sweet sweet home 11

「ったく……母さんも、あんまり心臓に悪いことしないでよ」
「そうねえ。でも、タイミング的に今だ!っていう気がしたのよ。獄寺君の性格もあんな風に真面目だから、早いうちに許してあげた方がいいかなとも思ったし」
「それは否定しないけど」
 何しろ、奈々の存在がストッパーになって綱吉に手を出せないような獄寺である。ある意味一番の難関だった奈々の許しを得られたという意味は、とてつもなく大きいだろう。
 そういう意味では、とても重要なことではある。しかし、自分の恋のことを、母親と面と向かって話すことの恥ずかしさといったらない。
 二人きりで話をしたいからと獄寺はリビングから追い出してあるが、自分も早々に退散しようと、綱吉は話の切れ目を探った。
「とにかく、母さんは反対しないんだね? 俺たちのこと……」
「反対も何も、獄寺君にツナをあげるって約束しちゃったわよ」
「……一人息子を犬の子みたいに……」
「あら、ちゃーんと相手は吟味してます。それに、獄寺君はあなたが居なくなったら、もう本当に駄目でしょ?」
「まぁね……」
 もし自分が居なくなったら。
 何十年後かに老衰でならともかくも、そんな恐ろしい事態は想像したくもない。もちろん、獄寺が居なくなる場合のこともだ。
「大事にしてあげなさいな。あんなにもあなたのことを大事にしてくれるのは、私とお父さんを除いたら、世界中にきっと獄寺君だけよ」
「分かってるよ」
 真理を突いてくる奈々に溜息をつきながら、綱吉はうなずく。
「それじゃあ、これからは俺たちは二人でやってくから。この先、不都合が出てきたからなんて反対するような真似はしないでよ」
「しません、そんなこと。お母さんを見くびらないでちょうだいな」
「見くびってなんかないってば」
 それじゃあ、と綱吉は立ち上がった。
「そういうことで、これからは獄寺君と一緒に時々帰ってくるから」
「ええ。でも無理しなくていいのよ。ここはあなたの家だけど、あなたの生活もちゃんと大事にしなさいな。これからは一人じゃないんだから、尚更にね。私のことなら心配しなくていいから」
「……はい」
 見透かされていたのかと、最後だけは少しだけ神妙にうなずいて、綱吉はリビングを出る。
 と、廊下の少し離れた所に立っていた獄寺が、すぐに近づいてきた。
「あの……」
「大したことは話してないよ。君のことを大事にしなさいって言われただけ」
「そう、ですか」
 ほっと目に見えて、獄寺の肩の力が抜ける。
 そんな獄寺に、綱吉も気持ちが緩むのを感じた。
 そっと手を伸ばして、獄寺の肩に触れる。
「びっくりしたけど、認めてもらえて良かった」
 そう告げると、獄寺は少しだけ目を丸くし、それからゆっくりと微笑む。
「はい。ものすごく嬉しいです。今の俺は無敵ですよ。世界が滅亡したって、あなたとお母様を守って生き延びる自信があります」
「何だよ、それ」
「本当ですよ」
 くすくすと笑い合って。
 それから、ちらりとリビングのドアが閉まっていることを確かめて、素早く二人は小さなキスを交わした。

*     *

「それじゃあ、帰ろっか」
「はい」
 並盛の沢田家に戻るのも、『帰る』だが、都内のアパートに戻るのも、『帰る』だった。
 四泊五日の少し長い休暇を終えて、二人は並盛駅に向かう。
 そうしてホームで電車を待っている間に、獄寺が綱吉を呼んだ。
「綱吉さん」
「うん?」
 この休暇中に、獄寺の綱吉に対する呼び方は、沢田さんから綱吉さんに変わった。
 もっとも綱吉は、呼び捨てでいいと言ったのだが、そればかりは獄寺は譲らなかったのである。加えて敬語もそのままだったが、それはそれで自分たちらしいとも言えた。
「アパートの話なんですけど……」
「うん」
「一緒に暮らしませんか」
「へ?」
 思わず見上げると、獄寺は真剣な、だが少し照れくさそうな顔で、綱吉を見ていて。
「なんていうか、この五日間、ずっと一緒にいたでしょう? なのに、これから別々の部屋に帰らなきゃならないのがすごく嫌だと思って……」
「あー……」
 確かに獄寺の言う通りだった。
 この五日間、朝から晩まで、寝る時でさえ二人で(何もしないとはいえ)くっついていたのである。
 それが、地下鉄or徒歩で三十分の距離とはいえ、離れ離れになるのはひどく寂しい。
「俺の方は、仕事は家でやれますから、住居はどこでもいいですし……」
「……でも、俺のとこは学生向けのワンルームだし」
「だから、綱吉さんの大学の近くで、手ごろな物件を探したらどうかなと。幸い、今は借家人の入れ替わり時期ですからね。空き物件は多いと思いますよ」
「んー……」
 提案されて、綱吉は考え込む。
 悪い案ではない。むしろ、そんな風に獄寺が考えてくれるのは嬉しい。
 けれど。
「どうせなら、うちに居る間にそれ言って欲しかったんだけど。アパートを引き払うんなら、母さんにも言わないといけないんだから」
「すみません。でも、俺も思いついたの、今なんですよ……」
「──獄寺君って、時々、タイミング悪いよね」
「すみません」
「まぁいいよ。帰ったら、母さんに電話する。……で、今日帰るのは、どっち?」
 少しばかり上目遣いに見上げて問いかけると、獄寺の表情に、さっと朱が走る。
 そして、獄寺は目線を明後日に逸らしながら、もごもごと言った。
「……うちの方が、少し広いと思うんで……」
 何が、とは敢えて言わないし、聞かない。少なくとも部屋の床面積の問題でないのだけは確かだ。
 綱吉は、うん、とだけ短くうなずく。
 頬が熱いのは、今更意識しないようにするが、そのことにどれ程の意味があるのか。
「────」
「────」
 微妙な沈黙をしたまま、互いにちらりと向けたまなざしが交錯する。
 けれど、それも長くは続かず。
 二人は同時に破願して、他の人たちに見えないようにこっそりと手を繋いだ。

End.

最終回は書きたいエピソードを繋げるしかなかったので、ちょっと場面がブツ切れてます。
流れが悪くてすみません。
皆さんにうんと愛していただいた、『きらきら』ですが、これで本当に終幕です。
このまま二人は、うんと幸せに生涯を生きてゆきます。

この作品を愛して下さった、全ての方々へ。
皆様の頭上にこそ、最高の幸せがありますように。
心の底からお祈りして、幕引きとさせていただきますm(_ _)m

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