#020:合わせ鏡
細くて綺麗なうなじに口接けて。
それに気付いた。
「昨夜は夜遊びでしたか」
「ん?」
「跡、残ってますよ」
自分が付けたものよりも、更にうなじに近い位置──後ろ髪に隠れていた薄紅の跡を、楊ゼンは指先で触れる。
と、太公望は、ああ、という顔になった。
「そういえば、何かしておったな。・・・・跡は残すなと言ったのに」
「男ですか、女ですか」
「女。年齢は三つ四つ上という感じがしたのう」
「へえ」
あからさまに跡が残っていては仕方がないと諦めたのだろう。
肩をすくめるようにして、太公望は普段は絶対に口にしないことを言葉にする。
それを楊ゼンも面白そうな顔で聞いた。
「あなたが誘いに乗ったのなら、相当にレベルの高い女性でしょうね」
「紹介しろとか言うでないぞ」
「して下さい」
「自力で探せ」
ふん、と詰まらなさそうに太公望は鼻先で笑い捨てる。
その横顔を眺めながら、楊ゼンは、相手の女性のことを想像してみた。
太公望は、友人としてなら老若男女を問わず誰にでも気さくに振舞うが、一転、情事の相手となると相当に好みがうるさい。
ガツガツしているのは論外だし、かといって妙に余裕ぶっている奴も軽蔑する。
意外に面食いだし、服装や小物の趣味にもうるさいし、最低でもシティホテルの上クラスの部屋を選ぶくらいの金銭的余裕とデリカシーが無い人間も避ける。
そもそもが、太公望が一人で飲みに行くのは、知る人ぞ知るといった隠れた名店のバーばかりで、そういう店に集まる客の中から、物事の良し悪しを嗅ぎ分けることのできる『本物』を鋭く見抜き、そういう相手のさりげない誘いに、気が向いた時だけ応じるのだ。
「クールな美人で、でも化粧はさりげなくて、知的でユーモアもあって、冷めているようでこだわりがあるようで、誰が見ても魅力的な、でも並みの男には手ごわいと感じさせる女性、かな」
「まぁ、外れてはおらぬよ」
「やっぱり紹介して欲しいですねえ」
苦笑する太公望に、楊ゼンは未練がましく呟く。
つまりは、太公望の選ぶ相手というのは最終的には、太公望に似たところのある人間なのだ。
そもそも愛情や慰めを求めて、SEXをするタイプではない。
大都会というジャングルの中で、たまたま出会った同種の人間とのコミュニケーション手段が、酒でありSEXであるという、ただそれだけのことなのである。
だから、相手が男であれ女であれ、同類に対するかすかな共感以外の感情は存在しないし、新たに生まれることも無い。
不毛といえば不毛な関係だが、楊ゼンはそれを悪いとは思わなかった。
むしろ、自分が(多少相手は選んでいるものの)無作為にしている女性相手のSEXの方が、余程無意味でつまらないと考える。
「こうして漏れ聞いてるだけでも、僕よりあなたの方が寄ってくる相手のレベルは上なんですよね。あなた、つまらない人間とは目も合わせないから」
「悔しいか?」
「かなり」
でも、と楊ゼンは太公望の目を覗き込む。
「分相応ということは分かってますしね。こういう遊び方をしてたら、そういう相手しか寄ってこなくて当然ですから。それに、この部屋に上がり込めるのは僕だけですから、それでいいですよ」
「おぬしが勝手に不法侵入してるだけだろうが」
「あれ、美味しいコーヒーと極上のSEXを提供してるじゃないですか」
「自分で言うでないわ」
「あなたが褒めてくれたら、自分で自分を褒めるなんて虚しい真似はしませんよ」
「おぬしを褒めるなんぞ、この口が腐ってもごめんだ」
「ひどいなぁ」
小さく笑いあいながら、互いの背に手を伸ばす。
そして、相手の目を見つめたまま、唇を重ね、ついばむようなキスを繰り返しては離れる。
「今夜は跡、残してもいいですか?」
「張り合うな」
「だって、このキスマークは僕への挨拶でしょう? 私は楽しんだから次の人、よろしくっていう」
「だろうがな。だからといって、跡はつけるな」
「いつまで経ってもケチですね」
言いながらも、楊ゼンは跡はつけることなく、唇で執拗に太公望の首筋をまさぐる。
と、ポイントに触れたのか、太公望の躰がびくりと小さく反応した。
「──ベッド行きます? それともここで?」
「どっちでも一緒だ」
「じゃあ、最初はここで、次はベッドで」
「二回もやる気か?」
「一度じゃ、あなたも足りないでしょう?」
互いに、昨日の夜は別の相手と躰を重ねている。
けれど、そんなことは何の関係も無いのだ。
美人でスタイルも物分りもいい女性は、星の数ほどに居る。
『本物』の輝きを持つ人間も、数少ないけれど居ないわけではない。
だが、太公望も楊ゼンも、世界に一人しか居ない。
自分たちの関係も、今、ここにしかない。
どれほど不毛でも、あるいは不毛だからこそ、代替品はこの世のどこにも無いのだ。
何度もキスを繰り返しながら、リビングのソファーにゆっくりと倒れこむ。
「・・・・でもね、どんなに遊んでいても、あなたとのSEXが一番気持ち良いんですよ」
「言ってろ」
「あなただってそうでしょう?」
「どうだかな」
瞳に悪戯な光を浮かべながらも、二人は互いのシャツのボタンを一つずつ、外してゆく。
そして、この先にある快楽を思い描きながら、目を閉じた。
チャットなんかでは披露したことのある、太公望の夜遊びの実態。
なにしろ、相手の懐具合から脳ミソのレベルから服や小物の趣味からSEXの上手さから、一目で頭のてっぺんから爪先まで判定してしまう恐ろしい人なので、実のところ、誘いに乗ることは珍しいんですけどね。
そして、その厳しくうるさい好みに、かろうじて合格しているのが楊ゼンただ一人、というわけです。
ちなみに、本当は凄腕のテクニシャンの癖に超絶ものぐさな太公望は、女性に対してもマグロ傾向あり、だったり・・・。
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