最終電車より二本早かったが、これ以上ぐずぐずしていても切なくなるばかりだと分かっていたから、新宿駅の西口で静雄は臨也を見つめた。
「じゃあな、また連絡する。今月中は休みは取れねえけど、また飯くらい食おうぜ」
「そうだね」
 先程の裏通りでの面影など微塵も無く、臨也はいつもの顔でうなずく。
 そして、片手を挙げて去りかけた静雄に、何かに気付いたように臨也が、あ、と声を上げた。
「そういえばさ、シズちゃん。俺、仕事でニ、三日中に池袋に行くんだけど、」

「来んな」

「──は?」
「来んなっつってんだ。手前が池袋に来ると、ロクなことがねえ」
 振り返り、容赦なく断言してやると、唖然としていた臨也の眦(まなじり)が見る見るうちに吊り上がる。
「──それってさあ、さっきの今で言う言葉? 何かおかしくない?」
「おかしかねぇよ。お前が俺に何か言ったりしたりするのは構わねえけど、お前が池袋で何かしやがるのを見逃してやる気はねえ。
 言っとくけど、その辺については俺は、お前のことは全然、全く、これっぽっちも、信用してねぇからな」
「はあ? 何それ。最低にも程があるんじゃない?」
「最低は手前だろ。池袋の街に騒動起こすのが趣味の癖しやがって」
「そんなの俺の趣味じゃないよ。俺の趣味は、人間観察。もっと高尚で知的なものだよ。第一、池袋で日常的に喧嘩沙汰起こしてるシズちゃんになんか言われたくないね!」
「その人間観察のために手前は毎度、えげつねぇ騒動を引き起こしてるんだろうが。
 とにかく池袋には来るんじゃねえ。見かけたら、潰しゃしねえが即、新宿に返品してやるからな」
「うっわ、本当に最悪。でもさ、シズちゃん。俺が大人しく君に捕まると思ったら大間違いだから。吠え面かくのは君の方だってこと、覚えといた方がいいよ」
「はん、やれるもんならやってみな」
「それはこっちの台詞だよ。じゃあね、シズちゃん。もう当分会わないから、電話とかしてこないでよね!」
 思い切りいけ好かない、小憎らしい調子でそう言い捨てて。
 臨也は身を翻し、あっという間に駆け去ってゆく。
 その後姿に溜息をついて、静雄もまた、改札口に向かった。
 ホームに上がり、程なく到着した列車に乗り込む。そして、ぼんやりと窓の外の夜景を眺めているうちに池袋に着いて。
 また改札口を抜けて、さすがに人通りの少ない構内をサンシャイン口に向かって歩いている途中、不意にポケットの中で携帯電話が鳴った。
 メール着信を知らせる電子音に、取り出して見れば。
「……俺には電話すんなっつっといて、手前からのメールはいいってか?」
 画面に浮かび上がった『折原臨也』の名前に舌打ちしながら、メールを開く。
 そこには一言。


『シズちゃんのバーカ。』


「ああ!?」
 条件反射的に、こめかみに青筋が浮く。が、寸でのところで携帯電話を握り潰しかけた手のひらの動きを抑え、あいつはこういう奴だ、と静雄は呪文のように心の中で唱えた。
 恐ろしく入り組んだ悪辣な罠とは別口に、まるで子供のような嫌がらせや悪戯を仕掛けてくるのは、昔からのことだ。
 こういうことはこれまでにも散々あっただろうと自分に言い聞かせ、そして少し落ち着いたところで、メール画面を綴じようとして、画面の右端にスクロールバーが出ていることに気付いた。
「──続きがあんのか……?」
 冒頭の一行の下には空白しかない。だが、スクロールバーがある以上は何かがあるのだろうと、方向ボタンを何度か押す。
 そして随分と画面をスクロールした、その一番下に。



『ありがと。』



 それは、あの意地っ張りの捻くれ者の精一杯の言葉。
 静雄は目を瞠ってそれを見つめ、噴き出すように相好を崩した。
 そして、少し考えてから返信を打つ。

『泣いてんじゃねーよ。バーカ。』

 すると、返信はわずか三十秒後だった。

『誰が泣くんだよ! 本ッ当に最低!! 死ね!!』

 携帯電話の向こうで、顔を真っ赤にして涙目で怒り狂っている臨也が見えるようなその短いメールを見て、今度こそ静雄は声を上げて笑う。
 そして、胸に溢れる愛おしさを感じながら携帯電話をポケットにしまい、アパートに帰るべく夜の池袋の街を歩き出した。

End.

というわけで、初デート編完結。
次作で、ひとまずのシリーズ完結です。
※オマケを追加しました。

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