※2001年より連載していたPCサイト作品の再編集です。

SACRIFICE
-ultimate plumage-

1. illusion city

 風は今日も乾いていた。
 内陸の強い陽射しが古い街並みを照らし出し、路上に影を描き出す。
 雲一つない空は、ただひたすらに高い。
 どこにでもある一日は、かすかな憂鬱を奥底にはらんで、いつもと同じ貌で通り過ぎてゆくようだった。
 だが。
 時折、ふとしたはずみに、常とは異なる色が、まるで白磁に落とした染料の雫のように日常に混じりこんでくる。
 それはもしかしたら、運命とか巡り合わせとか、時にはそういう名前を持って人々を待ち構えているのかもしれなかった──。

*     *

 たまに街を歩くとこれだから、と、彼は内心溜息をつく。
 新参者はものを知らなくていけない。
 覚めた目で見渡す視界に映るのは、三人の軍服姿の男。見れば一目で下級兵士だということは分かる。
 布地のくたびれ方から判断すると、おそらく先日、この街にある基地に転属してきた兵士たちの一員なのだろう。
 人気ない裏通りの壁際に獲物を追い詰めたことで、勝利を確信したらしい。共に下卑た笑みを浮かべている。
「おい、何とか言ったらどうだよ。ちょーっと金貸してくれって言ってるだけだろ?」
「それともびびっちまって、お口が利けなくなったのかなぁ?」
「こわくないでちゅよー。おこづかいさえくれたら、お兄さんたちは直ぐに行っちゃいまちゅからねー」
 口々に発せられる言葉を聞き流しながら、外出のタイミングが悪かったな、と、もう一度溜息をつく。
 ある意味、彼らに罪はない。長い戦争に誰もが倦み、荒んでいる。
 ましてや、こんな前線であればそれは尚更。
 分かっていたはずなのに、こんな新参者が街中をうろうろしている時期に、うっかり外へ出てきたのが間違いなのだ。
 だから、あえていうなら、互いに巡り合わせが悪かった。それだけのこと。
 ……仕方がない、と体内に力を溜める。
 面倒事は嫌いだったが、口先で相手を撃退するのもあまり愉快な話ではない。
 言葉よりも力を使う方が、いい加減、気が楽だった。
「おい、何とか言えって言ってるだろ!?」
 そして、荒っぽく伸ばされた腕を振り払おうとした、その時。

「お前たち、そこで何をしている!?」

 よく通る声が、薄汚れた路地に響き渡った。
 男たちの肩越しに見えた、その声の持ち主は。

 ───蒼。

 思わず目を奪われる、首筋で一つに束ねた長い髪。
 カーキ色の士官用軍服を着込んだ、隙のない立ち姿。
 逆光ではっきりと顔立ちは分からないが、かなり見目良いことは何となく分かる。
「民間人への危害は軍律違反だと分かっているだろう!」
 凛と響くその声も、ひどく耳に心地いい。
「……やべぇな」
「いや、でも一人だぜ。他に目撃者が居るわけじゃなし……」
「さっさとやってずらかるか」
 ひそひそと小声でささやき交わし。
 三人の兵士は、さっと身構えた。
 ある程度は戦場経験を積んでいるのか、それなりに隙がない。
 けれども、無駄だな、とその背中を見ながら内心で呟く。
 彼らの目の前に立つ士官は、只人ではない。それを見分けられないのは、おそらく彼らの気が立っているからだろう。
 ───こんなにまでも、青年士官の気配は常なるものと異なっているのに。
 ああ、でも、と考え直す。
 この近距離で自分の本質にさえ気付かなかった連中なのだから、分からないのも仕方がないことなのかもしれなかった。
「未遂なんだろう。黙って立ち去るのなら見逃してやるが?」
 戦意をあらわにした兵士たちに、冷ややかなほどの無感情な声が告げる。
 が、長身とはいえ、どちらかといえば細身な青年士官相手に、腕自慢らしい図体の兵士たちが退くはずもなかった。
 もちろん、たとえ所属が違えど上官に手を上げたら、懲罰房行きどころか下手したら軍法会議ものになる。が、実際には目下のものに殴られたなどという、みっともない話を公にする士官は滅多にいない。いやしくも軍人であるのなら、各々で決着をつけるべきこと、というのが軍隊の不文律なのだ。
 だから、そういう反応を士官の方も予測していたのだろう。
 軽く溜息をつき、その一瞬の後───。
 身構えていたはずの三人の兵士は打ち倒され、路上に転がっていた。
 風になびいた長い髪がさらりと元通りに流れ落ち、そして彼はこちらを振り返る。
「君、何か危害を……」
 言いかけて。
 わずかに驚いたように、小さく目が見開かれた。
「君は……稀人(キジン)か」
 その言葉に、かすかに微笑みを返した。



 稀人──時には、鬼人、忌人とも表記される異能者。
 常人離れした身体能力を持つ身体型、電脳並の思考能力・演算能力を持つ頭脳型、そして治癒や予知、精神感応などの特殊能力を持つ特殊型の三タイプに分類され、複合した能力を持つものは稀である。
 その能力は遺伝することなく、約八百万分の一の確立で乱数的に発生し、分布も大陸全体にわたるが、全般的に寿命が極端に短く、常人の平均寿命の半分も生きない。生殖能力も低く、特に強力な能力を持つものほどそれらが顕著だった。
 稀人の発生は、かつて月から降りてきて、人類と混血し同化した月人の遺伝子の発現が原因であるともいわれるが、確かなことは未だに分からない。ただ、共通する因子が稀人の遺伝子に含まれていることだけは、研究者たちも認知している。
 常人離れした彼らの能力は、特に大陸西方において忌まれることが多く、いわれなき迫害を受けることも大陸史上、度々だった。
 彼らの一番の悲劇は、たとえ稀人であることを隠し一般人に紛れ込もうとしても、彼ら独特の存在感は、白い鳥の群れに黒い獣が紛れ込んだように目立ってしまうことだろう。
 普通ではない、と誇示しているようにさえ感じられるその存在感がために一般人からの反感を買い、地域社会から疎外される場合も多く、その結果、西方の稀人の多くは都市の貧民窟に居住している。
 しかし東方では、稀人に対しては比較的寛容で差別も少なく、常人と変わらぬ生活が送れる地域もさほど珍しくない。これは、伝説で月人が最初に降臨したとされる土地が東方にあることが、大きく影響していると考えられている。
 が、やはりその異能力のために、平穏に生きるよりも軍隊及び傭兵組織、犯罪組織等に所属して生きることを選ぶものも多い。
 その常人を超えた能力を持って生まれたがために西方では「呪われた民」と呼ばれることもある、大陸史上の受難者たち。
 それが、稀人と呼ばれる存在だった。



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