君が見ていた夢の、色。
夢見る頃を過ぎても −第一章−
0.序章
「あなたの名前は?」
「………呂望」
何故、今更そんな名前を名乗ったのか。
そんな妄執が未だに自分の中に巣食っていたなどと。
……分かっていても、知りたくなかった────。
* *
未だ肌寒く感じられるこの季節、窓の向こうでは満開の桃の花枝が微風にわずかにそよいでいる。
するべきこともなく、ぼんやりとその様を眺めていた太公望は、背後で動いた気配にはっと振り返った。
広くもない部屋の奥に置かれた寝台の上で、横たわった人影がわずかに身じろぐのが目に映り、やや足早に太公望は歩み寄った。
寝台の脇に立ち、横たわる人の顔を覗き込めば、閉ざされた瞼が震えるように動いていて。
その様子に、程無く目覚めるだろうと、太公望は小さく安堵の息をついた。
そして、そのままじっと見守っていると。
「───ん…」
かすかな声とともに、ゆっくりと瞼が開く。
閉ざされていた瞳が現れ出るのに、太公望は胸の一番奥がしめつけられるように痛むのを覚えた。
そんなことも知らず、まばゆげにまばたきを繰り返してこちらを見たのは。
───言いあらわすことができないほど甘やかな色の、綺麗な瞳。
息が止まりそうになるのを小さく深呼吸することでこらえ、太公望はそっと口を開いて、目覚めた人の名を口にする。
「──楊ゼン?」
何度も何度も、数えきれぬほど呼んだことのある名前なのに、まるで初めて呼ぶような気がするのは何故なのか。
……しかし、彼は、状況が把握できぬと言いたげな、不思議そうな顔で太公望を見返す。
「あなたは……?」
「え…?」
ややかすれた低い声に、太公望は目を見開く。
驚きをあらわにしたその視線を、楊ゼンは訝しげに見返した。
その瞳が告げる。
───あなたは誰だ?
見知らぬ人間に向ける、感情のないまなざしに。
太公望は言うべき言葉を失った。
....To be continued
というわけで、再録作品『夢見る頃を過ぎても』のプロローグです。
結構、というよりかなり長い話ですが、頑張ってアップしていこうと思ってますので、気長に見てやって下さいませ。m(_ _)m
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