Chanson de l'adieu 3






剥き出しのコンクリートでできた廊下は、ひどく冷えていた。
まだ真冬と呼べる季節でもないのに、この先どうなるのだろうと思いながら、カナンは案内役の看守が開けてくれた、所長室のドアをくぐる。
捕虜収容所の所長は、フランス軍の中佐だった。
惜しみなく金を積んだカナンを粗略に扱うことはなかったが、険しい目つきを崩そうともしない。

「お目当ての者には会えましたかな」
「ああ。世話をかけた」

流暢なフランス語で短く応じて、カナンは分厚い封筒を執務宅の上に置く。
中身はフランでもマルクでもなく、現在最も信用度の高い米ドルだった。こんな田舎では即座に使えないが、ある程度の都会まで出れば、銀行での両替は比較的簡単にできる。

「謝礼として受け取っておいてくれ」

そう告げると、続く言葉を待つように中佐は執務卓に構えたまま、カナンを見やる。
その視線に一瞬迷って。
だが、カナンは短く辞去の言葉を口にした。

「それでは、僕はこれで失礼する。貴殿の厚意には改めて礼を言う」
「──いえ、大した事でもありませんからな」

カナンが何の要求、或いは懇願もしなかったことに明らかに意外そうに小さく眉を動かし、しかし、彼は相変わらずの無愛想な顔つきのまま、応じる。
カナンもそれ以上、彼に言うことはなく、黙って所長室を出る。
そして、看守の誘導に従って、収容所の通用門へと向かった。





カナンが敷地の外へ出ると、重い音が響いて鋼鉄製の柵が閉まり、ガチャリと錠がかけられる。
停めてある車へと向かう前に、カナンは収容所の建物を振り返った。
コンクリート製の建物は、冬間近の空の下、陰気な灰色に横たわっている。
寒々しい荒野の中に建てられたここからは、一番近くの村まででも車で1時間近くかかり、辺りには他に何もない。

──本当は、つまらない病気や怪我で捕虜が死なないようにしてくれ、と言いたかった。
けれど、あのフランス軍中佐の目を見ては、言えなかった。
NSDAPと旧ドイツ国防軍が、フランスに対して何をしたか。
知っている以上、ぎりぎり公平に捕虜を扱おうとしている中佐に、それ以上の要求はできなかった。
あれだけの金を渡したのだから、言えば多少は考慮しようとしてくれたかもしれない。だが、そこまで横暴にはなりたくなかった。

自分自身とて、幼馴染の青年以外の旧ドイツ兵を積極的に救おうとは思えないのだ。
幸いにして自分の家族は無事に戦後を迎えたものの、それでも数多の同胞を、他の多くの人々を殺戮した彼らに対する怒り、憎しみは胸の内にくすぶっている。
ましてや、フランス人であれば、尚更。
あの中佐も数え切れないほどの戦友や友人知人、あるいは家族を失っているだろう。
それでも彼は、私情を抑えて任務を全うしようとしているのだ。
それがどれほど難しいことか、この半年間、英・仏・米・ソ連が各々分割統治しているドイツ地域をくまなく見てきたカナンには、十分に理解できた。

灰色の建物を、カナンはじっと見上げる。
ここまで辿り着くのは、簡単ではなかった。
ドイツの降伏と同時に、心配して渋る両親や兄姉を無理やりに説得して大西洋を渡り。
兄から委譲された欧州に基盤を置くグループ企業の経営をしながら、余剰分の金と人脈をすべて、人探しにつぎ込んだ。

親衛隊そのものは、軍全体の中ではそれほどの規模の人員を擁していたわけではないが、それでも一般兵までを含めれば100万人近くに及ぶ隊員は、ドイツ国内及び占領地へと分散して配置されており、戦時中の記録や元親衛隊の捕虜の証言を片っ端からかき集めても、なかなか青年の消息は分からなかった。
時には、死んだという話も聞き、戦死者名簿にアーヴィングという姓を見つけて、絶望に気が狂いそうになりながらも、必ず再会すると約束したのだからと生存を信じ続けて。
必死に探して・・・・探して。
大戦で最大の被害を出したソ連軍による捕虜の扱いが、最も過酷だと聞いていたから、東の方からしらみ潰しに捕虜収容所を調べて、やっと先月、オランダのドイツ国境近くにある捕虜収容所の記録に、元親衛隊大尉・S.Irvingの名前を見つけた。
居ても立ってもいられずに現地へ行って、終戦直後の5月下旬に収容されたこと、その後すぐにドイツ国内の捕虜収容所に移送されたことを確認し、更にその先でも移送されたことを確かめて。
ようやく、ここまで辿り着いた。

──何も、変わっていなかった。
厳しい捕虜生活のためだろう、いくらか痩せてはいたが、一番最後に分かれた時と何も変わっていなかった。
自分を見てひどく驚いた翠緑の瞳は、すぐに昔と同じように静かに微笑んで。
「随分と背が伸びられましたね」と、昔とまったく同じ口調と声で。

「───ッ・・・」

うつむいて、カナンは唇を噛み締める。
けれど、込み上げる熱いものは止まらない。

──最初から分かっていた。
釈放してやろうと言っても、彼が頷くはずなどないと。
戦友たちが皆同じ境遇にあるのに、自分一人だけで助かろうとする彼ではないし、それ以上に。
再会した彼は、何かを失っていた。

対面して初めて気づいたことだが、彼の静かな微笑には何かが欠けていた。
自分一人が助かるわけにはいかないという言葉は、確かに真実だろう。
だが、それ以上に彼の瞳は。
迷っているのでも諦めているのでもなく。
何かを見失った虚無の静けさをたたえていた。

それでも。
セレストだった。

自分を見る瞳も。
優しい声も。

「──会えて嬉しかったなんて言うくらいなら、僕の手を取れば良かっただろう・・・っ!?」

真面目で不器用で。
引かなくてもいい場面で引いてばかりで。
何も変わっていやしない。
大切な・・・・誰よりも大事で、一番好きだった幼馴染。

「セレスト・・・・っ」

およそ十年以上に渡り欧州各地で非道を働き続けた旧ドイツ国防軍捕虜に対する扱いは、決して生易しいものではない。
たった半年間の間に捕虜収容所で死んだ元兵士の分厚い名簿も、嫌になるほどに見た。
現在、戦勝国である四カ国の共同統治下に置かれたこの国そのものの処遇も、まだどうなるか分からない。
今日はまだ、生きていた。
生きていてくれた。
けれど、明日は。
明後日は。

「セレストの馬鹿者・・・っ! 大馬鹿者・・・!!」

それでも、勝手に所長の執務卓に金を積み上げ、彼の命を買うことはできなかった。
セレストが望んでもいないのに釈放させたところで、自分がいて彼がいた、あの頃の優しい時間は決して帰らない。
カナンのエゴを責めることは決してしないだろうが、セレストの中から何かが欠けたままである限り、二人の間には埋めようのない溝が生まれてしまうだろう。
そんなことは望まなかった。
カナンが求めたのは、そんなものではないのだ。

「セレスト・・・!!」

彼がくれた右手薬指の指輪を左手で包む込むように握り締め、何度も何度も名を呼んで。
冷たい収容所の塀に背を預けたまま、カナンは子供のように泣き崩れた。









           *           *









−1849年10月 Bundesrepublik Deutschland −






穏やかな午後だった。
終戦から四年。
この国にはまだ貧困と飢えが溢れているが、それでも春には新しい連邦基本法(憲法)が成立し、ようやく先月、イギリス・フランス・アメリカ統治下の北・西・南部ドイツは共和制国家として独立することができた。
そして今月、ソ連の占領下にあった東部ドイツも、共産主義国家として独立した。
共産主義のドイツ民主共和国は尚更だが、いずれにせよ市民の日々の生活は苦しい。
けれど、それでも空襲や敵国軍の侵攻に怯える必要は、もうない。
ただ毎日食べることだけを考えて、人々は生きている。

穏やかに晴れた空を見て、カナンは書類にサインする手を止め、一つ息をつく。
戦前に基盤をアメリカに移したルーキウス財閥の欧州支社の業績は、戦後の政治的・経済的混乱の影響をまともに受けて、芳しいとはいえない。
だが、ようやく今年に入ってから少しずつ光明が見えてきている。
激減した人口は、まだまだ復興するには時間がかかるが、それでも兵役に奪われていた労働力が社会へと戻りつつあるのだ。
もう少し頑張れば、どうにか合衆国でグループ全体の総指揮を取っている兄にも、色よい報告ができるようになるだろうとカナンは思う。

合衆国にいる両親も兄姉も、荒廃しきった元祖国に戻った末っ子を心から気にかけ、心配してくれている。
だが、無理をしてはいけないと言われても、カナンはこの四年、がむしゃらと言えるほど一心に経営に打ち込んできた。
我儘を通した以上、実家の不利益になるようなことはしたくなかったし、それに何かに打ち込んでいないと、それこそ気が狂ってしまいそうだった。
あれから四年。
けれど今も、彼のことを思うと心臓を抉られるかのように胸が痛む。

あれから1年半程が過ぎたところで、彼はまた別の捕虜収容所に移送され、消息を知らせてもらうための人脈探しにカナンが手間取っているうちに、所在が分からなくなってしまったのだ。
年月が経つうちに、自国も大戦でひどく疲弊した戦勝国はドイツの分割統治に倦み、管理もおざなりになってきているため、どれほど手を尽くしても、もう一度彼の消息を確認することはできなかった。
かろうじて、各地の収容所で死亡した捕虜の名簿だけは定期的に送ってもらうことができたが、それさえも完全なものではなく、結局のところ、今はもう何も分からない。
彼がもういないとは思いたくなかった。
だが、もう一度出会うすべが・・・・見つからない。

この四年に収容所の劣悪な環境の中で死亡した捕虜の数は、カナンが知るだけでも数十万人に及ぶ。
一般市民も、飢えと占領軍の暴力にさらされ、もしかしたら戦時中の死者数以上の人々が死亡している。
何があっても希望を失うことだけはしたくなかった。
それでも、どうやってその希望を支えればいいのか、カナンにももう分からないでいる。
そんな毎日の中で、自分にすべき仕事が・・・・果たさなければならない役割があるというのは、せめてもの救いだった。
重工業と金融を中心としたルーキウス財閥の経営が上手くいけば、それはそのまま人々の生活の復興に繋がる。その何かを創り出す行為にも似た苦しみと喜びは、間違いなく今のカナンを救っていた。
おそらくはそれを見越して、兄リグナムも、渡欧時にこのグループ企業の経営を任せてくれたのだろうとカナンは気付いている。

「頑張らないと、な」

呟き、カナンはまたペンを握りなおす。
と、控えめなノックが響いた。

「開いているぞ」

その音の加減から執事だろうと予想して声をかけると、案の定、初老の品のいい男がうやうやしく一礼して入室してくる。

「旦那様、エリック牧師がおいでになられました」

その言葉に、カナンの表情がぱっと明るくなった。

「そうか。すぐに通してくれ。それからお茶の用意を」
「かしこまりました」

忠実な執事は、無駄口を叩くこともなくすぐに執務室を出てゆく。
カナンも一番上の書類にサインをすると、ペンを置いて立ち上がった。
そのまま足早に執務室を出て、正面にある階段を降り、一階の応接室へと向かう。

「エリック!」
「カナン様」

明るい日差しの差し込む応接室のドアを開けると、カナンより五歳年長の司祭は、変わらぬ穏やかな笑顔で、屋敷の主を待っていた。

「お久しぶりです」
「半年ぶりか? よく来てくれた」
「はい。カナン様にもお変わりなく・・・・」
「改まった挨拶はいいから。どうぞ掛けてくれ」

ソファーを勧め、自分も対面する位置に腰を下ろすと、ちょうど使用人が「失礼致します」という言葉と共に、ティーセットの載ったワゴンを押して入ってくる。
そして白磁のカップに注がれた茶が、それぞれの前に置かれ、使用人が出て行くのを待って、改めて二人は向き直った。

「君は元気そうだな。シェリルや子供たちは? セリカは変わりないか?」
「はい。皆、病気もせずに元気でやっております。子供たちも随分、大きくなりましたよ」
「そうか・・・・。またそのうち、暇を見つけて会いに行きたいが・・・・」

小さく笑んで、カナンはティーカップを手に取る。
優しく薫る紅茶を一口含み、そしてソーサーに戻した。

「相変わらず、お忙しいようですね」
「まあな。体が幾つあっても足りない。もう少し・・・・あと何年かすれば、多少は落ち着くと思うんだが」
「あまり御無理をされてはいけませんよ。人間、健康が第一です」
「分かっているさ」

おっとりと穏やかな口調で諭されて、カナンは微苦笑を零した。
が、ふっとその表情に影がさす。

「──目新しい情報は何もない。手は尽くしているんだが・・・・」
「カナン様」

低まった声に、今度はエリックが困ったような微笑を滲ませた。

「僕は、そのためだけにお屋敷にお邪魔したわけではありません。カナン様が精一杯になさって下さっていることは、僕たちも良く分かっています。ですから、そんな風に御自分を責められてはいけません」

静かにそう言い、傍らに置いてあった鞄を取り上げる。
そして、その中から紙挟みを取り出し、カナンに差し出した。

「先日送っていただいたフランツの誕生祝の御礼に、あの子が描いたものです。是非カナン様にと・・・・」
「フランツが?」
「はい」

手に取ってみれば、それは色鮮やかなクレヨンで描かれた一枚の絵だった。

「カナン様にいただいたクレヨンとスケッチブックです。フランツは大喜びで、毎日お絵かきに夢中で・・・・本当にありがとうございました」
「いや、もっと気の利いたものでも思いつけば良かったんだが・・・・。そうか、でもフランツは喜んでくれたのか」

微笑み、カナンはその絵に見入る。
いかにも子供らしい元気のいいタッチで、教会らしき尖塔のある建物と、その前にメガネをかけた男性と若い女性、初老くらいの女性が一人ずつ、それから男の子と女の子が描かれ、余白には沢山の花が描き込まれている。
そして、一番上には、拙い字で「Vielen Dank! Wir sind sehr gut. (ありがとうございました。僕たちはとっても元気です)」と書いてあった。

「すごく良く描けてるな。皆、楽しそうだ」
「ええ。カナン様に差し上げるんだって、とても張り切っていたんですよ」
「嬉しいな。僕がとても喜んでいたと伝えてくれるか? 御褒美のお菓子も一緒にな」
「ありがとうございます。あの子も喜びます」

エリックは微笑み、それから少しだけ間を置いて、ゆっくりとした口調で言った。

「・・・・義母が言うには、フランツは最近、ますますお義兄さんの小さい頃に似てきたそうです」
「────」

その言葉にカナンは軽く目をみはり。
手元の絵の中の男の子を見つめる。

「とても元気ですけど、シャルロッテには優しいお兄ちゃんで・・・・。近所の小さい子達とも良く遊んであげるので、町内の人気者なんです」
「・・・・セレストも、そんな感じだったんだろうな」

呟くように言ったカナンの声は、少しかすれていた。

「僕とあいつは七歳違ったから。物心ついた頃には、セレストはもう随分大きくて・・・・。ああ、でも確かにセレストがいると、小さい子が置いてけぼりにされることなんか絶対になかったな。いつだったか、僕が転んで膝を怪我した時にはおんぶして帰ってくれたこともあった」
「そうですか・・・・」
「毎日楽しかったな。ある程度大きくなると、僕は気が強かったから近所のガキ大将状態で・・・・よくセレストには怒られた。そんな無茶をしてはいけませんって」
「お義兄さんらしいですね」
「うん」

微笑み、カナンは絵をそっとローテーブルに置く。
そして、軽く組んだ両手を額に押し当てるように、うつむいた。

「ずっと一緒で傍に居るのが当たり前で・・・・。だから、セレストが士官学校の寄宿舎に入った時は、すごく寂しくて仕方がなかった。口に出しては言わなかったけど、あいつは分かってたんだろうな。遠かったのに、休暇のたびに帰ってきてくれて・・・・」

そこまで言って、カナンの声が震えるように途切れる。
そのまましばらく黙り込み、やがてカナンは顔を上げ、エリックを見て微笑んだ。

「すまない。昔の話ばかり・・・・」
「いいえ。カナン様にとっては、とても大切な思い出でしょう? そんな大切なお話を聞かせていただくのは嬉しいですし、楽しいと思います」
「・・・・君は本当に強いだけでなく、優しいな」

だが、エリックは静かに首を横に振る。

「本当に強いのはカナン様です」
「僕が?」
「ええ。命を惜しめというカナン様の言葉がなかったら、僕はきっと今、ここにはいませんでしたから」
「エリック」
「僕は弱い人間ですから、命と引き換えにしても、とすぐに考えてしまいます。でも、カナン様は、僕以上に厳しい状況の中で、いつでも生きて戦うことを選んで来られた。
今でもそうでしょう? きっと僕たちの中で一番、誰よりもカナン様がお義兄さんのことを信じていらっしゃる」
「そんなことはない。セリカだってシェリルだって、血の繋がった実の家族だ。僕なんかよりもずっと・・・・」

カナンの言葉に、エリックは穏やかに微笑んだ。

「ええ、思う気持ちは同等でしょう。でも、僕たちにはフランツもシャルロッテもいますから、それで僕たちは慰められている部分があるんです。そして・・・・ともすれば、諦めに似た気分になることも」
「────」
「カナン様は一人で、それでもお義兄さんが帰ってくることを信じて、手を尽くしていらっしゃる。真実を探求することは常に恐怖を伴うのに・・・・」
「買いかぶりだ、エリック」

エリックの言葉を途中で遮り、カナンはかぶりを振る。

「毎月、報告書や捕虜の死亡者名簿を見ながら、僕は怖くて仕方がないんだ。いっそ、気が狂った方が楽だとさえ思う。
でも、生きていると思わなければ、もっと恐ろしい何かに捕らわれてしまいそうで・・・・、それで諦められないだけなんだ。僕は強くも何ともない」
「──いいえ、やはりお強いですよ」

静かにエリックは答える。

「それだけ誰かのことを思えるのは、お心が強いことの何よりの証明です。カナン様が信じて下さっているから、僕たちもこの4年間、諦めずにいられるのだと思います」
「・・・・エリック・・・・」

名を呼ぶと、彼はにこりと微笑んだ。

「さて、あまり遅くなってはいけませんから、僕はそろそろお暇します」
「もう帰るのか? 一晩くらい泊まっていっても・・・・」
「ありがたいお言葉ですが、夜、留守にするとシェリルたちが不安がりますから」
「・・・・そうか。そうだな」

終戦から四年が過ぎても、人心はなお、荒れている。
彼らの家が教会に隣接した牧師館だとはいえ、女子供だけが留守を守るのは、決して安全とはいえなかった。

「名残惜しいが・・・・。いつでも歓迎するから、また来てくれ。僕もまた、時間ができたら寄らせてもらうから」
「ええ、是非。シェリルや子供たちも喜びます」
「それから、また来月も教会に小麦粉やバターを送る用意をしているから、それで美味しいお菓子や菓子パンを作って子供たちに配ってやってくれるように、シェリルとセリカに伝えてくれるか。
あと、新しい取引先から高いものではないけれど、質のいい布地も手配できそうなんだ。早ければ来月から食材と一緒に送ることができると思う」
「はい。いつもありがとうございます。子供たちも本当に楽しみにしてるんですよ。今は少しの果物以外、甘いものなんて殆ど手に入りませんから」
「僕にできることはそれくらいだからな。金はあるけれど、君みたいに誰かの心を救うことはできない」
「そんなことはありませんよ」

自嘲めいたカナンの言葉に、エリックは笑う。

「お金が誰かを救うのは、お金を使う人の心があってこそです。カナン様のおかげで、どれほど大勢の子供や、その親たちが心をすさませずにいられるか・・・・。町の人々も私たちも、本当に心から感謝をしているんですよ」
「・・・・・だったら嬉しいけどな」

カナンは目を伏せるようにそう言い、そして、改めて笑顔を作ってエリックを見つめた。

「とにかく、次に会う時まで元気でいてくれ。セリカやシェリルと子供たちにもよろしくと」
「はい」

穏やかに頷いて、エリックは帽子をかぶる。
それからカナンが使用人に用意させた、土産用の菓子と女性が喜びそうな小物の包みを受け取り、丁寧に一礼してから、執事の開けた玄関を出てゆく。
その逞しくはないが、芯の強さを感じさせる後ろ姿を、カナンはじっと見送り、そして、ポーチの階段を降りて前庭へと出た。

傾きかけた日差しの中、優しい色合いの秋の花々が控えめに風に揺れている。

「───・・・」

初秋の夕暮れが近付いてきて仄かに深みを増した空の下、カナンはしばらくの間、無言でそこに立ち尽くしていた。
















to be continued...








後半の展開が唐突過ぎるように感じたので、修正。
やっとエリックが出せました。
彼もいいキャラですよね〜。シェリルとお似合いです。

オリキャラの二人の子供は、フランツが8歳、シャルロッテが4歳くらいの設定です。
フランツがシェリル似で、シャルロッテがエリック似。






NEXT >>
BACK >>