目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ 01

 それは日常の風景だった。
 つい昨日までの。





「なーツナ、あれ、ちょっと面白くね?」
「え? どれ?」
 山本がショーウィンドウを指差して呼びかける声に、綱吉はきょろきょろと視線を彷徨わせる。
 駅前の商店街にある生活雑貨屋には様々な品が並べられていて、咄嗟には山本が指す商品がどれなのか判別が付かない。
「あれ、向こうの真ん中の段の……」
 アレだよ、と山本が綱吉の右肩に肘を乗せて示しかけたその時。
「てめっ、山本! 十代目に馴れ馴れしく触んな!!」
 鋭い声が商店街の人混みに響き渡った。
 声の主は言うまでもない。
 山本が、お?という表情でそちらを振り返った時、ちょうど獄寺は足元にまとわりついていたモシャモシャ髪の幼児を、傍に居た少女に押し付けている所だった。
「アホ女! ちゃんとアホ牛の面倒みてろ!」
「あー、女の子に向かってアホって言いましたね!?」
「アホにアホっつって何が悪い!?」
「ランボさんもアホじゃないもんね!!」
 男女の中学生が街中で連れ立っているのは別段、珍しい風景ではないが、そこに幼児までが混じって、人目をはばからない大声での口喧嘩が繰り広げられているというケースは、滅多にあるものではないからだろう。
 そのまま道端で始まる言い争いに、通りを行く人は好奇心の目を向けて過ぎてゆく。
 ハルの傍に居た京子やイーピン、フゥ太も、おろおろと彼らを何とか宥めようとはしているのだが、頭に血が上っているらしい三人はまるで聞く耳を持たないようだった。
「あーもう、このままじゃ見世物だよ」
 彼らから数メートル離れた位置からその成り行きを唖然として眺めていた綱吉は、諦め混じりの呟きを零して体の向きを変える。
「お。止めるのか?」
「止めなきゃ仕方ないだろ。通行の邪魔になってるし」
 せめて道の端に寄っていればいいものの、獄寺たちが言い争いをしているのは、商店街のメインストリートのど真ん中である。
「もーいい加減にして欲しいな。いつもいつも」
 綱吉とて、好きでこんな役回りをしているわけではない。
 だが、仕方がないのだ。それぞれに自己主張の強い面々は、詰まる所、綱吉の言葉くらいしかまともに聞こうとしないのである。
 とにかく早く騒ぎを鎮めようと、足早に綱吉は人混みをかきわけて三人の元に近付き、騒動の大本である人物の袖を強く引いた。
「獄寺君!」
「あ、十代目!?」
 振り返って綱吉に気付いた途端、それまで険悪に吊り上っていた獄寺のまなざしが普段のものに戻る。
 その目を真っ直ぐに見ながら、綱吉は言った。
「獄寺君、もうやめてよ。注目の的になっちゃってるよ」
「え? あ、と……」
 綱吉の言葉に獄寺は周囲を見回し、自分たちが置かれた状況を悟ったようだった。
 獄寺とハルとランボが繰り広げていたのは、所詮はただの口喧嘩であったため、通行人たちのまなざしは非難よりも微笑ましいものを見る色合いが強いようだが、注目を集めていることには変わりない。
 慌てて獄寺は綱吉の顔へと視線を戻し、大きな琥珀色の瞳に浮かぶ、非難というにはいささか弱い、困惑の色を見て取って、途端に表情を変えた。
「す、すみません、十代目。俺……」
「──うん」
 仕方ないと言いたげに、綱吉は微苦笑交じりの表情でうなずく。
 自分の非をすぐに認めて謝るのは獄寺の美点だが、いかんせん、彼は同じ過ちをこれでもかというくらいに繰り返す性格の持ち主である。
 戦闘場面においては十分に能力も高く、応用力も持っているのだが、日常的なことについては常に理性よりも感情の方が先走るため、学習能力が全くといっていいほどに無いのだ。
 だが、彼なりに反省の意を感じていることを察して、綱吉はそれ以上、獄寺を咎めなかった。
「とにかく、もう行こうよ。ハルもランボも、もう喧嘩しないで」
 後半はあとの二人に向かって言い、それから京子たちにも安心させるような笑みを向ける。
 ──そうしてまた一つの固まりになって移動を始めた中学生&幼児の集団を、オープンカフェのテーブルから眺めていた小さな人影が、溜息をついて椅子から飛び降り、人込みの中を歩き出したことには、誰も気付かなかった。



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