DAY DREAM -My Dearest- 02




「……え、あ……、っ、ここ! 外っ!!」
「うるせぇ! 手前が可愛いこと言い過ぎんのが悪い!」
「はあっ!?」
 思いがけないことを咎められて、臨也は素っ頓狂な声を上げる。
 時々、こういうことが起こるのだ。
 静雄のセンサーは、いつも臨也が想定するよりも少しレンジが広いらしく、臨也が敢えて中心を外してボールを投げているのに、全てストライク判定してしまう。
 ならば、それに合わせてこちらも修正すれば良いのだろうが、どうも上手くいかないのである。どこまで下限上限を下げたり上げたりしても、静雄のセンサーはきっちり拾ってしまうのだ。
 もしかしたら宇宙クラスのレンジがあるのではないかと、最近では疑い始めているのだが、そんな検討は少なくとも今は無意味だった。
「シズちゃん、離して……っ」
 住宅街ではないが、アパートやマンションは所々にある地域である。大声は出せず、声を低めて抗議すると、抱き締める腕の力が少しだけ緩む。
 ほっとして静雄の胸を押し、離れるが、繋いだ手だけはほどいて貰えなかった。
「シズちゃん……」
 初めて外で繋いだ手のぬくもりは、決して嫌ではない。むしろ嬉しいが、困るのも本当だった。
 二百メートルばかり、つい流されて手を繋いだまま歩いてしまったが、こんな場面を誰かに見咎められたら、情報屋としては命取りになる。
 静雄本人をエサに、どんな脅しや取引を持ちかけるかは大変に難しい話だが、彼にはトップアイドルの弟がいる。極普通の両親がいる。
 自分の落ち度が原因で彼らを理不尽な目に合わせるわけにはいかない、というのが臨也の情報屋としてのプライドだった。
「……誕生日プレゼント代わりに、この手を離してくれないかな」
「ああ? 何だそりゃ」
「嫌だって言ってるんじゃないよ。でも、やっぱり外では嫌だ。道に人は居なくても、周囲のアパートやマンションに住人は居るんだから。誰も見てないとは言い切れない」
「──仕方ねぇな」
 臨也の情報屋としてのこだわりを知っている静雄は、小さく溜息をついて手をほどく。離れてゆく温もりが、自分でも馬鹿馬鹿しいほどに寂しい。
 けれど、仕方がない。
 そう思った時、静雄がもう一度溜息をついた。
「自分で言っといて、そんな顔すんじゃねぇよ」
「そんな顔って……」
「そういう顔だ。オラ、とっとと帰るぞ」
 じゃり、とアスファルトを踏んで静雄は歩き出す。直ぐに臨也もその後を追った。
「シズちゃん」
「言っとくけど、手を離したのはプレゼントなんかじゃねぇからな」
 名前を呼ぶと、そんな風に言われて、臨也は首をかしげる。
 もともと手を離して欲しかっただけだから、これをプレゼントだと威張られても困るのだが、その辺りのニュアンスがどれほど静雄に伝わっているのかどうか。
「まあ、それはシズちゃんの好きに解釈してもらっていいけど……」
「おう。だから、帰ったら、これからお前を可愛がり倒す」
「は……あ?」
 何かとんでもない単語を聞いたような気がした。
 だが、静雄はしれっとしたまま言葉を続ける。
「ごちゃごちゃ言ってたけどよ、つまりは、俺がしてやりたいと思ったことをすればいい、ってことだろ。だから、お前を可愛がり倒す」
「……それってエロい意味有りで? 無しで?」
「有りに決まってんだろ」
「あ、そう」
 きっぱりと言い切られて、臨也は少しだけほっとする。
 SEX中なら、どれほど可愛がられても、まあ意識は半分飛んでいるから構わない。むしろ、普通に素面でいる時に可愛がられる方が困るのだ。度を越した甘さにどう反応していいのか分からず、固まりたくもないのに固まってしまうのが目に見えてしまう。
 そうなると静雄は喜ぶのだが、さすがにこればかりは決して低くはないプライドの問題もあり、シズちゃんが喜んでくれるのならいいとは臨也も言えなかった。
 情報屋の砂糖漬けなんて想像するだけでも不味そうだし、第一笑えない、と思いながら夜道を歩いていると、臨也、と静雄の声が呼ぶ。
「何?」
「今夜はそれでいいけどよ。俺にして欲しいことができたら、そん時は正直に言えよ」
「世界征服の手伝いとか?」
「じゃねーっての」
 臨也が以前と同じような言葉で混ぜっ返すと、静雄は苦笑する。そして、仕方のねぇ奴とばかりに臨也を見た。
「物騒なことは除外してだ、俺もお前が喜ぶんなら、何だっていいんだよ。一緒に暮らす準備してた時みたいに、楽しそうなお前を見てんのが俺も一番楽しいからよ」
「シズちゃん……」
 そういうことをを、往来で言わないで欲しい、と臨也は本気で思う。
 ここが二人の家の中であったなら、それこそ抱き付いてキスができるのに、屋外ではそれもままならない。
「じゃあ、さ」
「ん?」
「帰ったら、俺が喜ぶこと、いっぱいしてよ。それが今年のプレゼントでいいから」
 そう告げるのは、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 だが、精一杯に平静な顔を装って口にすれば、軽く目をみはった後、静雄は微笑む。
「おう。他人に迷惑かけねぇことなら何でもしてやるよ」
「……ありがと」
 小さく返して、そのまましばらく黙々と道を歩く。
 そして、もうすぐマンションのエントランスが見える頃合になって、また静雄が臨也の名前を呼んだ。
「なあ、臨也」
「何?」
「誕生日おめでとうは今朝、言ったからよ。もう一個、別のこと言っとくな。……俺のこと、好きになってくれて、ありがとな」
 その言葉に臨也は目をみはる。

「十年近く、お前のせいで最悪だったけどよ。今は、すげー毎日楽しいし嬉しいからよ。ありがとな」

 そんな風に優しい目で言われて、何と返せばいいのか。
 胸が詰まって言葉が出ない。
 好きになってくれてありがとう、だなんて、言いたいのは自分の方だ。
 世界一嫌われて、こんな自分の存在など、いずれ忘れ去られてしまうと思っていたのに、今はこんなにも愛されて、大切にされて。

 ──ねえ、シズちゃん。
 ──俺、プレゼントもらったよ。
 ──今のシズちゃんの言葉以上に、嬉しい言葉なんて、世界中どこ探したって有り得ない。有りっこないよ。

「──シズちゃん」
「ん?」
「早く、帰ろう?」
 そうして二人きりの部屋で、一秒でも早く抱き締めて、一秒でも長くキスをして欲しい。
 好きだと、ずっと傍に居ると言って欲しい。
 そう願いながら見上げれば、伝わったのか、ひどく優しい表情で静雄は、ああ、とうなずく。
「とっとと帰ろう。臨也。サクラも待ってるだろうしな」
 俺たちの家へ。
 街灯の光を受けて白い外壁をほんのりとやわらかく光らせたマンションを見上げ、後は言葉もなく、二人はただ互いの存在だけを感じながら歩いた。

End.

臨也おたおめ。
本日のSCCのスペースにお立ち寄り下さった全ての方々と、いつもサイトに来て下さる皆様に捧げます。

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