Only you 2
ゆっくりと楊ゼンは、煙草の煙を吐き出した。
普段は吸わないのだが、何故か太公望との行為の後だけは煙草が欲しくなる。
満足のいく一仕事をしたような気分になるからだろうか、と考えて、己の思考の最低さに自分自身で苦笑した。
「……ベッドに灰を落とすなよ」
と、不意に、隣りからかすれた声がかかる。
「あ、気付きましたか」
見れば、太公望が少し不機嫌な目つきで自分を見上げていた。
「久しぶりできつかったですか？」
「……違うわ、阿呆」
癖のないさらさらと零れ落ちる前髪を梳いてやりながら問いかけると、気怠げに太公望は溜息をつく。
「いつも思っておったんだが……おぬし、女相手にもこういう抱き方をしとるのか？」
「まさか！」
いかにも意外なことを問われたというように、楊ゼンは即答した。
「するわけないでしょう。僕が熱くなるのはあなたを相手にした時だけなんですから」
「………それも迷惑な話だな」
もう一度溜息をつく太公望に、楊ゼンは笑いながら彼の癖のない髪を梳き上げる。
「女性は好きですけどね。実際、抱いたら抱いたで気持ちいいですし。……でも、熱くはならないんですよね、何故か」
そして、あらわになった白い額に、軽いキスを落とした。
「あなただけなんです、我を忘れるくらいに熱くなるのは」
「………迷惑だ」
繰り返す言葉に、太公望は溜息交じりの視線を向け、諦めたように目を閉じる。
そんな彼の髪のさらさらとした感触を楽しみながら、楊ゼンは低く含み笑った。
間違いなく自分は女好きだと思うのだ。
初体験以来、夜を共にした相手は数えきれない。
生まれ持ったこの外見のおかげで寄って来る女性には不自由したこともないし、ある程度外見やセンスが好みの範疇であれば、処女と人妻を除いて誘いを断ったこともない。
女性特有のやわらかな肢体や甘い声も好きである。
けれど。
何故か、どんなに気持ちいいと思っても熱くはならない。
モデルや女優並の美貌の女性を相手にしても（実際にそういう職業の女性とベッドを共にしたこともある）、歌舞伎町の女帝になれそうな素晴らしいプロポーションとテクニックの持ち主を相手にしても、快楽に溺れたことはない。
そんな自分にとって唯一例外の相手が、小学生の頃からの付き合いである、この一つ年上の彼なのだ。
どうしてなのかと考えたことは何度もある。
確かに、男性にしておくのは惜しいくらい綺麗な躰をしているし、年齢よりも五歳ほど幼く見える顔立ちも、大きな深い色の瞳が印象的で、充分に美形の範疇に入る。
躰の相性も、間違いなくいい。
だが、個々を比較すれば、もっと綺麗な人間は幾らでもいるし、躰が合うと心底思える相手もいた。
だから、問題はおそらくそんな所には無いのだ。
とすれば、それは一体何なのか。
あとほんの少し考えれば分かるような気もするが、しかし敢えてその先を追求したいとも思わない。
何も考えずにすむのが、彼と過ごす時間の良さなのだから。
相手の機嫌を伺うことも反応を計算することもなく、含みだらけの嘘つきで際どい会話を本心から楽しみながら、本音で抱き合えるただ一人の相手。
理屈など要らない関係。
一番最初から、そしておそらく、これから先も。
自分がいて、彼がいる。
時折、ふと彼の肌が恋しくなってこの部屋を訪れる。
それだけの関係で、何故いけない？
こんなにも居心地がいいのに。
「迷惑だって言いますけど、でも、あなたも嫌じゃないでしょう？ 僕とたまにこうするのは……」
「───どうだかな」
そう答える人が、嫌なことは嫌だと、相手が誰であれきっぱり言う性格だと知っているから、楊ゼンは小さく笑う。
そして、これだけ特別な相手がいながら女性との交際を止めようという気にならないのは、もしかしたら、太公望と比較したいからではないのか、とふと考えた。
彼の声はもっと甘い。
彼の脚はもっと細くて綺麗。
彼の肌はもっとやわらかくて気持ちいい。
彼の反応はもっと控えめで、かえって男心をそそる。
彼の躰はもっと過敏で、楽しませてくれる。
そんなマナー違反は絶対に口に出したりはしないけれど、いつも彼ではない誰かを抱くたびに心の中で比べている。
そして、そのうちに彼に触れたくなって相手の女性とは別れ、この部屋に来るのだ。
考えれば考えるほど、どうも思いつきが正解のような気がして、楊ゼンは我ながら最低だなと苦笑する。
「──何を笑っとる」
「いえ、僕は相変わらず最低だなぁと、ちょっとしみじみして」
「………自分で言うな。この最低男」
「自覚があるのと無いのと、どっちがひどいでしょうね？」
「おぬし、自分以上のロクデナシに会ったことがあるのか？」
「うーん、どうだったかなぁ。でも、この顔を詐欺に利用したことはないですよ。後々怖いから、貢いでもらったこともないし」
「自慢になるか、阿呆」
「とりあえず病気と妊娠と処女と人妻には気をつけてますしねー」
「………本当に最悪だな、おぬしは」
笑いながら答える楊ゼンに、深く深く、太公望は溜息をつく。
───どうして自分はこんな男に身を任せるのか。
どちらかといえば、自分は快楽には淡白な方だと思う。
この外見のお陰で女からも男からも声は掛けられるが、大概は断ってしまう。
なのに、そんな自分が楊ゼンの誘いだけは拒んだことがない。
それが何故なのか、時々（正確には抱かれるたびに）考えてはいるのだが、未だに答えは見つからない。
あまりにも自然に始まってしまった関係だから、嫌悪を感じる暇さえなく、ここまで年月を重ねてきてしまったのだ。
だから、嫌いでないのは確かだと思うが、かといって好きかと正面きって聞かれると返答に困る。
以前も、楊ゼンが捨てた相手がどういうわけか、この部屋に怒鳴り込んできたことがあって、その時も恋人なのかと問い詰められて、ひどく困惑する羽目になった。
躰の関係を結んではいても、つきあっているつもりは毛頭ないし、正直なところ彼の女たらしぶりに嫉妬したことなどない。
だから、問われても返す言葉がないのである。
たとえば、今日の昼間のように女性といるところを見ても、ああまたやっている、と呆れた気分になるだけで、妬けはしない。
だからといって、必ず自分のところに帰ってくるのだから、と浮気性の夫を持った妻のようなことを考えているわけでもない。
本当に、これだけの関係なのだ。
───けれど、と太公望は、他人のベッドでくつろいで煙草を吸っている青年を見上げる。
彼が居なくなったらどうだろう。
一切の付き合いがなくなったら。
果たしてそれでも何も感じないだろうか？
自問して。
そういう事態はあまり考えたくないな、と太公望は思った。
そして、居心地はいいのだ、と心の中で呟く。
お互いの存在に何の責任もなくて、でもそれなりに気遣いはある曖昧な関係。
気紛れのように肌を重ねて、刹那の快楽を共にする。
余計な言葉など何も要らない、原始的なコミュニケーション。
分かり合っているようで、案外分かっていなくて。
静かな水面に半分浮かんでいるような、半分沈んでいるような、そのいい加減さが、ひどく心地好い。
彼と共にある時間は。
そしてそれは、きっと自分だけが感じているものではなくて。
「何考えてます？」
秀麗な顔に面白そうな表情を浮かべて、楊ゼンが問いかける。
癖のない艶やかな髪が、さらりと肩から流れ落ちてゆく。
「さあ？」
その動きを目で追いながら、太公望は手を伸ばして一房を捕らえる。
好きかどうかは知らない。
ましてや、愛しているかどうかなんて関係ない。
だけど多分、この男は人生のどこか深い一部分を共有している。
嫉妬も独占欲もないけれど。
自分の人生から彼が消えたら、きっと困る。
寂しくなる。
こういう関係をどういうのだろう？
「もう一回、するか？」
髪を指に絡めながら口にした言葉に、彼の瞳に悪戯な光が踊る。
「嬉しいですけど……どういう風の吹き回しです？」
「さあ？」
答える間にも、降りてきた彼の唇が、こちらの唇を軽くついばむ。
煙草の匂いと、彼がいつも使っているコロンのほのかな香りが鼻先をかすめて。
それだけで、そそられた。
「───やっぱり、あなたが一番いいな」
「勝手に言っておれ、最低男」
言葉を交わしながら、楊ゼンは腕を伸ばし、ベッドサイドに置いてある灰皿で煙草をもみ消す。
太公望は煙草を吸わない。
でも、いつでもそこに置いてある灰皿。
それが、決して口にはしない共犯の証。
抱き寄せて口接けて、不埒な想いを確認しあう。
「──あなたから誘ったんですからね？」
「ふぅん？」
とぼけた返事に浮かぶ笑みを見上げて、太公望は片腕を突いて上半身を起こす。
「高くつくぞ？」
「倍返ししますから安心して下さい」
その言葉に、太公望は楊ゼンの唇へ深く口接けた。
深いキスを交わして、それからゆっくりと唇の位置をずらし耳たぶを軽く噛んで、うなじへと口接けを繰り返しながら肩から胸へ下りてゆく。
間近に見れば、本当に顔も躰も綺麗で、女たちが一時と分かっていてもこの男を独占したがるのは無理もないな、と思った。
そして、こうして彼の肌に触れ、不埒な情を覚える自分もどうかしているのだろう、と。
けれど、それはお互い様だから。
今更、気にはしない。
ふと唇を離して顔を上げれば、余裕たっぷりの甘い微笑を浮かべた瞳と目が合って。
何としてでも、その余裕を崩してやりたくなる。
再び顔を伏せて引き締まった脇腹に口接け、更に下へと唇を下ろしていけば、さすがに、無駄のない筋肉がかすかに震えた。
「……久しぶりですよね、あなたがこうしてくれるのって」
「そうか？」
過ぎてしまえば行為のことなど思い出さないから、前がいつだったのかなんて覚えていない。
だが、言われてみれば確かにそういう気もする。
滅多にしかしてやらないのは、別に嫌がっているからではなくて出し惜しみしているだけなのだけど。
ゆるく反応しかけている中心にそっと唇を落として、その熱を測る。
軽い口接けを繰返し、少しずつ煽ってゆく。
決して急がない。
簡単には、与えてやらない。
多分、自分たちは似ているのだろう。
どこがどうというわけではないのだけれど、もしかしたら本質が。
だから居心地がいいし、時々互いが欲しくなる。
確かめたく、なる。
深く口に含んで、舌と唇で愛撫する太公望の細い線を描く背中を、楊ゼンの指が悪戯に彷徨う。
「いいですよ、すごく……」
やわらかな舌が絡みつき、表面をたどってゆくのも、唇が甘く締めつけてくるのも、たまらなく熱を煽る。
裏の方までを細い指で探られて、思わず背筋にかすかな震えが走った。
「──久しぶりだから、このままでもいいですか……？」
低い問いかけに返事はなかったが、舌先でちろちろと先端をくすぐるように刺激されるのを了承だと楊ゼンは受け止める。
歯先でやわらかくくびれを擦られ、根元までを熱い口腔全体で締めつけられて、腰の奥でわだかまっていた熱が不意に出口を求めて込み上げる。
その瞬間、きつめに吸い上げられて。
「───っ…！」
熱が爆ぜた。
注ぎ込まれたそのすべてを受け止め、一つ息をついて。
口元を指先でぬぐってから、ゆっくりと太公望は顔を上げる。
かすかに息を弾ませ、目元が薄赤く染まった甘いその表情を、楊ゼンは微笑して見つめた。
「良かったですよ、ものすごく」
「毎度同じことしか言わぬ奴だのう」
手を伸ばして頬に触れると、そんな憎まれ口が返る。
「一度くらい良くなかったと言ってみよ。もう二度としてやらぬから」
「そんなの言うわけないでしょう。不満なんか言ったら罰が当たりますよ」
言いながら、二人は唇を重ねた。軽く表面を触れ合わせてから、互いの背に腕を回して深く口接ける。
やはり、そこには理屈など何もなくて。
ただ、この瞬間に互いを求め合っていることだけを感じ取る。
「………倍返し、約束しましたからね」
「期待なぞしとらんから、あんまり頑張るな」
「何をおっしゃる。明日は休日ですよ。今夜は思い切り楽しみましょう？」
不埒な言葉への返事は、やはり噛み付くようなキスだった。
不思議だな、と思う。
毎回、同じことを繰り返しているだけなのに、何故か飽きることがない。
やわらかな肌は何度触れてもさらさらと心地好く、抑えた甘く響く声にも、否応なしにそそられる。
「太公望……」
滅多に呼ばない名を口にすると、彼はうっすらと閉ざしていた瞼を開いた。
熱に潤んだ深い色の瞳が、秘密めいた色彩を帯びて揺れている様を見てしまって、思わず背筋をぞくりとしたものが駆け上る。
───本当に、現実とは思えないくらいに熱くなる。
普段の自分はどこへ行ってしまったのか、女性を相手にしている時のいつもの冷静さはもう欠片さえも残っていない。
まるで、本能だけの獣になってしまった気さえして。
「───もう、いいですか？ ちょっと……これ以上、我慢できそうにないんです」
低く耳元にささやきかければ、太公望も濡れたまなざしでうなずいた。
その切なげな甘い表情に、彼もまた自分を求めていることを感じて、更に熱が上昇してゆく。
童貞を捨てたばかりのガキじゃあるまいし、性急になるまいと思っても、つい躰が逸ってしまう。
嬲っていた熱くやわらかな内部から指を抜き、猛った自身を押し当てれば、太公望は乱れた呼吸を何とか落ち着かせようとするように、ゆっくりと躰の力を抜いた。
そんな仕草にも。
───ふと、いじらしさを感じてそそられたりする。
そんな自分が可笑しくて、楽しい。
「───っ…ぁ……」
とろけきった太公望の躰は、侵入者を拒みながらも奥へと深く誘う。
華奢な躰に必要以上の負担をかけないよう、ゆっくりと己を沈めてゆけば、そのきつさに目の眩むような快楽が押し寄せてきた。
「──美味しいですか？ 僕の……」
「…な…にを……っ」
「だって、あなたのここ、もっと食べさせて欲しいって言ってますよ。……ほら」
「──あっ、や…っ…！」
繋がり合った処をごくゆるく揺すってやると、太公望は細い嬌声を上げる。
「ね…？」
「だ…ぁほ……っ！！」
潤んだ瞳で睨まれても、迫力などありはしない。
含み笑いながらも、それ以上動くことはせずに彼が落ち着くのを待った。
ほどなく乱れていた呼吸がわずかに落ち着き、受け入れている箇所のおののきが誘いに変わるのを感じて。
了解を問う代わりに胸元に唇を這わせ、色付いた小さな尖りに軽く歯を立てれば、小さく声を上げて太公望は背筋をのけぞらせた。
「もう、いいみたいですね」
きつく締めつけられる感触にぞくぞくするほど煽られながら見下ろせば、薄く涙のにじんだ瞳が、やはり恨めしそうに睨み上げている。
普段強気な年上の人の、そんな表情も可愛いと思えて。
細く喘いでいる唇にキスを落とせば、甘い吐息が応えた。
「──本当に……」
「………え…？」
「こういうの、なんて言うんでしょうね」
笑みを含んで甘くささやきかければ、太公望は問うように濡れた瞳で見上げてくる。
「あなたにだけ、こんな風に熱くなるなんて……」
深い色に揺れる瞳は、それでも底にいつもの彼の強さや聡明さを秘めていて。
思わず時が経つのを忘れて見惚れてしまいそうなほど、魅きつけられる。
「こういうのを愛してるって言うんですかね？」
「知…るか……」
予想通りに、不機嫌なまなざしと声が返ってくる。
「──ぁ…っ！」
それに笑って、不意打ちで動けば、途端に太公望は細い首を反らし、切なげに眉をひそめた。
ゆっくりと奥まで突き上げると、やわらかな内壁が喜悦するようにおののいて絡みつく。
「あなただって、僕が相手の時だけでしょう？ こんな風に乱れるのは」
「…ぁ…馬、鹿……っ」
「ね…？」
「───っ…あ……」
ゆるゆると動かれて、耐えがたいほどの熱が込み上げる。
鈍い動きがひどく焦れったくて、けれどそれさえも気持ちいい。
その先にあるものを知っているから、込み上げる切なさに震え、解放を求めながらも、もっと深みへ導いて欲しいと相反したことを願う。
それは、より高い断崖を目指して登っていく様にも似ていて。
いつ墜ちるか分からない、ぎりぎりの感覚に酔い、溺れずにはいられない。
「よう…ぜ…ん……っ」
快楽を共にする相手の名を呼べば、応えるように鎖骨を甘噛みされ、指先で胸元を弄られる。
そこから生まれる甘い痺れが、そのまま繋がり合った箇所へ純粋な熱として伝わってゆく。
執拗に舌と歯と指と爪で弄られて。
深くなる一方の切ない疼きがたまらなくて、けれど止めて欲しくなくて、その矛盾した感覚にどこまでも躰が溶けてゆく。
「───欲しい、ですか？」
耳朶を甘噛みし、ねっとりと舌で嬲りながらの甘く低い声に、薄く目を開けて。
「…ま…だ……」
かすれた声で答えれば、彼が笑うのがにじんだ視界に映った。
「ホント、こういう時のあなたって、普段からは想像も出来ないくらい……淫乱、ですよね」
「───…」
違うと言いかけて、でも結局はそういうことになるのかも、と釈然としない思いで見上げれば、甘く笑んだ楊ゼンが唇を重ねてくる。
熱く濡れた舌にまさぐられ、舌や唇を甘噛みされ、そしてまた自分も同じように応えるのが理屈抜きに気持ちよくて。
「──すごく、好きですよ。そういうあなた」
普段なら、うるさい迷惑だと言い返すその言葉にも、
「……わし…も、こういう時の…おぬしは……好き、だよ」
そう、返す。
すると、楊ゼンは更に瞳を甘く笑ませた。
「知ってますよ」
そして、また降ってきた口接けに。
目を、閉じる。
愛しているかどうかなんて知らない。
けれど、同じものを求めていることは知っているから。
抱きしめて、口接けて、誘う。
何も考えずに。
何も考えられないように。
どこまでも溺れて。
「──ぁ…、もう……っ！」
胸元の感じすぎる箇所への絶え間ない、執拗な愛撫に太公望が濡れた悲鳴を上げる。
けれど、
「……さっき、まだって言ったのはあなたでしょう？」
楊ゼンは含み笑い、紅く染まった小さな尖りに歯を立てる。
途端に、太公望は大きく背筋をのけぞらせた。
「だっ…て、もう……ぁっ…」
あれからどれほどの時間が過ぎたのかと抗議する言葉も、嬌声に遮られて届かない。
焦れきった内部のきつい締めつけを愉しみながら、楊ゼンは張り詰めて震えているやわらかな肌に口接け、指先を這わせる。
嫌々するように首を振る太公望の唇から甘いすすり泣きが零れ、切なげに閉ざされた瞳から涙がにじんで伝い落ちてゆく。
「──ぁ…ん……っ」
声を出すまいとしながらも、抑えきれずにあふれる嬌声が楊ゼンの耳に甘く響く。
すんなりとした細い脚は楊ゼンの腕に抱え込まれ、抑えられているから、自分から動くこともできずに、太公望は与えられる快楽に全身を震わせる。
「こんなにひくつかせて……どうしたんです？」
「…や…っ……あぁ……っ！」
深く繋がり合った箇所を指先でなぞられて、細い悲鳴が上がった。
「ぁ……楊ゼン…っ、動け…っ…！」
耐え切れずに太公望は泣き濡れた声で叫ぶ。
だが、楊ゼンは口接けたうなじに甘く歯を立てる。
「……僕はもう少し、我慢できるんですけど」
「馬…鹿……っ」
脇腹にするりと手のひらを滑らされて、堅く閉じたまなじりから涙が零れ落ちてゆく。
「も…ぅ……早く…っ…」
すすり泣くような甘いその声に、
「──仕方ありませんね」
楊ゼンは含み笑い、震えながら喘ぐ唇に口接けた。
愛しているかどうかは知らない。
嫉妬も独占欲も感じない。
けれど。
この刹那の快楽は。
確かに、二人のもの。
「────あぁ…っ！！」
熱く溶けた内部を最奥まで突き上げてやれば、途端に太公望は大きく全身をのけぞらせて声にならない悲鳴を上げた。
すんなりと伸びた細い脚が、快楽に震えて。
更なる深みへと楊ゼンを誘う。
それを焦らすように動きを浅くすれば、嫌々をするように首を振って、太公望は楊ゼンの肩に手を伸ばし、すがりつく。
「や…ぁ……もう…っ」
哀願する声は、完全に甘いすすり泣きと化していて。
そのまま煽り、煽られて、二人は果てがないとも思えるような深い快楽に溺れた。
ＴＶの古い映画がエンディングを迎えたところで、楊ゼンはソファーは立ち上がった。
「──帰るのか」
「ええ。明日は朝一から講義がありますし」
「ふぅん」
「また、そのうち来ますから」
「……今度はもう少し、間隔を空けるようにせい」
「それは次に付き合う女性次第ですね」
太公望の言葉に笑って、楊ゼンはソファーの背に手をかけ、上体を屈める。
まるで、つい今まで見ていた映画のようなキスをして、二人は一瞬、互いの瞳を覗き込んだ。
「──それじゃ、また」
甘く微笑んで、楊ゼンは部屋を出て行く。
その後ろ姿をソファーに座ったまま、太公望は見送った。
かたん、と玄関のドアが閉まる音を聞いて、目を閉じる。
「……どうせ、またすぐ来るのだろうな、あやつは」
今月が少なかった分、来月は下手したら三日おきに来るぞ、と溜息まじりに呟いて。
降り続く春の雨の音を子守唄代わりに、太公望は静かな眠りへと引き込まれていった。
end.
というわけで、アダルトちっくでドライな楊×太です。
この二人が現代にいれば、案外こんな風ではないかな、という妄想の産物ですが、書いててすごく楽しかったです＾＾ 意図したわけではないのですが、『雪』の二人とは対照的な二人ですね。
この二人は恋人になるのが怖いとかじゃなくて、本当にその必要を感じてないんですよ。今のままで充分なんです。このまま結婚も同棲もせず、楊ゼンの女遊びも止めないまま、当然告白もなしでずるずると続いていくのかな、と。
大人の恋愛って、狡くていい加減で曖昧で嘘つきで、でもそこに本当が見え隠れするのが美味しいvv 子供の恋愛より大人の恋愛の方が好きです＾＾
こういうセックスフレンド以上恋人未満の関係って、下手に恋人同士になるよりも色っぽいと思うんですけど・・・やっぱり不純ですか？
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