太公望の執務室は、こんな時間でも楊ゼンが夕刻に報告のため訪れた時と同じく、全ての燭台に火が灯されたままで、彼がまだ当分眠るつもりがなかったのは一目瞭然だった。
「師叔」
 名前を呼ぶと、奥へ進もうとしていた太公望は振り返る。その目を見つめて楊ゼンは尋ねた。
「きちんと眠っていらっしゃいますか?」
 単刀直入に問われて太公望は瞳を揺らし、ふっと視線を落とした。
「寝ておるよ。……夢も見ないわけではないが、あの夢は見ておらぬし、心配しなくとも良い」
 そう答えて太公望は、ゆっくりと西側の窓際へ歩み寄る。
 そして窓枠に背中を預けるようにして、楊ゼンの方を向いた。だが、まなざしは伏せられたままで、楊ゼンを見ようとはしない。
「──お話というのは、何ですか?」
 穏やかな声で、静かに楊ゼンは問いかけた。
 別に話を急ぐ気はなかったが、誘い水を向けてやらなければ、太公望は言葉を切り出せないような感じがしたのだ。
 改めてきちんと向き合ってみると、彼は思った以上に沈んでいて、本当なら口に出したくないことを必死に話そうと、決意を固めているように見える。
 一体、何を思い悩んでいるのか、ゆっくり時間をかけて聞いてあげたい、と楊ゼンは思った。
 促されて、
「……きちんと言っておかねばならぬと思ってな」
 太公望は低い小さな声で、楊ゼンを見ないまま言葉を紡ぐ。
「わしは……ああいうことがあっても、おぬしを嫌ってはおらぬよ。だが……」
 少しだけ、太公望は言い淀(よど)んだ。が、すぐに続ける。
「……正直な話、どうすればいいのか分からぬのだ」
「  それは、僕に対して…ですか?」
「…………」
 そっと尋ねると、太公望は唇を噛みしめるように黙り込んだ。その様子を楊ゼンはしばらく見つめる。
 しかし、太公望は、なかなか言葉を続けようとはしない。
「……師叔、あなたが考えていることを、そのままおっしゃって下さればいいんですよ。それで、もしおっしゃることが間違っていないと思えば、それでいいと言いますし、何かおかしいと思えば違うと言います。ですから、何をおっしゃっても大丈夫ですよ」
 優しい口調で、楊ゼンは言った。
 今夜の太公望は、あの夜ほどではないにしても、随分不安定になっているように見える。
 だが、彼の方から話があると言った以上、彼の話したいことは既に定まっているはずだから、後は、それを口に出せるように促してやればいい。
 太公望がどんな言葉を言おうと、楊ゼンは受け止めるつもりだった。
「………以前、」
 楊ゼンの言葉に決意が定まったのか、太公望は小さく言葉を紡ぐ。
 相変わらず、まなざしは伏せたままで楊ゼンを見ようとはしなかった。
「普賢に恋愛音痴と言われたことがあるのだが……、確かに、わしにはよく分からぬのだ。単に好き嫌いで言うのなら、わしはおぬしが嫌いではない。だが、それはおぬしの言う『好き』という感情とは違うであろう……?」
 いつもはよく通る声が、どこか頼りなげに消えてゆく。
「──おぬしは、わしが頼めばどんな危険な任務でも果たしてくれる。時には、頼む前から先取りしてやってくれる。おぬしが居ってくれたお陰で、わしは何度助けられたか分からぬ」
「僕を……、信頼して下さっているんですか?」
「──信頼しておるよ」
 静かに尋ねられて、太公望はうなずいた。兎の耳のような白布が、頭の動きに合わせて揺れる。
「おぬしは本当に良くやってくれておる。それだけではなくて  、個人としてのわしのことも気遣ってくれて……。おぬしが居ると居らぬとでは……、安心感が……全然違う」
 そこまで言って、太公望は言葉を途切れさせた。
 楊ゼンは無言で続きを待った。
 太公望が信頼しているとはっきり言ってくれたことは、確かに嬉しい。だが、それを告げる彼の辛そうな沈んだ様子が、楊ゼンを気遣わしい気分にさせる。
 何となく、太公望が何を思い悩んでいるのか、楊ゼンには分かり始めていた。
 やがて、再び太公望は重い口を開く。
「わしは……本当に、おぬしを信頼しておるよ。おぬしが色々と気遣ってくれるのも、ありがたいと思う。でも……」
「でも……?」
「──それでは、おぬしは……わしを想って尽くしてくれているのに、わしはおぬしの想いに付け込んで、甘えておるのと同じであろう……?」
 その言葉に、楊ゼンはやはり、と思った。
 太公望のことだから、おそらく、こちらに想われるのが迷惑だというのではなく、応えられない自分の方を責めるだろうと予想していれば、案の定である。
 この人の底なしの優しさ  というより、他人を傷つけることを極端に恐れ、必要以上に自分に厳しい性格は何とかならないものだろうか。
「太公望師叔……。あなたはどうして、そう生真面目に考えてしまわれるんでしょうね」
 仕方のない人だな…という優しい想いをのぞかせた言葉に、太公望は反応して顔を上げる。
 ようやくこちらを見てくれた、灯火を映した大きな瞳を見つめながら楊ゼンは言った。
「僕は、いくらでもあなたに付け込んでほしいと思ってますよ。一人で何もかも背負おうとしているあなたの手助けができるのなら、どれだけこの想いを利用されても構いません」
「──楊ゼン……」
 思いがけない楊ゼンの言葉に、太公望は目をみはる。
「あなたはギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの人ですから、そういうのは居心地が悪くてお嫌なんでしょうが、僕は言ったはずですよ。あなたの辛さを半分下さいと……」
「──!」
 その言葉をいつ、どんな状況で言われたのか太公望は覚えているらしく、ぱっと頬が薄紅に染まった。
 そんな彼を見て、楊ゼンは真剣な色を浮かべていた瞳を微笑ませる。そして、言った。
「師叔は僕を信頼して下さっていて、嫌ってもいらっしゃらないんでしょう? それで僕は充分なんですよ。いくら利用されても、僕は喜びこそすれ傷ついたりはしません」
「───…」
 楊ゼンの言葉に、太公望は戸惑いを超えて、途方に暮れたような瞳になる。
 それは、どこか泣きたいような表情にも見えた。
「おぬしは……わしを好きだと……、わしに好かれたいと言っておったではないか。なのに……」
「いいんですよ。あなたが好きだから、あなたの役に立ちたいんです。それは、たとえあなたが僕を嫌っていても変わりません」
 きっぱりと言い切った楊ゼンを、太公望は声もなく見上げる。
 炎を映して揺れる大きな瞳を見つめ、楊ゼンは微笑した。
「今すぐ理解しようと思わなくてもいいんですよ。僕が勝手に好きだと言ってるだけなんですから。僕がそう思っていることだけ、知っておいて下さればいいんです」
 ひたすらに自分を見上げてくる無防備な表情が、ひどく愛しい。
「あと何か、僕におっしゃりたいことやお聞きになりたいことはありますか?」
 静かに尋ねると、
「………」
 太公望は静かに首を横に振った。それを見て、楊ゼンはゆっくりと口を開く。
「──それでは太公望師叔、実は僕もあなたにお聞きしたかったことがあるのですが……。答えていただけますか?」
 懸命に紡がれた嘘のない言葉を聞いて、彼が今、どんな風に自分たちの関係を捉えているのかは充分に理解できた。
 だが、あと一つだけ、どうしても確認しておきたいことがある。
 それは、あの夜以来ずっと、もしかしたら、と思っていたこと。
 そして、今夜の彼の言葉で、ほぼ確信を得たこと。
 だから、本当は、もう確認するまでもないことなのかもしれない。
 でも今、はっきりと確かめておきたい。
 そう思いながら、楊ゼンは太公望の反応を見つめる。
「………言ってみよ」
 やや間をおいてから、楊ゼンが何を尋ねようとしているのか皆目分からないと言いたげな、困ったような表情で太公望は促した。
 許しを得て、楊ゼンは静かな声で言葉を紡ぎ出す。
「あなたは先程、僕のことを嫌っていないとおっしゃっていましたが……、それは僕が、あなたのために尽くしているからですか?」
「何……?」
「周にとって、封神計画にとって有益な存在だから、あんなことをした僕を許そうと思われたんですか?」
 それは思いもよらない問いだったのか、太公望は戸惑った顔になった。
 その様子を見つめながら、ゆっくりと楊ゼンは歩み寄る。
 大きく一歩を踏み出せば手が届くような距離に立った彼を、太公望は大きな瞳で見上げた。
 だが、さほどの時間を要せずに、当惑した色を浮かべていた瞳が、ゆっくりと澄んだ強い光を帯びる。
 その変化を、楊ゼンは間近で見つめた。
「師叔?」
「──違う」
 太公望は、初めて出会った時と同じ色の瞳で真っ直ぐに見返し、楊ゼンの問いかけを否定する。
「そんな損得勘定のようなことは考えておらぬ」
「本当に?」
「……おぬしに応えてやれぬことは心苦しいと思ったが、おぬしを嫌っておらぬということは、それとは別問題だ」
 大きな声ではなかったが、はっきりと太公望は答えを返した。
 それを聞いて、楊ゼンはかすかに微笑む。
 そして、ゆっくりと一歩を踏み出し、右手を上げて太公望のやわらかな頬にそっと沿わせるように触れた。
 太公望はその手から逃げはしなかったが、多少驚いたのか、少しだけ目をみはり、改めて楊ゼンを見上げる。
「お嫌ではありませんか?」
 そっと問いかけても、応とも否とも答えない。
 その大きな瞳は無防備で、戸惑ったようなどこか曖昧な色をしていた。
 何かを問いかけたいと思うのだが、それは楊ゼンに対してなのか、自分に対してなのか、それさえも分からないと言いたげな───。
 しかし、嫌悪の色だけはどこにも見えない。
 そんな太公望を見つめて、楊ゼンは身をかがめ、額にそっと口接ける。
 それも、太公望は避けようとはしなかった。
「……あなたが抵抗しないのは、そうしたら僕を傷つけると思うからですか? それとも、あなたを慕う相手への憐憫ですか?」
 大きな瞳を覗き込むように尋ねると。
 太公望はかすかな当惑を澄んだ瞳に浮かべながら、小さく唇を動かす。
「違う……」
「嫌ではないから?」
「────」
 少しためらってから、ほんのわずかに太公望はうなずいた。
 それを見て楊ゼンは一瞬目を伏せ、そしてゆっくりと細い身体に腕を回す。
「──では、このまま僕があなたを欲しいと言ったら、あなたは受け入れてくれますか……?」
 低くささやいた声に、楊ゼンの腕の中で太公望は小さく身体を震わせた。
 そして、かすれかけたひそやかな声が、楊ゼンの耳に届く。
「──わしは……おぬしを嫌ってはおらぬが……、好き…だとは、言ってやれぬぞ……?」
 困惑した、どこか切なげな響きの声で、太公望は言った。
「それで……おぬしは、いいのか?」
「構いません」
 静かに楊ゼンは告げる。
 華奢な身体を抱きしめる腕に、一瞬力が込もる。
「僕にとって大切なのは、あなたがプライベートでも僕を受け入れて下さるかどうかだけですから。今は言葉は要りません」
 そう言って楊ゼンは少しだけ腕を緩め、太公望を見つめた。
 大きな瞳が、ためらうように揺れている。
 その瞳に自分が映っているのを見つめながら、楊ゼンはゆっくりと静かに言葉を紡いだ。
「僕を、あなたの一番近くに居させて下さい。そして、僕といる時だけはポーカーフェースなどしないで、ありのままをぶつけて下さい。八つ当たりでも甘えでも、いくらでも言ってほしいんです。あなたのために、僕を利用するだけ利用して下さればいい。
 これは取引きではありません。あなたが欲しい、あなたの傍に居たい、あなたの役に立ちたい、すべて僕の我儘です。あなたは受け入れてくれますか?」
「………割に合わぬと、思わんのか?」
 ぶつけられる想いの波の強さに、太公望は戸惑いの表情で楊ゼンを見上げた。
「思いませんよ。これが僕の望みです」
 真摯だが、甘やかな瞳で楊ゼンは答える。
 至近距離でそのまなざしを受け止め、太公望は瞳を揺らした。
 そして、その深く澄んだ大きな瞳に、本当にそれでいいのか…という問いかけと、間違いなく本気で言っているのだ…という理解とが入り混じり、やがて、ひどく切なげな──どことなく四日前の夜と似た、だが確かに異なる感情の色へと変わる。
 そのほのかに甘く切ない色を見つめて、楊ゼンは右手を上げて再び太公望の頬に触れた。
「受け入れてくれますか、師叔……」
 そうささやきかけて、そっと顔を寄せる。
 すると太公望は、ためらいながらも目を閉じた。
 やわらかな唇に極軽く口接けて離れ、楊ゼンは目を閉じたままの太公望を見つめる。そしてもう一度、今度は深く口接けた。
 ゆっくりと舌を絡めて甘い口腔を探ると、抱きしめている太公望の背中が小さく震える。そのうち、不意に腕にかかる太公望の重さが増した。
 そっと唇を離すと、力なく躰を預けてきて、乱れた呼吸に肩を震わせる。
 その様子に微笑して、楊ゼンは強く太公望を抱きしめた。




 目を閉じて、太公望は楊ゼンの口接けを受け止める。
 優しい優しい温もりが頬に触れ、唇に触れ、ゆっくりと首筋に降りてゆく。
 その感覚は甘やかで、どこか安心するものなのに、その一方で躰の奥に切なさがかすかに灯(とも)り始めて、そのことに緊張をも太公望は覚え始めていた。
 四日前の記憶は途切れ途切れで曖昧だったけれど、それでも耐えがたいほどの熱は、まだ躰が覚えている。
「………っ…」
 胸元にそっと滑ってきた指の感覚に、小さく息を飲んだ。
 だが、楊ゼンは急がずに、ただ優しい感覚のみを注いでくる。
「お嫌なら止めますよ」
 時々指を止めて、そんな風に何度も尋ねながら。
 その優しさが耐えがたい、と太公望は思った。
 いっそのこと、乱暴にされた方が何も考えなくてすむのではないかと、そんなことさえ思う。
 なのに、楊ゼンは何かとても大切なものに触れるかのように、口接けて指を伸ばしてくるのだ。
 その感覚がひどく切なくて、太公望は薄く目を開ける。
「師叔……」
 目ざとくそれに気付いた楊ゼンは、甘やかに微笑して唇を重ねてきた。軽くついばむような口接けを繰り返してから、深くキスをする。
 舌を絡めとられてなすがままになっているうちに、心地好いような、思わず相手を突き放したくなるような感覚が込み上げてきて、うっすらと思考に霞がかかってゆく。
 上手く息が継げなくなって、どうしようもなくなる一歩手前でようやく解放され、喘ぎながら太公望は潤んだ瞳で楊ゼンを見上げた。
 甘やかな色合いの綺麗な瞳が優しく見つめている。その瞳に、太公望は見覚えがあった。
 メンチ城を開城した日の夕刻、楊ゼンはこんな瞳で自分を見つめて、好きだと言ったのだ。
 あの時と同じ瞳を見上げながら、どうして、彼はこんな瞳で自分を見るのだろうと思う。
 ───わしは、そんな瞳で見られるほど綺麗な存在ではない。
 そう言いたかった。
 だが、そんな事はないと彼が反論してくるのは分かっていたから、これ以上、優しい言葉を聞きたくなくて口には出さない。
 優しくされると、甘えたくなる。
 楊ゼンは、辛さを半分分けてくれといったが、そんなことができるはずもない。こんな痛みを抱えるのは、自分一人で充分だ。
 自分の罪は、自分で背負わなければならない。
 楊ゼンは楊ゼンで、辛い運命を背負っているのだから、その上、この痛みを預けることなど論外だった。
 そんなことをぼんやり思っていると、何かを感じ取ったのか、楊ゼンはふっと気遣うような瞳になって、長い指でそっと前髪をかき上げるように梳いてくれる。
 その感覚に目を閉じると、瞼に優しいキスが降りてきた。
 そして、そのまま再びキスは下に降りてゆく。
 温かな唇と指先の感覚を、目を閉じたまま受け止めながら、何故、自分は拒絶しないのだろうと、太公望はまたぼんやり考える。
 誰かと肌を合わせたのは、四日前の楊ゼンが初めてだった。
 初めて知った感覚は耐えがたい熱で、苦痛と、それを凌駕する感覚が思考を灼き尽くしていった。
 記憶はやや朧気だが、こうして触れられていると、思い出したくなくても感覚が熱を伴って蘇ってくる。
 理性も思考も奪われて、指一本、自分の意志で動かすことさえできなくなるほどの熱さ───。
 それははっきり言って、好ましい感覚ではない。
 理性を失い、自我がコントロールを離れてしまうのは嫌だった。
 なのに今、抵抗もせずに、再びそれを受け入れようとしている。
 何故か。
 ───結局、声に出して言うほど嫌ではない…のだ。
 自分でも、もっと嫌悪を感じてもいいはずだと思うのに、不思議なほど楊ゼンに対する嫌悪感は湧(わ)いてこない。触れられた感覚に震えても、それは嫌悪感とは違うものだった。
 それが何故なのか、自分のことなのに理由が分からない。
 彼の真剣な想いに応えられない負い目が、抵抗する気を失わせるのかとも考えてはみた。
 だが、自分を見つめる瞳や、抱きしめられた時に感じる哀しいような、どこか泣きたいような切なさは、何かそういうものとは違うような気がするのだ。
 取引きでもなく憐れみでもなく……。ただ、その切なさが、楊ゼンを──耐えがたい熱を自分に受け入れさせる。
 何一つ、抗うことを許さない。
「───っ…」
 ぼんやりと考え事をしているうちに、楊ゼンの指は、これまで知識では知っていても、その快楽目的で触れたことはなかった場所にたどり着いていた。
「……ん…っ…」
 あの夜、初めて教えられたものと同じ、爪先まで甘く痺れるような感覚に、思わず太公望は右手の人差し指をきつく噛みしめる。
 だが、それもわずかな間だけのことだった。
「……駄目だと、この前も言ったでしょう?」
 甘い声が耳元にささやかれ、右手がそっと温かな手に包み込まれる。
 その感覚に目を開けた隙に、力の緩んだ歯から噛みしめていた指を奪われた。
「こんなに跡が付いて……。痛いでしょう?」
 指を噛む羽目になった元凶に、まるで聞き分けのない子供に対するように言われ、太公望はむっとして潤んだ瞳で楊ゼンを睨みつける。
「───!?」
 そして、まだ自分の右手を軽く握ったままだった楊ゼンの左手の人差し指に噛みついた。
「………痛いですよ?」
 予想外の反撃に、何ともいえない困惑した表情で自分を見つめた楊ゼンに、少しだけ満足して、太公望はそっと指を離す。
 案の定、楊ゼンの指にはくっきりと太公望の歯型が付いていた。
 その自分の指を見つめ、太公望の大きな瞳を見つめて、楊ゼンはやや呆れたような顔をする。
「まったく……。あなたという人は、変なところで子供っぽいんですから……」
 溜息をつくような楊ゼンの言葉に、再び太公望はむっとして、もう一度長い指に噛みつこうと口を開く。
「───あ!!」
 だが、それよりも早く、楊ゼンの右手が再び下肢に届いていた。
「もう、おいたは駄目ですよ」
 笑いを含んだ声でそうささやきながら、楊ゼンはゆっくりと指を動かす。
「…っ…や…ぁ……っ…」
 薄く開いて喘ぐ唇からは、細く甘い声が途切れ途切れに零れて、もう楊ゼンの指に噛みつくどころではない。
「……ぁ…よう…ぜ……ん…っ」
 感じすぎる箇所を執拗に触れられて、太公望は逃げることもできずに躰を震わせた。
 慣れない躰と心には与えられる感覚が大きすぎて、堅く閉じた目尻に涙がにじむ。
「…ゃっ…も…う……やめ…」
 甘すぎる苦痛に耐えかねたように、細い声を上げて太公望は首を振る。だが、楊ゼンは容赦しなかった。
「我慢しないで……」
 ささやきかけて、解放を促すように一番感じる部分を指の腹で繰り返し擦る。その感覚を堪えるには、 太公望の躰は経験が無さ過ぎた。
「───…!!」
 与えられた快楽が強すぎて、声を上げることもできずに太公望は昇りつめる。
 そしてもう、何も考えられないまま楊ゼンの口接けを受け止め、救いを求めるかのようにその背にすがりついた。


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