...
初のデュラララ。
なのに、初っ端から臨也&サイケという、かっ飛ばしぶりですみません。
どうしても津軽×サイケを加えたシズイザっぽい話を書きたくなったのです。
御覧の通り、サイケが出てきている時点で、この話はギャグです。なので、余り真面目に読まないで下さいm(_ _)m
ちなみに、シズイザは滅多なことでは両想いにならない予定です。
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