冬物語 〜6. 手袋〜
年の暮れの空は、よく晴れていたが、風はさすように冷たかった。
「今日は冷えるな」
「気温が全然上がりませんからね。また雪になるのかもしれませんよ」
「嫌だな」
心底嫌そうに呟いて、太公望はホームセンターの袋を持ち替える。
今年最後の買出しに行った帰り道、両手に大荷物とまではいかないものの、二人の手には大きめのかさばる荷物がぶら下がっている。
「安売りにつられて、色々買いすぎたか」
「ホームセンターなんて駅の側ですし、いつでも行けますよね、考えてみれば」
「部屋の蛍光灯も、確かにちらちらし始めておるが、今日明日に要るものではないしな」
「シャンプーとリンスだってそうですよ。あと1ヶ月ぐらいは持つんじゃないですか」
「だが、風呂のブラシはそろそろ限界だぞ」
「年末年始用にビデオテープも必需品ですよ。特番で幾つか、いい番組やるみたいですから」
「いい加減、DVD&HDビデオの購入を考えるか」
「まだ高いですよ」
言葉を交わしながら、家までの道程を二人で歩く。
家のある住宅街の中はともかくも、この大通りはさすがに交通量が多く、車も自転車も忙しなく通り過ぎてゆく。
「こんな荷物になるのなら、車を出せばよかったかもしれませんね」
「だが、混んでおるしな。駐車場もいっぱいだったぞ」
「でも回転も速かったですから、少し待てば出て行った場所に停められる感じでしたよ」
「かもしれんがな、今更言っても遅いわ」
「ですねえ」
溜息をついて、楊ゼンもビニール袋を持ち直した。
重いと言うほどのものではないが、かさばる分、ぶら下げていても安定が悪いのである。
「しかし、これで当分はホームセンターに行く必要はないな」
「そうですね。明日、大掃除が終わったら、年明けまで家は無人になりますし」
「うむ。おぬしの両親が帰ってくるのは、夕方の便だったか?」
「ええ。そんな一番空港が混む日に、わざわざ帰ってこなくてもいいと思うんですけど・・・・」
「そう言うな。海を渡って息子の顔を見にきてくれるだけ、ありがたいと思わねば」
「それは思ってますよ」
太公望の声も、楊ゼンの声も、いつもと変わりない。
二人ともごく普通の調子で、話を続ける。
「あなたも、明日の夕食までには向こうに行かなきゃいけないんですよね?」
「うむ。わしの分まで食事の用意をするからと、昨夜も電話で念を押されたからな。行かないわけにはいかぬよ」
「ありがたい話ですよね」
「そうだな。血が繋がっているというだけで気遣ってもらえるのは、ありがたいことだ」
太公望が両親を亡くしていることは、一緒に暮らし始める前から楊ゼンも知っていたが、家族の話が二人の間でタブーになったことは、これまで一度もない。
折に触れて、楊ゼンは自分の両親のことを語り、太公望も死んだ両親のことや、その後、引き取られて数年の間、一緒に暮らした叔父一家のことを語った。
お互い、相手に隠さなければならないことも、口を閉ざしていたいことも、何一つなかった。
「でも、大掃除が終わったら三日間、あなたに会えないんですね。かなり寂しいかもしれません」
楊ゼンがそう言うと、太公望は小さく笑った。
「いい歳して何を・・・・と言いたいところだがな」
「ところだが・・・・何です?」
「さてのう」
「自分だけ言わないのはずるいですよ」
「わしは良いのだ」
くすくす、と二人の笑い声が歩道に零れる。
そうして角を曲がると、向こうから歩いてきた小さな子供たちに行き逢った。
友達同士なのだろう。小学校に入るか入らないかくらいの男の子が二人、仲良く手を繋いですれ違ってゆく。
「あれ・・・・」
「へえ・・・・」
楊ゼンと太公望は、ほぼ同時に小さく声を漏らして、自分たちが来た角を曲がってゆく子供たちを振り返って見送った。
それから、二人は顔を見合わせる。
「おぬしも気付いたか」
「ええ。可愛いですね」
今の子供たちは、手袋を片方ずつしかしていなかったのだ。
一組の手袋を、それぞれの右手と左手にはめ、そして手袋がない方の手をしっかりと繋いでいた。
おそらくは片方の子が、手袋を家に忘れたか何かしたのだろう。そして、もう一人の子が自分の手袋を片方、貸してあげたのに違いない。
ひどく可愛らしい、いじらしい光景に、二人は微笑む。
「何か、すごく良いものを見た感じだな」
「いいですよね、ああいうの」
「仲のいい友達なのだろうな」
「ええ。優しい子達なんだと思いますよ」
笑い合い、その子たちが曲がっていった角をもう一度振り返って。
二人は、互いに優しいまなざしを向ける。
「帰ろうか」
「ええ。とりあえずコーヒーを入れて温まったら、大掃除ですよ」
「明日と今日と、どちらが暖かいと思う?」
「窓掃除ですか? どうでしょうね。暖かい方が楽に決まってますけど・・・・」
どこまでも澄んだ青を見せる冬空の下、二人は再び歩き出した。
冬物語第5弾。
子供たちの手袋の話は私が学生の頃に、大学に行こうとして朝、家を出たところで目撃した実話です。
集団登校の中、1年生の男の子が二人、手袋を片方ずつして、してない方の手をしっかり握って歩いていったのに、めちゃくちゃ可愛いなぁと感激したんです。
きっと、お友達が手袋をしていないのを見て、自分の手袋を片方、貸してあげたんでしょうね。
子供に限らず、人間のこういう優しさを目撃すると、無性に嬉しくなります。
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