#031:ベンディングマシーン







他人の部屋のキッチンでコーヒーを入れる。
気がついたら、そんな役回りになっていた。

「まるで自販機みたいな奴だな」
「はい?」

ソファーでくつろいでる相手にコーヒーを持っていった途端の台詞に、反射的に問い返す。
が、同時にその意味も理解はしていた。

「便利でいいでしょう?」
「まぁな。コインを入れんでもいいという当たり、本物の自販機より上等だよ」
「そりゃそうですよ」

相変わらずの毒舌だが、おそらく機嫌はいいのだろう。
片頬杖をついたまま、渡したコーヒーの香りに目を細める表情がどことなくやわらかい。
しかし、だからといって油断は禁物、と次に何が出てくるのか考えながら、自分のカップを口元に運ぶ。

と、3分の1ほどを飲んだところで、彼がカップをローテーブルに置いた。
その細い指の何気ない動きに、けれど、期待をしたくなる。

黄昏時のソファー。

過ぎたことは全部忘れると言いながら、自分も相手も、そのキーワードを暗黙のうちに忘れたことがない。

「・・・・・・何をしている」
「便利な自販機呼ばわりされた以上は、期待に応えるべきかと思いましてね」

綺麗な線を描くうなじに、さりげなく指を這わせると、途端に太公望の瞳が不機嫌そうにすがめられる。
けれど、拒否ではない、いわばSEXに到達するための通過儀礼のようなそのまなざしに、一つ、首筋にキスを落とす。

「・・・・・コーヒーより美味いものが出せるわけか?」
「どうでしょう」

試してみますか、と悪戯に微笑めば、ふんと鼻先で不機嫌に切り捨てられる。
が、2秒後には唇が重なっていた。







熱く脈打っている中心を、やわらかく濡れた感触に包み込まれる。
先端を舌先でつつくような細やかな動きで先走りの液を舐め取られ、細い指で丹念に裏筋をなぞられて、込み上げた欲望に抑えた吐息が零れた。

「──どれくらい焦らして欲しい?」
「さあ。お好きなだけどうぞ?」
「よく言う。そんなに後悔したいのか?」
「そんなわけないでしょう。僕を煽ったら、後悔するのはあなたの方なんですから」

含み笑いを滲ませた言葉を零しつつも、指先でのやわらかな愛撫は途切れない。
人差し指と親指で作った輪で、緩やかに数度、上から下までを扱かれて、脈動と熱が上がるのを自覚する。
これだけサービスしてくれるのを思えば、やはり機嫌は悪くないのだろう。
かといって、彼からの愛撫はそう滅多にあるものでもないから、その理由を勘繰りたくなる。
と、再び彼が中心に唇を寄せた。

今度は最後まで導くように、全体を口腔と舌のすべてを使って刺激される。
根元の辺りを優しく指先で撫でられながら、やわらかな唇と舌に強く扱き立てられて、急速に熱が張り詰めてゆき。
頃合を見計らって吸い上げられた感覚に、堰が崩れた。

乱れそうになる息を抑えながら、唇を離さないまま迸りを飲み下す表情を、目を細めて見つめる。
そして、ゆっくりと離れた太公望に手を伸ばし、前髪をかき上げるように撫でて、ほの赤く染まった目元を親指の腹でなぞった。

「美味しかったですか?」
「不味い」

眉をしかめての返答に、思わず笑う。

「確かに上の口で味わうものじゃないかもしれませんね」
「下ならいいというものでもなかろう」
「でも、好きでしょう?」

言いながらも、誘いに応じて太公望はソファーの上に上がり、向き合う姿勢になる。
その濡れて艶やかに染まった薄い唇に、口接けた。

深く絡み合いながら、シャツの裾から手をしのばせて、さらさらとした手触りの肌に触れる。
ゆっくりと輪郭をなぞるように背を撫でると、背に回された腕の力が不規則に強くなった。
それに気をよくして、一つずつボタンを外し、前触れもなく胸元の小さな尖りを指の腹で押し潰すように刺激する。
と、短い嬌声をあげて、太公望は背をのけぞらせた。

「今度は僕が楽しませてあげる番ですから」
「──ぁ、馬・・鹿・・・っ・・・・あっ」
「もっと感じて・・・・?」
「っ・・・く、・・・・あ・・・は・・ぁ、ん・・・っ」

ぎりぎりまで抑えてはいても、こらえきれないくぐもった嬌声が零れる。
その甘さに酔いながら、少しずつ愛撫を深めてゆく。

自分の欲望は脇に置いて、一方的に愛撫を与えているだけでも気持ちいい、などいう馬鹿げた感覚は、他の誰相手にも知らない。
不毛だと分かっている行為なのに、ただ心地良くて。
溺れる。

「そろそろ・・・・?」
「・・・っ、聞・・かれて・・・・うなずくと、思うのか・・・!?」
「うなずいてくれたら嬉しいですけどねぇ」

快楽に瞳を潤ませて息を乱しながら、それでも憎まれ口を叩く人に思わず笑う。

「でも、そういうあなたが好きだからいいですよ」
「な・・にが・・・・っ!」
「ほら、力抜いて」

細い脚をぐいと抱え上げ、熱く張り詰めた欲望を押し当てる。
と、不本意そうな目をしながらも、大きく息をついて応じてくれる太公望が、ひどく可愛いと一瞬、感じた。





昨日まで十日ばかり同じ相手と付き合っていたせいで、前回の行為から少し間が空いた太公望の躰は、気を抜いたら果ててしまいそうなほどに熱く、やわらかいのにきつくて、この感覚が欲しかったのだと心の底から思う。
昨日までの交際相手は、美人でスタイルも良く、特にどこが悪かったわけでもないが、それでも何かが足りなかった。

足りなかったのは、多分、躰を繋げて誰よりも近くありながら一瞬たりとも気を抜けない、互いを探り合う緊張感。
相手が、彼だからこその。

「すごく・・・いいですよ。あなたも気持ちいいでしょう?」
「馬・・・鹿・・・っ」
「だって、こんなにひくついて締め付けてくる。欲しくてたまらないって」
「──あ・・っ!」

軽く揺すりあげてやると、ぐちゅ・・と濡れた音がして、深く沈めた先端の方を一際きつく締め付けられる。
その気持ちよさに、そろそろ自分の忍耐が切れるのも感じて、ゆっくりと動き始めた。

「っ・・あぁ・・・、・・ぁ・・・っく・・・は・・あっ」

久々のせいか、散々焦らしたせいか、彼の方も限界だったのだろう。
華奢な躰が大きくのけぞりながら、何度も跳ねる。
感極まったすすり泣きのような、途切れ途切れの嬌声に目を細め、ソファーに爪を立てる細い指をそっと握り締めてやる。

「我慢しないで・・・・このまま達って・・・?」

聞こえているかどうかも定かでない、睦言めいた言葉をささやき、大きな動きで快楽を導いてゆく。
いつしか背に回された手が、痛みを感じるほどに強くすがりついてくる感覚さえも甘くて。

そのまま、快楽がどこまでも高みに昇ってゆくのに、すべてを任せた。










「・・・・コーヒー」
「はいはい。後で入れますよ」
「今すぐ持って来い」
「もう少しだけ、こうしていさせて下さいよ。気分が良いんですから」
「わしは全然良くない」
「僕は良いんです」
「ここはわしの部屋で、わしのソファーだぞ」
「お客様はもてなすのが主人の役目でしょう?」
「おぬしなんぞ、客じゃないわ」
「家族同然に思ってくれているのというなら嬉しいですけど」
「んなわけなかろう。せいぜいゴキブリかダニだ」
「・・・・・ペットの大型犬くらいにはなりませんか?」
「そんな可愛いものか」

いつもと同じ、不毛な会話に苦笑して。
抱きしめていた彼から手を離し、立ち上がる。

「そうまでおっしゃるなら仕方ありませんね。ゴキブリの入れたコーヒーでも良ければ、持ってきて差し上げますよ」
「うむ。苦しゅうないぞ」
「はいはい」

笑って、冷めたコーヒーが半分ほど入ったままの2客のカップとともに、キッチンへと向かう。

そうして、7分ほど後に熱いコーヒーを手にリビングに戻れば、彼はソファーに横になって眠っていた。
気配を殺して近付くと、軽い寝息が聞こえる。
快楽の限りを尽くした後では仕方がないか、と諦めて彼の分のカップはローテーブルに置き、向かい側のソファーに腰を下ろして、自分のコーヒーに口をつける。






愛も恋も知らないし、知る気もない。
けれど、僕たちは今までもこれからも、それで十分に満足だった。










ほーら、エロに持ち込むと長くなった。
しかも文章短くするために、スタートからフィニッシュまで超特急だし。
これじゃ面白くないので、もう多分、SSでは滅多に書きません。
エロはやっぱり雰囲気ですよー。

1年ちょいぶりのOnly youの2人。
関係は相変わらずらしいです。
が、作者はちょっと書き方忘れてます。
このカップル(じゃないけど)の太公望は、もっともっと可愛くなかったはず・・・・。


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