真夜中の神話

(……あれ?)
 ここはどこだろう、と綱吉は思った。
 何もない空間、というよりも周囲に広がっているのは、ただの闇というのが一番正しいだろう。
 真っ暗で一筋の明かりさえない。その中に綱吉は一人きり立っているのだが、しかし何故か、暗闇の中で自分の体だけは見えている。
 手も足も、まるで発光でもしているかのように、くっきりと捉えることができるのに、その足の下、自分が立っている足元はというと、ひたすらに真っ黒で何も見えないのだ。
 靴底の裏の感触からすると平らなようではあるが、それが地面なのか、人工物の床なのかも分からない。
(夢、かな?)
 この場所は普通じゃない、という結論に達すると同時に、半ば諦めと共に綱吉は小さく首をかしげた。
 こういう夢と認識して見る夢の回数は、最近では珍しいことではない。
 『明確な』夢が増えたのは、正確には、黒曜中学に潜入していた六道骸の一味と争った直後からで、リボーンに言わせると、ボンゴレの超直感が目覚めたゆえだということだったが、こういった予知夢とも何ともつかない夢は、目覚めた後、何かの助けになることよりも判断に悩まされることの方が多いため、綱吉としてはあまり歓迎していなかった。
 が、本人が歓迎していようといまいと、夢は何の遠慮もなく、勝手に訪れては綱吉の思考と心理をかき回してゆくのであって。
(何にもない、なぁ)
 くるりと周囲を見回してみるが、やはり何も見えない。純粋な黒が広がっているばかりで、音も聞こえない。
 しかし、その割には恐怖感も沸いてこないのだ。
 何だろう、と綱吉は思う。
(なんか……海の底みたいだな)
 無論、綱吉は海の底になど行ったことはない。そもそも水泳自体が苦手なのだから、スキューバダイビングに憧れたこともないし、この先やる予定もない。
 けれど、無音で、それなのに閉塞感のない不思議なこの空間は、いつか映像で見た深い海の底に似ているような気がして、綱吉は何となく水面を仰ぐように上方を見上げた。
(光も、星もない)
 天上もまた、闇に覆われたままだった。
 だが、それでもやはり恐怖は湧かず、ぼんやりと暗闇を見つめていると、自分が泳いでいるような漂っているような奇妙な気分になってくる。
 そして、そのまま何分が過ぎたのか、あるいは数秒も経っていないのか。

「どこを見てるんです?」

 不意に声が降ってきて、綱吉ははっと我に返った。
「……骸?」
 大して驚きもせずにその名を呼んだのは、そうではないかという気がしていたからだ。
 この暗闇は……深い海の底に似た空間は、以前に見た同調夢に似ているような気がしてならなかったから、そこに彼が居ても驚く理由にはならなかった。
「久しぶりですね、ボンゴレ」
 果たして呼びかけに応えるかのように、ふわりと闇が形を取る。
 否、闇が凝(こご)って光に転じるかのように、骸の姿が綱吉から2メートルほど離れた位置に浮かび上がった。
 綱吉と同じように、まるで彼自身が発光しているかのように髪の流れる様までくっきりと見て取れる。
 けれど。
「むく、ろ……?」
 相手が誰だか分かっているのに、問いかけるような口調になったのは、その姿は綱吉が見知っているものとは異なっていたからだった。
 まず、身長が違う。
 髪の長さも違う。
 けれど、目の色は同じ。
 禍々しく輝く深紅の右目と、深く愁(うれ)いて沈んだ蒼の左目。
 そこにいるのは、間違いなく十年後の六道骸だった。
「……クロームは、十年前のクロームなのに」
「彼女は彼女、僕は僕ですよ」
 綱吉の呟きに、骸は、く、と彼独特の口の端だけで笑う微笑を見せる。
「リングを持っているのは十年前のクロームだったから、彼女が呼ばれた。そして、リングがあるのに、僕まで十年前から召喚される必要がありますか?」
「……そりゃそうだけど」
 言われて見れば、確かに理屈は通る。
 それに考えてみれば、復讐者の牢獄、それも最下層に封じられているという骸に十年バズーカを当てるのは、世界最強のヒットマンを自称するリボーンでもおそらく不可能な難問だろう。
 が、自分の考えの至らなさを差し引いても、骸の物言いには、どうもこちらを小馬鹿にしている気配が含まれているように感じるのは、自分の被害妄想だろうか、と綱吉は思う。
 とはいえ、骸との間にはこれまで色々とあったが、綱吉は決して骸が嫌いではなかった。というよりも、嫌いになれなくて困っている、という方が正しい。
 かつて、彼の残酷な傲慢さに許せないと思ったことは事実であるが、それでも彼の過去や、黒曜の仲間、クロームに対するやわらかな感情を垣間見てしまうと、もはや彼を憎むことは難しかった。
「あ、クロームといえば、大変だったんだぞ! 何やってるんだよ、お前……!」
 クローム、という名前で、はたと現実を思い出し、綱吉は骸を見据える。
 昼間、突如として容態が急変したクロームは、雲雀の導きとリングの力によってどうにか持ち直したものの、余談を許さない状態であることには変わりない。
 そして、クロームの容態の急変──幻覚で創られた内臓の喪失は、そのまま彼女の主である骸の異変を意味していた。
 だが、
「おや、僕の心配をしている余裕があるんですか?」
 骸は涼しく笑って、綱吉の険しい表情を見つめ返す。
 そして、肩に零れ落ちた長い髪を、さらりと後ろへ払った。
「クロームのことは心配ありません。あれでいて、彼女は強い娘です。──そして僕もね」
 骸がまなざしを上げた途端、それが何かの合図であったかのように周囲の闇がざわめき始める。風のように、あるいは風に払われる霧のように。
 ゆらりと巻き起こり、そして一気に強まる圧力に髪が乱されて、思わず綱吉は目を閉じる。
「そろそろ時間のようですね。ちょうど君の方も呼ばれているようです」
 暴風にさらされているようなのに、風の音は聞こえない。代わりに、骸の声がくっきりと届いた。
「そう心配せずとも、近いうちに会えますよ。沢田綱吉君」
 最後に、Arrivederci、といつかも聞いた別れの言葉を綱吉の耳に残して、急速に骸の気配が遠ざかる。
 そして自分は真っ直ぐに立っているのか、吹き飛ばされたのか、奈落に落ちたのか。
 荒れ狂う圧力に平衡感覚を失った綱吉の意識は、たちまちのうちに闇に飲み込まれた。

*               *


「……目、十代目!」
 そうっと優しく肩を揺すぶられる。その感覚に、綱吉の意識はふわりと浮上した。
「んー…」
「こんなとこでうたた寝したら、風邪引いちまいますよ。お疲れなのは分かりますけど、一度起きて下さい」
「……獄寺、君?」
「はい、俺です。十代目」
 ぼんやりと目をしばたたくと、天井の照明を受けて光る銀灰色の髪が視界に映った。
 次いで、煙ったような灰緑の瞳が覗き込んでくる。
 よく見るまでもなく、その瞳が気遣うような温かな色を含んでいることに、うたた寝から覚醒したばかりのぼやけた頭ではあったが、綱吉は気付いた。
「あー。骸の言ってた『呼んでる』って、獄寺君のことだったのかな……。すごい風だったし……」
 あれ、あれは風ではなかったのかな、音はしなかったし、とぼんやりしたまま呟くと、耳ざとくそれを聞き取った獄寺は穏やかだった表情を一変させて、眉間に深いしわを刻み込んだ。
「骸? あいつが何かしたんですか、十代目」
「ああ、ううん。違うよ。何もしてない」
 お馴染みの獄寺の表情に、彼がまた先走りかけていることを察して、綱吉は否定しながら体を起こす。
 そして、改めて周囲を見てみれば、自分がいるのは仲間が集まる時に使う談話室のソファーの上だった。
 昼間のクロームの容態急変の騒ぎが原因だろう。夕食と入浴を済ませた後も、何となく気持ちが落ち着かずにこの部屋に来て、この場所でぼんやりとしていたのは覚えている。
 どうやらそのまま眠ってしまったらしい、と思いながら綱吉は獄寺を見上げた。
「今、何時?」
「今ですか? えーっと……十一時を回ったとこですね」
「え、もうそんな時間なんだ」
 談話室に来たのは九時頃だったと記憶しているから、二時間近くも眠ってしまったことになる。
 おそらく獄寺は、こんな時間になっても同室の綱吉が戻らないことを心配して、探しに来てくれたのだろう。
「ごめんね、俺のこと探しに来てくれたんだよね」
「いえ、あ、それはその通りですけど、十代目が謝られるようなことじゃないっスよ」
「でも、獄寺君も疲れてるのに」
 パジャマ代わりのTシャツを着た獄寺は、よく見るまでもなく傷だらけだった。顔にも手腕にも絆創膏やガーゼが貼られ、満身創痍といってもいい。
 そういう綱吉も全く同じ状態で、連日続けられている過酷な修行のために、山本をも含めて三人とも全身はボロボロになっている。
「俺は平気っスよ。頑丈にできてますから」
 案じるようなまなざしを向けた綱吉に、しかし、獄寺はいかにも平気そうな笑みを見せた。
 けれど、ことファミリーや綱吉に事態が絡むと、異様に責任感が強くなる彼のことである。おそらく雲雀とラル・ミルチの二人がかりで追い込まれている自分以上に、獄寺は自らを追い込んでいるのだろう、と綱吉は思う。
 だが、獄寺がリング戦時のように目にあまる無茶をしていれば、その時は綱吉が止める必要があるが、今はまだそうではない。
 ビアンキのことは相変わらず避けているようだが、それでも獄寺は彼なりに何かをやっていて、彼自身を追い込んではいるものの、焦って我が身を痛めつけるような真似をしているわけではない。そのことは、いま目の前にいる獄寺を見れば分かる。
 だから、
「今は俺たち皆、無理をしなきゃいけない時だけど。無茶はしないでね、獄寺君」
 とだけ言って、綱吉はソファーから立ち上がった。
「部屋に戻るよ。君も戻る?」
「はい、勿論です」
 それじゃあ、と綱吉は歩き出して、獄寺もすぐ後に従った。
 談話室は作戦室と同じフロアにあって、寝室や大浴場のある生活フロアとは階層が違うものの、階段部屋が近いために大した距離ではない。
 だが、もともと巨大な器に反して両手で足りる人員しか居ないアジトであるから、周囲はしんと静まり返っており、二人分の足音だけが照明の乏しい通路にひたひたと響く。
 その雰囲気は、ゾンビが次から次に出てくる某有名シューティングゲームにどこか似ていないでもなかったが、一人ではなかったから、綱吉は薄暗さにも足音にも怯えは感じなかった。
 それよりも、と隣りを歩く獄寺に話しかける。
「あのね、獄寺君。俺、さっき君に起こされるまで夢を見てたんだ」
「夢っスか?」
「うん。……といっても、本当に夢だったのか、良く分からないんだけど」
「?」
 綱吉の言葉に、獄寺は素直に、さっぱり分からない、という顔になる。
 その表情に少しだけ綱吉は笑みを感じたが、彼を困惑させる気はなかったから、もったいぶらずに続けた。
「俺、夢の中で、骸と話をしてたんだよ」
「え!?」
「骸って言っても、俺たちの知ってる骸じゃなくて、十年後の骸。背も伸びてたし、髪も後ろが長くなってた」
「それは……」
 ごくりと獄寺が息を呑むかすかな音が聞こえた。
「うん。多分、本物の骸だと思う。俺の勘だけど……」
「十代目が本物だと思われたのなら、間違いねーですよ。あいつ、何か言ってたんですか?」
「ううん、大したことは何にも」
 改めて短い会話を思い返しながら、綱吉は首を横に振った。
「ただ、自分のこともクロームのことも心配しなくていいって言ってた。で、近いうちに会えるって」
「そうっスか」
 獄寺の相槌は、溜息をつくようでもあり、忌々しげでもあり、無事なら最初から心配させるなとでも思っているのが丸分かりで、綱吉は小さく微笑む。
 と、ちょうど自分たちの部屋にたどり着いて、綱吉は獄寺が開けてくれたドアに、素直に礼を言って部屋の中へと入った。
 二段ベッドと二台のデスク、それだけしかない宿舎は、間取り自体はゆったりしている分、どこかの合宿所のようで殺風景極まりない。
 だが、自宅に帰れない今、ここは綱吉たちが安心して眠れる唯一の大事な仮の宿だった。
「獄寺君」
「はい?」
 ドアを閉めた後、彼自身の荷物を広げたデスクの傍で、ボンゴレリング以外のアクセサリーを外していた獄寺に呼びかけると、すぐに彼は返事をして振り返る。
(──あ、振り返ってくれた)
 別に今に限らず、何に集中していようと、獄寺が綱吉の言葉を無視することは絶対にない。
 だが、そうと分かっていても、自分の言葉が無視されない嬉しさは、そのまま綱吉自身が意識していない笑顔となって、獄寺に向けられた。
「君が言ってくれた通りだったね。骸は大丈夫だって」
 が、獄寺が目をみはって、それから照れたように視線をそらした理由が、自分の笑顔にあるとは露ほども思わず、単に自分が褒め言葉に類することを口にしたせいだろうと解して、綱吉は続けた。
「今日の昼間ばっかりじゃないよね。獄寺君はいつも、俺が不安になった時に大丈夫ですよって言ってくれる。この十年後の世界に来た時もそうだったし、初めてラル・ミルチに会った時も」
 獄寺自身、何も分からず不安であったはずなのに、彼が綱吉の不安や恐怖を煽るようなことを口にしたことは一度もない。
「俺、優柔不断だから、獄寺君がそう言ってくれると、本当に大丈夫なんじゃないかって気になれるんだよ」
「十代目……」
「何だって上手く行くことより行かないことの方が多いってこと、俺は知ってる。ずっと駄目ツナだったから。でも、上手く言えないけど……君が言ってくれるみたいに、大丈夫だって、何とかなるって思ってれば、本当に大丈夫になるんじゃないかって、最近思えてきたんだ」
 もちろん、獄寺一人のおかげではない。
 リボーンや山本、笹川兄、雲雀、京子やハル、ランボにイーピン、その他にも大勢の人が自分を支え、助けてくれたからこそ、ようやくそう思えるところまで自分はたどり着いたのだ。
 そして今、この瞬間に目の前にいるのは獄寺だった。
 他の人々にも、また機会がある時にお礼を言いたい。だが、今は獄寺に感謝を告げる時だった。
「ありがとう、獄寺君。いつも俺を励ましてくれて」
「──十代目!」
 だが、ありがとうと告げた途端、獄寺が強い声で綱吉の言葉をさえぎった。
「すみません、俺のことを認めて下さるのは嬉しいです。嬉しいですけど、そこまでにして下さい……!」
「へ?」
「これ以上は、俺の心臓が持ちません……っ」
 珍妙な訴えに、改めて獄寺を見てみれば、Tシャツの心臓の辺りを握り締めてうつむいた獄寺の、零れ落ちる髪の間から覗く顔は真っ赤だった。
 無論、耳も同様に、これ以上は赤くなれないというくらいに赤い。
 どうやら盛大に照れているらしい、と理解すると同時に、綱吉は獄寺の照れっぷりにおかしくなる。
 こんな自分の──駄目ツナからの感謝に、こんなにまでも感激して照れまくる人が、世界中に一体何人いるだろう。
 山本だって、いやー照れるなサンキュ、で済ませてしまうだろうに。
「そんな感激するようなことじゃないよ」
「いえ、感激することです! もったいないです!!」
「大げさだなぁ」
「とんでもない、全然足りないくらいですよ!! 俺、本当に本当に嬉しいんです!!」
 そう言った獄寺の顔は、本当に必死だった。
 今の気持ちを自分に伝えたくて、必死になっている。
 真っ直ぐに向けられた灰緑の瞳の曇りのない強い輝きに、綱吉がそんな獄寺の思いを悟った途端、感じていたおかしみが、胸の中心から湧き上がった温かいものに追いやられて淡雪のように消え失せる。
「……うん。獄寺君が喜んでくれたんなら、俺も嬉しいや」
「喜んだなんてもんじゃないですよ! 嬉しさで心臓がはち切れそうです」
「……それを言うなら、胸がはち切れそう、じゃないの?」
「いいえ、心臓ですよ。今すっげーバクバクいってますもん」
「そ、そう?」
 今こんなところで心臓麻痺を起こされても困るんだけど、と思いながらも、綱吉は獄寺の珍妙な表現のために真剣に心配しきれず、つい微笑んでしまう。
 それを見て、獄寺もまだ赤い顔のまま、へへっと笑った。
「ありがとうございます、十代目。でも、俺、もっと強くなりますから。何があっても十代目を支えられるように」
「──うん」
 獄寺の言葉は、綱吉にとっては微妙な表現だった。
 獄寺や他の仲間たちに支えられてきたのは、今、綱吉が認めたばかりの事実であって、否定すべきものではない。
 けれど、と綱吉は思う。
 一方的に支えられるばかりなのは、嬉しくない。
 与えられるばかりでなく、自分も返したいのだ。だからこそ、先程も獄寺に感謝を告げたのであって、ご褒美をあげるようなつもりで、ありがとうと言ったわけではない。
 だから、綱吉もまっすぐに獄寺を見上げた。
「でも、俺ももっと強くなって、君や皆を支えるから。皆で頑張るんだよ。誰か一人だけがじゃなくてさ」
「十代目……」
 今度は獄寺が目をみはる番だった。
 そのいつもより少しだけ翡翠色を増した灰緑の瞳に、すうっと自分の言葉が染み透ってゆくに気付いて、綱吉は不思議な気持ちで見つめる。
 もしかしたら、自分の言葉はいつも、こんな風に獄寺の中に染み透っていたのだろうか。
 と、その色合いの美しさに見惚れていた綱吉の目の前で、獄寺はふわりと笑った。
「俺、やっぱりすっげー嬉しいです。十代目みたいな方の傍に居られて」
「……え?」
「十代目の言う通りっスよね。世の中には一人じゃできないことも、沢山あるんです。そのことに、俺もやっと最近、気付いたんですよ」
「獄寺君……」
「十代目が居て、俺が居て、あいつらがいて……。それが大事なんだってこと、やっと俺、分かったんです。それもこれも、全部、十代目とお会いできたおかげです」
 そう告げる獄寺を、綱吉はどこか不思議な気分で見つめた。
 だが、今の獄寺の表情には、かつてのどこかすさんだような一匹狼の面影はどこにもない。
 そして、彼が本心から言っていることは、綱吉にも十分過ぎるほどに伝わってきて。
「獄寺君」
 じわりと喜びに似た熱が、綱吉の中に生まれる。
 しかし、次の一言でそれは霧散した。
「でも、やっぱり守護者の中の一番は俺っスから。ヒバリも山本も目じゃねーですよ。それだけは絶対に譲れません!」
 たった今までの真摯さはどこへやら、そう言いきった獄寺の顔は、まるで自信満々のやんちゃ坊主のようで、思わず綱吉は笑い出す。
「あーもう、君って変わんないよね」
「そんなことないっスよ! 俺は日々進化してるんですから!」
 獄寺がそんなことを至極真面目に言うから、更に綱吉の笑いは止まらなくなる。
 獄寺の方は、なぜ綱吉が笑っているのか理解できないようできょとんとしていたが、それでも綱吉が笑っているのは、右腕を自認する彼には悪いこととは感じられなかったらしい。
 彼もまた、どことなく楽しい気分になったようで、綱吉がようやく笑いを納めて顔を上げたときには、獄寺は綱吉にだけ向ける表情で微笑っていた。
 何となく楽しいような温かいような気分が二人の間に流れて、二人はどちらともなく、へへっと半ば照れたような笑みを零す。
 そして、ふと視線をずらした綱吉は、時計の針の位置に気付いて、あ、と声を上げた。
「もう十一時半だよ、寝なきゃ!」
「ああ、そうっスね」
 綱吉の指摘を受けて、獄寺もヤバイという顔になる。
 これがたとえば普通の週末の夜あたりであったなら、もっと夜更かししてあれやこれやと楽しくしゃべるところだが、今はそんなのんきな事をしていられる状況ではない。一分でも長く体を休めなければ、明日も続くしごきに耐えることは到底不可能だった。
 慌てて二人共に寝支度を整えて、綱吉が二段ベッドの上段に上がり、布団の中に落ち着いたところで獄寺が電気を消す。
「それじゃ、おやすみなさい。十代目」
「うん、おやすみ」
 その言葉の後、獄寺が下段のベッドにもぐりこむ小さな音と軋みが綱吉の五感に届いて、それが静まったところで綱吉は目を閉じる。
 緊迫感と不安に満ちた状況であることは、今日も明日も変わらない。
 けれど、先ほど獄寺も感じていただろう楽しいような温かいような気分は、今も綱吉の胸の辺りに残って、疲れ切った体をほんのりと温(ぬく)めてくれる。
 もし今夜、また夢を見るとしても、きっと今度は皆で笑っている楽しい夢に違いない。そう思いながら、綱吉はやわらかな眠りの中に落ちていった。

End.

そしてツナに忘れられる骸……。
所詮は獄ツナです。骸スキーさんごめんなさい。

骸ツナも、うっかり手を出したらハマりそうなカプなので、見ないように自重しているものの一つです。
何となく、骸にとってツナは『夢』のような存在の気がします。
うんと遠くできらきら光っていて、決して自分の手には触れないもの。触れることが可能であるべきではないもの。
対して、クロームと犬と千種は『現実』。傍に在って、いつでも触れられるもの。触れるべきもの。
獄ツナとはまた別の意味で、骸ツナは『光と影』だと思います。

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