「いいじゃん。何着ても似合うんだし」
「お前の買い物に付き合ってると疲れるんだっつーの」
「お昼と三時のおやつも奢ってあげるから。ハンバーグとパフェ。それともクリームコロッケとケーキの方がいい?」
「……俺が何と言っても、諦める気全然ねえだろ」
「当然」
くすりと笑って、臨也は今度は静雄の唇に軽く口接けた。
「ね、行こうよ。代わりに、シズちゃんも俺の服を選んでくれていいから」
「お前の服、なぁ」
珍しく黙ってるから何を考えてるのかと思えばよ、と小さく溜息をつき、静雄は臨也の首筋にそっと口接けを落とす。
首のラインをやわらかく唇でたどられて、臨也はくすぐったくも心地よい感覚に小さく身をよじった。
「……明るい色も、似合うんじゃねえの」
「俺?」
「おう。黒とか赤じゃなくて、もっとやわらかい色っつーか、綺麗な色。お前なら着れるだろ」
意外な言葉に、臨也は目をまばたかせて静雄を見上げる。
まさか自分に対して、そんなカラーの提案をしてくるとは思いもしなかったのだ。
「やわらかくて綺麗、って……春カラー?」
「あんまりふわふわした色はお前のイメージじゃねぇけどな。ある程度はっきりした色の方が合うとは思うけどよ」
ちょっと見てみてえ、という声と共に背中を優しく撫で下ろされる。
「仕事の時は黒でいいんだよ。それがお前のイメージだし、お前もカラスみたいに見せたいんだろうし。でも、うちの中に居ると、ちょっと違うんだよな」
「……黒、似合わない?」
「いや。それはそれでお前らしいし、好きだけどな。時々、天気のいい日とかに日向(ひなた)でサクラ構ってるお前見ると、もっと違う色でもいいんじゃねえかと思う時がある」
「────」
それは、と臨也は思った。
おそらく、この部屋で静雄とサクラと過ごしているときには、普段は隠している心の中のやわらかな部分があらわになってしまっているからだろう。
当然だ。愛するものに囲まれている穏やかな時間にまで今更神経を尖らせるほど、臨也も頑なではない。
そして、そんな時の臨也のイメージは、静雄の目には黒とは映らないのだろう。何色かは分からない。だが、自己主張はあっても綺麗な色と映るのだ。
「……うん。シズちゃんがそういうのなら、黒以外を着てみてもいいよ。でも、休みの日だけね」
「おう」
それでいい、と静雄はうなずき、臨也の唇に唇を重ねる。
ついばむように優しいキスが自然に深いものに変わるのを、臨也は静雄の首筋に両腕を回しながら受け止めた。
ただのキスなのに、こんなにも気持ち良くて満たされる。それは、相手が静雄だからだということはとうに知っている。
どうしようもなく甘く、鮮烈で。
唇と舌でたっぷりと愛撫し合ううちに、身体が芯からとろとろと蕩けてゆくような錯覚に襲われて、臨也は静雄の首筋に回した手にぎゅっと力を込めてすがりついた。
こんなキスは実に三週間ぶりのことだ。よくも我慢していられたなと、己の強情ぶりに自分で呆れながら、もっととせがんで舌を絡めれば、望んだだけ甘いキスが注がれる。
舌先を甘く噛まれ、敏感な口蓋を執拗に舐められて、とうとう息が続かなくなると、静雄はそれを察したのだろう。ゆっくりと唇が離れてゆく。が、それを惜しむ間もなく、臨也の身体はやわらかくベッドの上に押し倒されていた。
自分の息が上がっているのを意識しながら見上げると、あからさまな情欲を湛えた目で静雄は臨也を見下ろしており。
猛獣のような、と形容するには愛情深過ぎるその目つきに思わず微笑みながら、全部食べていいよ、と臨也は両腕を差し伸べ、静雄の背を緩く抱き締めた。
「ねえ、何考えてるの?」
「分かり切ったこと聞くんじゃねえよ」
間近にある目を見上げながら臨也が悪戯に問えば、静雄は、くっと喉だけで笑って臨也の首筋に顔を埋める。
唇でやわらかく臨也の耳殻をたどり、その下の薄い皮膚に唇を這わせながら、途中にある頸動脈の上で軽く歯を立てた。
「……っ、あ……、痛く、したらヤだよ……」
急所に痛みの一歩手前のじん…と痺れるような刺激を与えられて、思わず臨也は細くうめく。
といっても、これまでSEXで静雄に傷付けられたことは一度もない。それどころか、いつも宝物のように大切に扱われて、快楽にとろとろに溶かされている。
だから、今も恐怖を感じているわけではなく、牽制の言葉も、静雄がいつもより興奮しているのを感じ取って反射的に出てきただけのものだ。
静雄も、それを承知しているのだろう。俺がお前を傷つけたことがあるかよと怒り出すこともなく、臨也の耳元で低く笑った。
「しねえよ。お前は俺のもんだろ?」
「勿論そうだけど……」
「だったら、大事にするに決まってるだろうが」
そう言われたものの、静雄の低められた声はどこか不穏で、臨也を安心させない。
その直感が正しかったことは、続けられた言葉で即座に判明した。
「全身、隅から隅まで撫でて、舐めて、かじって、とろとろに熔かして、お前がもうやだ気が狂うって泣くまで大事に可愛がってやるよ」
「──っ…!」
獰猛な言葉を耳に直接吹き込まれて、ぞくりと臨也の背筋が震える。同時に、身体の奥がじわりと甘く濡れ始めるのを感じて、臨也は更に震えた。
「エ、ロすぎ……っ」
「三週間、お預け食らわされたんだぜ。男ならこんなもんだろ」
抗議しても、静雄は涼しい顔で臨也の唇をぺろりと舐める。
丸ごと骨まで食っちまいてえと言われているような気がして、臨也は困惑半分、喜び半分の思いで静雄を見上げた。
「自分で抜かなかったの?」
「何回かはな。でも、お前を抱くのとは比べ物になんねえっつーか、全然別物だろ。自分で抜いたって、一瞬すっきりしたような気がするだけだ」
「まあ……それは確かに」
臨也も、静雄とのSEXを知ってからは自分では殆ど弄らなくなった。今回のように何らかの理由で長期間触れ合うことが叶わず、欲を持て余した時だけ触れることもあるが、その後の物足りなさや虚しさが大きいため、最近では我慢してやり過ごすことの方が多い。
だがそれは、我慢していれば幾らもしないうちに必ず静雄と触れ合うことができると信じているからだと、今更ながらのように己の心理に気付いて、臨也は小さく眉をしかめた。
すると、静雄が目ざとくそれに気付いて、しかめられた眉間を親指の腹でそっと撫でる。
「何だよ。気に入らなかったか?」
「あ、ううん。違う。別のこと。全く関係ないことじゃないけど……」
「何だ?」
「だから、俺もシズちゃんも、具合悪くてできない時も、その期間をやり過ごせばまたシズちゃんは俺と、俺はシズちゃんとSEXできるって信じてるんだなーと思って」
「? それのどこが悪いんだよ」
指輪まで交換しておいて、と言いながら静雄は臨也の左手を取り上げ、薬指の関節に軽く歯を立て、それから指と指の間をちろちろと舌先で舐める。
神経の集まる手は全体が性感帯だ。小さな刺激にも臨也は体をかすかに震わせながら、静雄から目を逸らした。
「悪いわけじゃないけど……なんか君に依存してるみたいで」
「別にいいんじゃねえの? 俺もお前も、今はSEXする相手はお互いしかいないだろ。その相手とヤることを期待しなくてどうすんだよ。二十代でセックスレスなんて、俺はまっぴらだぜ」
「それはそうだけど……」
「いいから、もう黙れって。お前、ずっと喋りっぱなしだぞ」
好きなのだからSEXがしたくて当然、期待するのも当然だと、あっさりまとめて静雄は臨也がそれ以上、無駄口を叩けないように唇を唇で塞ぐ。
一際長く甘い、理性を根こそぎ蕩けさせるようなキスを終える頃には、臨也も何一つ反論する気は失せていた。
足りなくなった酸素を補給しようと臨也が呼吸を喘がせているのに、指の長い大きな手が胸元に触れてきて、びくりと身体がすくむ。
フランネルの生地は少しばかり厚いために、触られている感じはあっても感覚としては遠い。その曖昧さを静雄も理解しているのか、五本の指の指先で胸全体をゆっくりと優しくなぞってくる。
「……っ、ふ…」
そのもどかしさに臨也が小さく上半身をよじると、初めて指先が、かり…と小さな尖りのある場所を引っ掻いた。
「あ……っ」
初めての鋭い刺激に、びくりと反射的に身体が震える。そのまま繰り返し指先を往復させるように触れられて、臨也は目を閉じたまま、甘く疼くような感覚を受け止めた。
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