#015:ニューロン
遥か彼方から聞こえる音。
漣のように、遠い海鳴りのように。
海嘯が近づいている。
「───っ・・・ん・・・」
熱くそそり立ったものを喉の奥にまで導いて、舌を絡める。
何度も甘噛みするように唇を這わせ、手指までも使ってくまなく触れ、愛撫して。
滲み出してくる苦く甘い液を舌先で舐め取り、先を促すように優しく吸い立てる。
浮かれ女(め)のように他人の熱に奉仕する己を、あさましいとも何とも思わなかった。
ただ、唇と指先に感じる熱さに溺れたように、差し出されたものをむさぼる。
「──そこ、いいですよ・・・」
こちらの髪をやわらかく指を梳きながら、低く艶を帯びた声で伝えられる快楽に、逆らうことなく舌を丁寧に這わせる。
喉奥を使って軽く先端を圧迫するようにしながら、少しだけ強めに舌先で裏筋を撫でてやると、含んだ体積が増すのを感じた。
そのまま焦らすことなく、むしろ終末をねだるように口腔全体で逞しい熱を愛し続ける。
ほどなく、全てを含むのが難しいほどにそれが膨れ上がり──。
抑えた低い呻きと共に、喉の奥に熱い迸りが叩きつけられ、口腔中に溢れた。
「・・・・ん・・ぅ・・」
熱を含んだまま、噎せそうになるのをかろうじて堪え、注がれたものを飲み下す。
そして、唇全体で濡れたものを拭うようにしながら、ゆっくりと口を離し、一つ息をつく。
と、不意に伸びてきた温かな指先に、口元を拭われた。
「───・・・」
顔を上げると、熱の名残は残しているものの、静かな感情の読みにくい瞳がこちらを見つめていて。
互いに言葉は交わさないまま、まなざしを絡め合い、そして唇を重ねる。
深い口接けを目を閉じて受け止め、下ろしていた両腕を青年の背に回すと、彼の腕も自分の背に回った。
「──すごく良かったですよ」
何故もどうしてもなく、それだけを耳元でささやき。
そのまま敷布の上に引き倒してくれる彼が。
どうしようもなく愛しかった。
「あ・・・っ・・んっ・・・」
何度も突き上げられる感覚を、目を閉じて受け止める。
もう既に、どこまでが自分でどこまでが相手なのか分からなくなるほどに躰は融け合い、熱も交じり合っていた。
脳髄までも侵食されそうなほど深く熱く繋がっている事が、どうにもならない快楽を生み出し、すべてを灼き尽くしてゆく。
昨日の憎しみも、今日の痛みも。
昼間に見た空の青さも、道端に揺れていた小さな花も。
胸に巣食う、白く乾き切った荒野でさえも、この一瞬には灼熱に融け消える。
なのに。
今ここに在るのは、たとえようもない熱でしかないはずなのに。
他に感じるものなどあるはずもないのに。
───海鳴りが聞こえる。
遠く遠く、どこからとも知れず。
遠雷のような波の音が。
この胸の一番奥深いところに届く。
ひたひたと、轟くように。
この全てを侵食する至上の灼熱でさえ、届かない場所に。
波音が押し寄せる。
「──っや・・・、嫌だ・・っぁ・・・!」
他に感じるものなどあるはずがないのに。
この修羅に干からびた心に響くものは、この男の存在しかないはずなのに。
何故、この海鳴りは聞こえる?
───何故、聞こえてしまう?
何も聞こえるはずなどないのに、押し寄せる波の音を一心に聞き分けようとする、この心は。
「楊・・・ゼン・・・っ!」
海鳴りなどどうでもいい。
どこからとも知れない呼び声など、塵芥ほどにも値しない。
怖いのは──恐ろしいものは。
───この男以外の存在に反応しようとする、自分の心。
聞こえないはずの音を聞き、そちらを振り返ろうとする自分が。
干からびた荒野の中に、彼以外の存在を感じ取ろうとする自分が、どうしようもなく───。
「・・・っ・・あ・・・楊ゼン・・・っ・・」
ともすれば揺れそうになる己に耐えかねて、もっと、と悲鳴を上げるように請いながら、その背にすがりつく。
自分のものではない熱と、肌の匂いと。
他に感じたいものなど、何一つない。
何一つないのに。
「────っあ・・・!!」
脳裏に白く広がる衝撃に全てが呑み込まれる、その瞬間にも。
遠く海鳴りが響いて。
優しい動きで、長い指が髪を梳く。
「大丈夫ですか?」
「うむ」
何を問うでもなく、そうとだけ尋ねてきた声に、目を閉じて頷く。
そうすれば、答える言葉など持たないことを見透かしているかのように、無言のまま、ゆっくりと彼の手は髪を撫で続けて。
その感触に、声を上げて叫びたくなる。
けれど、何と叫べばいいのか、それさえも分からず。
「───楊ゼン・・・」
一言、その名前だけを呼んで。
抱き寄せられた胸に顔を埋める。
世界に唯一つしかない存在の、体温と匂いが、今はどうしようもないほどに遠くて。
泣けるものなら泣きたいと、深い夜の底で、灼けつくように思った───。
このシリーズは自分でも気に入っているので、続けられるものなら永遠に続けたいところですが、やっぱりそのうち完結します。
ちゃんとしたコメントは、またその時に。
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