I am.

4.

 十二月に入り、年の瀬が近づくに連れて、町の人々の態度が微妙になってくるのを、隼人は少しばかりの困惑を混ぜた気分で感じ取っていた。
 理由など考えるまでも無い。この町の住人は、ほぼ全員、隼人の母親がクリスマスに死亡したことを知っている。それも、ただの死に方ではなく、不幸にして限りなく痛ましい死だったことを。
 それを知っているから、誰もが隼人に対して口数が少なくなり、さりげなくクリスマスの話題を避ける。町の家々にはクリスマスリースやツリーが飾られ、子供たちがこづかい稼ぎに近くの森からヤドリギの枝を手折って花屋に届けているにもかかわらず。
 俺の事情には構うな、と幾度か言葉にして言ったものの、純朴な田舎の人々は、若い顔役──望むと望まずとに関わらず、隼人の立場はそういうことになっている──に対する敬意と哀れみを込めて、隼人の前だけではクリスマスを心待ちにする態度を顕わにしようとはしなかった。
 それでも、カテーナの町は日を追うごとに赤や緑、金色で飾り付けられてゆき、子供たちはもちろん、大人たちの表情もいつになく明るく華やいできている。
 それでいいのだ、と隼人は思っていた。
 隼人自身は、洗礼は受けているものの心理的には無神論者であり、聖誕祭などどうでもいいと考えている。ただ、母親の命日ということだけは十五年前から常に意識の底にあり、それを忘れたことはなかった。
 だが、それを覚えているのは自分だけで良いのだ。この町の住人までもが、亡きドンの愛人の死を思い出して暗くなる必要などない。
 そう思うからこそ、日毎にホテルの窓から見える古い町並みが精一杯華やかに彩られてゆくのを、静かなまなざしで見つめていた。




 クリスマス・イヴは、底冷えのする一日となった。
 どんよりと重苦しい雲が上空を多い、氷雨は朝のうちに上がったものの、エトナ山からの冷たい季節風が町を吹き抜ける。
 それでも人々は晴れ着を着て教会のミサに出かけてゆき、その後は家族でクリスマスの晩餐を楽しむ。
 そんな昔から変わらない田舎町のクリスマス・イヴの風景を、隼人はやはりホテルの窓から眺めていた。
 ミサに行く気はなかったし、クリスマスを共に過ごす家族も無い。カソリックにとっては最大のイベントではあっても、全て隼人には無縁だった。
 ただ、それでもホテルのオーナー夫妻が招待してくれた晩餐には、少しだけ考えた後に同席すると伝えてあった。
 彼ら二人は、おそらくこの町で一番、隼人の母親に近しかった相手であり、また最も彼女の死を悼んでくれた二人だっただろうから、今夜という時を共に過ごすことに抵抗は無かった。
 だが、今はまだ日が暮れたばかりで、晩餐まではいささかの時間がある。他にすることも無し、と隼人は午前と午後に引き続き、書類の相手をしていた。
 クリスマス・イヴとクリスマス当日は役所も休みであり、当然、新しい書類も陳情も届かない。逆に言えば、重要度が低いため後回しにしてあった書類に目を通すには絶好の二日間でもあった。
 今はまだ、ありとあらゆる陳情が市長宛にではなく、隼人宛に届く。ボンゴレに資金支援を仰がなければならない問題、町だけでどうにかできる問題、町の今後をどうするかを提案する投書……。
 だが、それも春が来るまでのことだ。春になれば、隼人のカテーナでの役割は終わる。その後、この町に留まり続けるという考えは、隼人の中にはなかった。
 自分が居なくなった後のことも、そろそろ考えておかねばならないな、と書類に決裁のサインを入れながら物思いにふける。
 残り三ヶ月もあれば、この町の将来に向けて、ある程度の道筋をつけることは出来る。あとは、それを推進してゆけるだけの人材と組織を育てなければならない。無論、実際にその組織がまともに機能するには三年くらいは熟成時間が必要になるだろうが、ひとまずの人選だけは済ませておくのが隼人の果たすべき責任だった。
 そこまでしておけば、自分は本当にこの町を立ち去れる。全て過去のことにしてしまえるのだ。
「───…」
 そう考えて、隼人は溜息と共に万年筆を置いた。
 三ヶ月前にボンゴレの脅しに屈する形でこの町に戻って以来、隼人はこの町のために働き続けている。
 この町に戻って来たくはなかった。それは本当のことだ。現に、今も毎日、少しだけ息苦しい。
 事あるごとに父親の顔がちらつき、一目見たきりの母親の死に顔が脳裏を横切る。
 だが、それでも父親が君臨していたこの町を守るために働いている。
 だから最近は、少しだけ自分の心が分からなくなりつつあった。
 父親を憎んでいた。それは本当だ。
 しかし、この町を──この町の人々までをも憎んでいたのかどうか。
 答えは───。
「Noだよな……」
 この期に及んで、この町などどうにでもなればいいと嘯(うそぶ)けるほど、もう青くはない。
 だが、この町にずっといたいかと問われれば、その答えもまたNoだった。
 この町にいると、嫌でも両親のことを考えてしまう。
 幸薄く死んだ母親のことを……十五年前のイヴの夜、自分があの大広間のバルコニーに顔を出していれば、彼女が死なずにすんだのではないかということを。
 そして、そんな状況に彼女を追いやった父親のことを。
 いずれにせよ、隼人が両親のことを考える時に感じるのは、やり場のない怒りと憎しみと悲しみ、そして悔恨ばかりだった。
 そんなことを毎日考えていたら、それこそ自分の神経が参ってしまう。ボンゴレに与えられた半年という期限がこの町でまともに過ごせるぎりぎりの日数であり、それを超えたら鬱を病むのはまず間違いなかった。
 だが、三ヵ月後にこの町を立ち去ったら、もう二度と戻らない、と断言できるかと言うと、それも微妙だった。
 この町には、母親の墓がある。
 彼女の最期を今でも悼んでくれる人々がいる。
 だから年に一度くらい、そう、クリスマス・イヴくらいには戻ってきても良いのではないかと、そんな考えが最近は思い浮かぶようになっていた。
 戻ってきたところで、苦しさはその度ごとに蘇ってくるだろうし、死に顔しか知らない母親の墓の前に何度立っても、かけるべき言葉など思いつかないだろう。
 つまりは、この町に戻ってきたところで良いことなど一つもない。
 そうと分かっているのに、戻ってきても良いのでは、あるいは戻るべきなのではないかと思い始めている自分の心の動きが隼人には不可解だった。
「らしくねーな……」
 溜息混じりに呟き、立ち上がって窓の外を眺める。
 冬の宵は深さを増し、重苦しく雲に覆われた空の下、クリスマスの街明かりは星の光の代わりにきらきらと輝いている。
 おそらく今頃は、どの家庭でもクリスマスのご馳走と、とっておきのワインに頬をほころばせ、プレゼントに目を輝かせているのだろう。
 家を出てから十五年もの間、無縁だったそれらの光景は、今夜もまた自分からはこんなにも遠い。
 この町に戻ってくるまではそんなことは気にも留めなかったのに、こんな物思いが浮かぶのは感傷的になっている証拠に違いなかった。
 この町はとかく、隼人に色々なことを思い出させ、考えさせる。それはこの町を出たところで、振り切れるようなものではないと──結局のところは自分の内側に根ざしているものだということくらいは隼人にも分かっていたから、いっそうやりきれない。
「ルッジェーロ・ジェンツィアーナ、か」
 捨てたはずの名を苦く呟き、隼人は新しい煙草に火をつける。そして一口吸って、静かに紫煙を吐き出した。
 ルッジェーロ・ジェンツィアーナは、カテーナの町の支配者の息子であり、将来、父親の地位を引き継ぐことを約束された存在だった。
 だが、十五年前に父親に反抗して家を出た時から、その少年は何者でもなくなった。
 父親に与えられた名ではなく、獄寺隼人と名乗るようになったのは、家を出てから一年余り後、母親の素性を辿っていった先で、彼女の友人だったという女性から、「エリカは遠い親戚に引き取られた息子を『隼人』と呼んでいた」、と教えられたのがきっかけだが、では、『獄寺隼人』は何者か、と問われたならば、やはり空っぽの存在だった。
 野良犬のようにあちらこちらの町を彷徨いながら、家にいた頃に教えられた爆発物に関する知識を駆使して荒稼ぎをするうち、裏社会で少しずつ名を知られるようになり、十歳を幾つか越える頃には『スモーキン・ボム』の仇名も得たが、その中身が空虚だったことは誰よりも隼人自身が知っている。
 どこにも帰属せず、行く場所も帰る場所もなく。
 ただ日々を生きてきた。あるいは、生き延びてきた。
 『獄寺隼人』は、それだけの存在だ。社会にとっても誰にとっても、何の価値もない。
 十代の少年の頃は、憎い父親を見返してやろう、いつか復讐してやろうとまだ多少ガツガツしていたが、そんな欲望も年月を経れば擦り切れる。
 今の隼人は、爆弾魔として都合のいいように使われ、いずれは、どこかで無様にのたれ死ぬか殺されるか。そんな程度の存在であり、それ以上になろうとは、もはや隼人自身が思っていなかった。
 だが、この町に戻ってきて、否応無しに自分の過去と向き合う羽目になって。
 今更ながらに、自分は何者なのか、という問いが時折思い浮かんでくるのだ。
 ルッジェーロ・ジェンツィアーナの名は捨てた。
 では、獄寺隼人とは何なのか。
 結局は同一の存在であり、父親と母親を亡くし、帰る家も失った、ただの迷子なのではないのか。
 それは実に腹立たしい、苦い結論だった。
 だが、それを覆すだけの反論も、隼人の中にはない。そのことが隼人をいっそうやりきれなくさせた。
「……くだらねぇ……」
 自分の存在も、生き方も。
 父親やこの町に対する負の感情にこだわること自体が、もはや何の意味ももたらさないと心のどこかで分かっているのに、そこから抜け出せない。
 ただ父親を憎み、その無様な死を夢見ていた頃は、それが自分の生きる意味だった。
 だが、夢見た通りに父親が己の愚かさから死んだ今は、自業自得だと思いつつも、本当にそれが自分の望みだったのかどうか分からなくなっている。
 本当は自分はどうしたかったのか。
 父親に何を望んでいたのか。
 そして、どんな自分になりたかったのか。
 いずれにせよ二十歳を幾つも過ぎて、今更考えるようなことではない。だが、この年齢になって、はじめて考えられることなのかもしれないという思いも、かすかに脳裏を過ぎる。
 ともあれ、出口のない迷宮の中でただ一つ分かるのは、その答えを見つけ出さない限り、自分は何者にもなれないということだった。
 ルッジェーロだろうが隼人だろうが、今の自分は、空っぽの存在意義のないモノでしかない。
 そんなことは以前から分かっており、それでいいと思っていたのに、この町で日々を過ごすうちに少しずつ自分の中の何かが変わり始めている。
 否、もしかしたら、それは本当は変化ではなく、本質への回帰であるのかもしれなかった。
 獄寺隼人であり、ルッジェーロ・ジェンツィアーナでもある一人の人間として。
 何をどう考え、どう生きるのか。
 今更ながら、それを問われているように感じる。世界に、あるいは自分自身に。
「───…」
 堂々巡りのようになった思考に少し疲れて、隼人は窓際から離れる。
 そして短くなった煙草を消そうと、卓上の灰皿に手を伸ばした時、控えめなノックが響いた。
 続いて、ドア越しに中年女性の声が。
「お客様です。お通ししてもよろしいでしょうか?」
 客?、と隼人は眉をしかめる。
 クリスマス・イヴの夜にわざわざ訪ねてくる客などロクなものではないだろう。家族持ちなら、まず間違いなく自宅に居る日であり時刻である。しかも、いつものように朗らかなミランダの声に、わずかながら戸惑いが含まれているのも聞き取れた。
 だが、帰らせろ、と言うには、今の隼人は少々自分の立場や責任に縛られ過ぎており、溜息混じりに「通してくれ」と答えるしかなかった。
 よりによって今、訪ねてくるのだ。よほどに都合が悪いことが起きたのか、聖誕祭の加護を借りたいのか、いずれにせよ差し迫った事情があるのだろう。それを無碍にすることは、今の立場では許されない。
 諦めと共に返事した一秒後。
 ミランダとは全く違う、遠慮のない動きでドアが大きく開け放たれた。
 誰だ、と瞬間的に眉をひそめる。
 すらりとした若い女だった。赤みを帯びたストロベリーブロンドの髪を長くなびかせ、艶やかな黒革と白のファーを基調にした、田舎町ではまず見かけることのない派手な服装が、めりはりの利いた体型に良く似合っている。
 堂々と顔を上げ、まっすぐにこちらを見据える長い睫毛に縁取られた瞳の色は──銀。
 その瞳を見た瞬間に、隼人の中で一つの名前が閃いた。
「ビ…アンキ……?」
 呟いた名前に、女は微笑む。ひどく嬉しげに。
「ええ、そうよ。久しぶりね、ルッジェーロ。いいえ、今は隼人と呼ぶ方がいいのかしら」
 答えながら、ゆっくりと彼女は歩み寄ってくる。
 床は厚めの絨毯が引かれているために、ロングブーツのピンヒールの音は響かない。だが、その自分より年上の女の外見を、隼人はやや呆然と見つめた。
 隼人が覚えているのは十五年前の、まだ十一歳の少女だった姉の姿だ。
 裏社会の情報で、彼女が自分と同じく家を出て、フリーの殺し屋になったことは知っていたが、成長後の顔写真を見る機会はなかった。
 今、目の前にいる彼女には、確かに幼かった頃の面影がほのかに残っている。
 だが、くっきりとした目鼻立ちを際立たせる流行最先端の化粧といい、グラマラスな体型といい、小さくて可愛らしい蝶が、極彩色の孔雀に変身したようなものである。隼人の度肝を抜くには十分だった。
「随分と大きくなったわね。昔は私より小さかったのに」
 正面まで来ると、彼女の身長は獄寺の肩までしかなかった。女性としては低い方ではないが、しかし、美人の条件が背の高いことであるこの国では、少しだけ物足りないかもしれない。
 そして、自分よりも背の低い姉を、隼人は言葉もなく見下ろした。
 昔とは完全に目線が逆転している。この町の他の住人だって当然そうだったのだが、それについては、これほどの衝撃は受けなかった。
 身内との──家族との再会というのは、これほどのインパクトをもたらすものなのだろうか。それとも、こんな衝撃を感じているのは自分だけなのか。
 少なくともビアンキの表情からは、隼人が感じているような戸惑いも衝撃も読み取れない。彼女は、かつての彼女からは見たこともない複雑な感情を覗かせた、大人の女性の微笑を浮かべている。
「なんで……」
 どうして突然現れたのか、という疑問を込めた問いかけに、ビアンキは小さく首を動かした。長い髪がさらりと肩を流れ落ちる。
「リボーンが連れてきてくれたのよ。正確には、私のおねだりを彼が聞いてくれたんだけど」
「リボーン……さん、が」
「ええ。クリスマスのプレゼントに何が欲しいって聞かれたから、あなたに会いたいって言ったの。今も、外の車の中で待っててくれるわ」
「……ここに来てるってのか?」
「大丈夫よ、そんな顔しないで。ドン・ボンゴレの指示がない限り、あの人はあなたに向かって引金は引かないわ」
 隼人の顔に浮かんだ苦いものを読み取ったのだろう。ビアンキは微笑む。
 そして、隼人から目線を逸らして、隼人の肩越しに窓を見つめた。
 外は宵闇に沈み、室内に明かりがついているために、ビアンキの立ち位置からでは外の風景は殆ど見えないはずである。だが、その表情からは笑みが消え、代わりに裏社会で生きる人間特有の硬く、冷たい表情が浮かび上がった。
 そして、その表情のまま、ビアンキは口を開いた。
「最初聞いた時は信じられなかったわ。どうして戻ってきたの、隼人。こんな町に」
 少しばかり変わった口調にも、むしろ責めるような響きがあった。
 その響きに、この姉もこの町を捨てたのだと隼人は思い出しながら、苦く答える。
「好きで戻ってきたんじゃねーよ。どうせ経緯は聞いてんだろ」
「聞いたから言ってるのよ。どうなったっていいじゃないの、ジェンツィアーナも、この町も」
 思わず隼人は、姉の顔を見直す。
 だが、彼女の表情は本気だった。冷たく、硬く、瞳は冬空の星のようにきらめいている。
 その瞳で隼人を見据え、言った。
「私だったら絶対に引き受けなかったわ。絶対にこの町には戻らなかった。あなたが今ここに居なかったら、一生、この町にも足を踏み入れなかったわ」
「……なんで」
 甘い響きにもかかわらず、この上なく冷たい声に圧倒されるように、隼人は問い返す。
 まさか自分以外の人間から、自分以上のこの町に対する憎しみを聞かされるとは思いもよらなかった。しかも、その相手は実の姉なのだ。
「なんで、そんなに憎んでるんだ。あんただって大事にされてただろう。俺と同じくらいに……あんただって、『御館様のお嬢様』だったんだから」
 ましてや彼女は正妻の娘だった。隼人の出生事情を知っていた人間は、彼女の方をこそ尊重していたはずである。
 しかし、彼女は自分のファミリーもこの町も滅んでしまえば良かったと言っている。自分なら、この町を決して救わなかったと。
「簡単よ。お父様は私の大切なものを守ってくれなかった。だから、私もお父様が大事にしていたものなんて、絶対に守らないわ。隼人、むしろ私は、あなたの気持ちの方が分からないわ。お父様のせいでお母様を亡くしたのは、あなただって一緒なのに」
 お母様、という単語に隼人は反応せずにはいられなかった。
 ビアンキの言う母親とは、父親の正妻のことだ。隼人も八歳のクリスマスまで、実の母親だと信じていた女性。
 彼女もまた、十年ほど前に亡くなった。
 病死だったはずだが、そこには何らかの事情があったのだろうか。ビアンキが、これほどまで父親に対して憎しみを募らせるほどの何かが。
 見つめる隼人の前で、ビアンキは苛立たしげに頬に落ちかかる髪を後ろに払った。
「私のお母様が、病気で亡くなったことは知っているかしら?」
「……ああ」
「そう、なら話は早いわね。病気でお倒れになった後、お母様はずっとお父様を呼んでいたのよ。でも、お父様は一度もお見舞いに来て下さらなかった。新しい愛人に、また夢中になっていたの」
 いかにもありそうな話だと思った。
 父親の周辺に常に正妻以外の女の影があったことは、子供だった隼人も気付いていた。実の母親も、そのうちの一人に過ぎなかったからこそ、父親への憎しみが深さを増したことは否めない。父親が男として、せめて誠実に愛人に情をかけていれば、母親があんな死に方をすることはなかっただろう。
 だが、ビアンキの母親は正妻だった。正式に妻という立場にあるからこそ、不実な夫に対する愛憎も殊更に深かったのではないだろうか。
 そして、そんな父母を見つめていた娘──ビアンキの愛憎も、また。
 ふと浮かんだ、そんな思いを肯定するかのようにビアンキは言葉を続けた。
「病室のドアがノックされる度に、お母様は期待に目を輝かせて、お父様ではない人の姿を見る度に落胆して……。日に日に、生きようという気力が薄らいでゆくのが傍で見ていて分かったわ。私はお母様の傍にいたのに、何もできなかった。何度も何度も、お父様や秘書に電話を入れて、メッセージを書いたけれど、全て無駄だったのよ」
 心の痛みに耐えかねるように、ビアンキは右手を顔に押し当てる。
「最後の最後まで、お母様はお父様を呼んでいたわ。一番最後に呟かれた名前も……私の名前じゃなかった……」
 うつむいたビアンキの肩がかすかに震えるのを、隼人は声もなく見つめた。
 言われてみれば、遠い記憶の中にほのかに引っかかるものもある。
 まだあの城で家族と共に暮らしていた頃、義母は隼人に対しては全く愛情を示さなかったが、ビアンキを猫可愛がりしていたわけでもなかった。
 彼女はいつも、夫だけを見つめていた。
 家に居付かず、夜遊びが好きだった夫の帰宅を常に待ち、振り返ってくれるのを待つかのように、ひたすらに夫の後姿を見つめていた。
 美しい人だったとは思う。だが、今思い返しても、まだ三十を過ぎたばかりだっただろう彼女には明るさや潤いといったものがなく、まるで立ち枯れた薔薇の花のようだった。
 今なら分かる。あれは夫から愛情を注いでもらえず、しおれて枯れゆこうとしていた女性の姿だ。
 そして、そんな彼女の傍にビアンキは、いつも居た。
 父親を見つめる母親の横顔を、そっと見つめていた。
 彼女こそが、父親を見つめる母親と同じ瞳をして。
 でもビアンキは、母親は恨まない。母親が自分を見てくれる余裕を持たなかったのは、父親が母親を見なかったからだと信じているからこそ──あるいは、信じたいからこそ、全ての恨みと憎しみは父親へと向かう。
 そして、その感情は、父親が死んだ今も薄らがないのだ。
 かける言葉も見当たらず、隼人はただその場に立ち尽くす。
 だが、ビアンキは弟をいつまでも困惑の中に立たせてはおかなかった。
 気を取り直すように顔を上げ、髪を背中側に払う。そして、隼人を見上げた。
「お母様が亡くなった後、私はすぐに城を出たのよ。あるものだけ、お父様からいただいて」
 あるもの?、と隼人が聞き返す前に、ビアンキは黒革のショルダーバックを持ち上げて開け、中から何かを取り出した。
 カード様の白い何か。
 それを表を返して、執務卓の上に置く。
「お父様の書斎の机の中に、私のお母様の写真と一緒にあったのよ。もちろん、他の女性の写真もいっぱいあったのだけど、他は全部捨ててやったわ」
 傷(いた)まないようにプラスチック製のカードケースに収められた写真。二枚もあった。
 一枚は、長い銀髪の若く美しい少女が、金のトロフィーを手に微笑んでいる姿。
 もう一枚は、幾つか年齢を重ねたかつての少女が、生まれたての赤ん坊を腕に抱いて微笑んでいる姿。
 隼人はもう、声も出なかった。
「いつかあなたに会えたら渡してあげようと思っていたの。今日、私はあなたにこれを届けに来たのよ」
 そう告げるビアンキの声すら、どこか遠くに聞こえる。
 隼人は母親の写真を一枚も持っていなかった。古い新聞を図書館で調べた際に、この国際ピアノコンクールで優勝した時の写真は見たが、切り取ることもコピーすることもしなかった。
 ましてやもう一枚の方は、初めて見るものだった。
 病室と思われる明るい白い部屋の中で、赤ん坊を抱いた美しい女性が、この上なく幸福そうに微笑んでいる。
「裏を見て」
 ビアンキに優しい声で指示され、写真を裏返す。すると、そこには見覚えのある筆跡で、『199X.9.12. サンタ・エウラリア病院にて』と書かれていた。
 しばしその文字を見つめた後、また表に返す。
 そして、ただその写真に見入った。
 こんな風に、自分は母親の腕に抱かれていたことがあったのか。
 彼女が自分をこんな風に抱いて、微笑んでいたことがあったのか。
 写真の中の彼女は、コンクールで優勝した時以上に幸せそうで、満ち足りて輝いていた。
 ほんの一時であっても、自分の存在は彼女に幸せを与えることができていたのか。
 もしそうだとすれば、それは───。
「それから、もう一つ。あなた、自分が城を出ていった時のことを覚えている? 自分がどんな服を着ていたか」
「服……?」
「そうよ。あなた、綺麗な深緑色のセーターを着て出て行ったでしょう?」
 頭に血が上った子供の家出だったから、当然のことながら用意周到に準備ができていたわけではない。
 その日着ていた服の上に真冬用のコートを着て、手元にあった現金とキャッシュカード(すぐに限度額まで引き出して捨てた)、多少の身の回りのものをボストンバッグに詰め込んで飛び出した。
 今から思えば、実に無謀で無茶な家出だ。南イタリアとはいえ春まで凍死せずにすんだのは、幼いながらも裏社会の生まれとして多少の悪知恵が働いたことと、そこそこの現金があったおかげである。
 そんな無計画な行動ではあったが、何を着ていたかについては、実はきちんと覚えている。冬の夜の寒さをしのげたのは、そのセーターのおかげであったからだ。
 山のように詰まれていたその年のクリスマスプレゼントの中にあった、深緑色のアルパカのセーター。編み目の詰まったそれはふっくらと温かく、少しサイズが大きめで、翌年の冬まで隼人を寒さから守ってくれた。
 だが、それを自分が着ていたことを、何故姉が覚えているのか。それとも、自分の家出は、それほどまでにも姉にとっても衝撃的だったのだろうか。
 一瞬混乱しかけた隼人を、ビアンキの微笑が救った。
「あのセーターはね、あなたのお母様からのプレゼントだったのよ。あなたはちゃんと、お母様からの最後のプレゼントを受け取ったの」
「──え……」
 隼人は目を見開く。
 そんな弟を、ビアンキは遠く懐かしむような、いとおしむような瞳で見つめた。
「私も、あなたのお母様が送ったプレゼントを全部は知らないわ。あのセーターを知っているのは、たまたま、あなたのお母様が、プレゼントの箱を使用人に預けるのを見ていたから。それ以外に知ってるのは、七歳の誕生日のリストのピアノ曲集の楽譜くらい。あなた、すごく気に入って、絶対これを引けるようになるんだって頑張って練習していたわね」
「───…」
「他にもいっぱいあったと思うわ。うちの使用人は、あなたのお母様に同情している者が少なくなかったから、預かったプレゼントはちゃんと、他の人たちのプレゼントと一緒にあなたに届けられていたはずよ。皆、お父様を怖がっていたから、お父様の言いつけ通りに勝手口でプレゼントを預かるのが精一杯で、誰もお母様があなたに会えるようにはしてあげなかったけれど……」
 そう言い、ビアンキは少しだけ悲しげに微笑んだ。
「ごめんなさいね。あの頃、私がもう少し大人だったら、あなたのお母様のことも、どうにかしてあげられたかもしれないのに」
「…っ、あんたのせいじゃねえだろ……!?」
 思わず隼人は叫んでいた。
「何一つ、あんたのせいじゃねえ! あんただって精一杯だっただろ!? あの城の中で、あのクソ親父と母親と……!」
 そう、彼女もまた必死だったはずなのだ。
 自分を見ようとしない父親と母親との間で。
 ただ一人、あの年のクリスマスまで彼女を姉と慕っていた異母弟を失って、その後の彼女は一体どう過ごしていたのだろう。
 もしかしたらずっと悔やんでいたのだろうか。
 自分がもっと大人だったのなら、異母弟の母親があんな風に命を落とす前に何かをできていれば、と。
「あんたのせいじゃねーよ、ビアンキ! 頼むから、そんな風に自分を責めないでくれ。全部、あのクソ親父のせいにしときゃいいんだ!」
 思わず執務卓を回り込んで、彼女の正面に立ち、その細い肩を両手で掴んでいた。
 そして、その細さに愕然とする。
 別に病的というわけではない。ごく普通の女性らしい肩幅だ。だが、男の隼人にしてみれば折れそうにかぼそく、うんと華奢に感じられる。
 この華奢な肉体で、彼女もまた、家を出たのだ。
 隼人と同じように、父親への憎しみと母親への愛情に胸を焼きながら、どす黒い世界へ身を投じてしまった。
「──畜生…」
 今更ながらに、隼人は父親の罪深さを呪った。
 ビアンキは気性は激しいものの、この美貌だ。社交界の華となって、女王様のように振る舞うことも許されただろう。どんな男も望むままで、幸せな結婚もできただろう。
 父親があんなに愚かな男でさえなければ。
「隼人」
 優しい声と共に、ビアンキの細い指がそっと隼人の頬を撫でる。
「こんなに大きくなったのに変わらないわね。あなたは昔から、うんと突っ張っているのに優しい子だった。覚えてるわ。私が熱を出したり、お母様が寝込むたびに、あなたはお庭の花を摘んできてくれた」
「……ガキの頃の話だろ」
「今もよ。あなたはあなたのまま。ちっとも変わってない」
 そう言う彼女こそ、変わっていなかった。
 十五年経っても、身長差が逆転しても、姉弟は姉弟だ。隼人が何も知らなかったあの頃のまま、彼女は腹違いの弟を愛し続けてくれている。
「あんたは……最初から知ってたんだな。俺がクソ親父の浮気で出来たガキだってことも……」
「……ええ」
 ビアンキはわずかに目を伏せた。
「お母様はもちろん、あなたのことを良くは思ってなかったわ。……でも、私はあなたが可愛かったの。だって物心付いた時には、もう隣りに赤ちゃんのあなたが居たのよ? 少し大きくなって、あなたが私のお母様のおなかから生まれてきたんじゃないって分かった時には少し混乱したけれど、でも、だからって、あなたを可愛いと思う気持ちは変わらなかった。
 そうね、もっと成長して男と女のことが分かる年頃になってから、あなたが連れて来られたのなら、もう少し嫌悪とかそういうものも生まれたのかもしれないけれど。あなたが私の弟になった時、私はまだ三歳だったのよ」
 そう言い、もう一度隼人の頬を撫でる。
「あなたは私の弟で、たった一人の家族。それだけは、私たちが死んでも変わらないわ」
 間近で見る彼女は、本当に美しかった。
 甘い香りが鼻をくすぐったが、それは隼人に女性の体のやわらかさではなく、遠く懐かしい、根源的な愛おしさを思い出させた。
「隼人。あなたは外見はお父様に似ているけれど、中身は全然違うわ。親子だからって、あなたがお父様の影を引きずる必要はないのよ。あなたはあなたの心が望むままに生きて、誰かを愛せばいいの。私がそうしているように」
 愛、という言葉に、隼人は少しだけ戸惑う。
 隼人が感じたことのある愛は、実質的には、この姉からのものだけだった。実の母親の愛情は周囲の人々の言葉から感じ取ることしかできないものであり、彼女の腕に抱かれていた記憶は、思い出したくても思い出せない。
 否、家族以外から与えられた愛情も確かにあっただろう。
 隼人がこの町に戻ってきたのも、結局は幼い頃の思い出があったからだ。思い出の中の人々を見殺しにできなかったからだ。
 だが、それでもまだ、愛というものは隼人には遠く、慣れない感情だった。
 その戸惑いを見透かしたのか、ビアンキは小さく笑う。
「いいのよ。今は分からなくても、いつかきっとあなたにも分かるわ。いつか、誰かを本当に好きになった時にね」
 そう言う彼女の微笑みは、きらきらと輝いているようで、隼人は彼女には今、恋人がいることを思い出した。
 一体どういう経緯があったのか想像もできないが、この微笑といい、ここまで彼女を連れてきたことといい、あの尋常ではない殺気を持った男は、ビアンキにとってはきっと優しい恋人なのだろう。
 以前にドン・ボンゴレも言っていたではないか。リボーンは彼女を大事にしている、と。
「……あんたは今、幸せなんだな」
「ええ」
 隼人の確認に、ビアンキは何の躊躇いもなくうなずく。
「そうか。……なら、いい」
 隼人もうなずいて、ずっと触れたままだった彼女の肩から手を離した。
 そんな弟をやわらかなまなざしで見つめ、ビアンキは軽く伸び上がって、隼人の頬にキスを送る。
「Buon Natale, Hayato.」
「ビアンキ……」
「私はお父様を許すつもりはないし、お父様のものを守る気もないけれど、あなたがすることに口出しはしないわ。どこにいても、あなたの幸せを祈ってる。それは忘れないで」
「……ああ」
「それじゃ、また会いましょう」
 優美な動きで隼人から離れ、ドアに向かっていく。
 その後姿に向かって、隼人は、ビアンキ、と呼んだ。
「何?」
 肩越しに振り返った姉に、隼人は言葉を探して短く惑う。誰かに感情を伝えるのは、子供の頃から苦手だった。
 だが、言わなければならない。彼女はそれだけのものを今夜、届けてくれた。
 思い切って隼人は口を開く。
「……会えて、良かった。おふくろの写真も。……Grazie e buon natale.」
 言葉にすれば、たったそれだけだった。
 他にもっと言いたいこともあるような気がするし、その数倍の感情が胸の中で渦巻いている。しかし、彼女に対して口にできるのは、それが精一杯だ。
 そして、それは彼女も十分に承知していることだったのだろう。
「どういたしまして。Ciao.」
 輝くような魅力的な笑顔を残して、ビアンキは部屋を出て行く。
 そして一人部屋に取り残されて、隼人は執務卓に寄りかかり、大きな溜息をついた。
 全身の力が抜けるようだった。突然の再会に驚かされたことが一番ではあるが、他にも理由は色々ある。姉があれほど父親を憎んでいるとは思わなかったし、まさか母親の写真を届けてくれるとは思ってもみなかった。
 そして、もう一つ───。
「……家族、か」
 呟いて、母親の写真を手に取る。
 あの父親とこの母親から自分は生まれ、腹違いながらも愛してくれる姉がいる。
 どれほど切り捨てたつもりでいても、決して断ち切れない何か。それをこの夜に感じ取ってしまった。
 おそらく、幸せなことではあるのだろう。
 記憶にはなくとも、母親は自分に愛情を注いでいてくれた。最後の最後まで愛していてくれた。
 全てを踏みにじったのは、父親だ。
 あの父親は、家族の誰一人、愛人の誰一人として幸せにはできなかった。
 もしかしたら、あの男にも言い分はあるのかもしれない。女性に対して誠実になれなかった理由が、生まれ育った環境のどこかにあるのかもしれない。
 だが、現実としては、家族が誰一人幸せになれなかった。それが全てだ。
「クソったれ……っ」
 吐き捨てて、もう一度、赤ん坊の自分を抱いた母親の写真を見つめる。
 今の自分よりも若い。確か、二十歳だったはずだ。輝かんばかりの若さと愛情に満ち溢れて微笑んでいる。
 生きていてくれたら、と思った。
 彼女さえ生きていてくれたら、自分はここまで自分を見失わずにいられたのではないか。世間並みの息子のように、母親を喜ばせようと真っ当に生きる道を選べたのではないだろうか。
 毎日働いて金を稼ぎ、母親の誕生日やクリスマスには花束とプレゼントとケーキを用意して。
 彼女さえいてくれたら、そんな生き方もあったかもしれない。
 だが、彼女はもう居らず、自分も存在意義を見つけられないままだ。
 それでも、生き続けなければならないことだけは、この写真を見れば分かる。彼女が最期まで愛し抜いてくれたこの命は、自分の勝手で断ち切っていいものではない。
 それは重く、切ない現実だった。
 そのまま物思いに沈んでいた隼人の耳に、ノックの音が届く。ミランダだった。
「隼人様、そろそろ晩餐の用意が整いますが……」
「……ああ、分かった」
 十五年ぶりのビアンキとの再会を気遣ってか、彼女の表情はいつになく心配げに見える。
 大丈夫だと伝えたかったが、そのまま言っても上手く心情が伝わらないような気がして、隼人はただ、手にしていた母親の写真を彼女に差し出した。
「ビアンキが届けてくれたんだ」
「──まあ! エリカ様の……!」
 思った通り、彼女は目を丸くして写真に見入る。見る見るうちに、セピア色の瞳に涙が溜まってゆき、隼人は苦笑した。
「泣くなよ、ミランダ」
「泣きますよ! 泣かずにいられますか、こんなお幸せそうなエリカ様のお写真……!」
 鼻をぐすぐす言わせながら反論するミランダに、隼人は更に苦笑を深める。
 母親は幸薄い女性だったと思う。だが、自分がこれまで思っていたほどに不幸ばかりでもなかったのだろう。彼女の写真を見て、こんなにも泣いてくれる他人がいる。それは間違いなく、幸せであるに違いなかった。
「ミランダ、それに合う写真立てを見立ててもらえると嬉しいんだが……」
「ええ、ええ! 私で良ければ素敵なのを探してきますよ。銀色のがいいですね。小花があしらってあれば最高……!」
 隼人の頼みに、ミランダは頬を高潮させて拳を握る。
「このお写真、うちの人にも見せてもいいでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございます、隼人様。それじゃあ、お食事にしましょう。うちの人が食堂で、首を長くして待ってますから」
「分かった」
 うなずき、隼人は寄りかかっていた執務卓から離れる。
 そして、胸に写真を抱き締めたミランダと連れ立って部屋を後にした。

*            *

「お待たせ、リボーン」
「もう気は済んだのか?」
「ええ、ありがとう。ちゃんと伝えたかったことは伝えられたし、プレゼントも渡せたわ」
「そりゃ良かったな」
「ええ。……本当に大きくなってたわ。昔は私より小さかったのに」
「十代前半までは女子の方が成長が早いからな、余計にだろう」
「そうね。でも、中身は変わってなかったわ。負けず嫌いで、突っ張ってるけど、うんと優しい子なのよ」
「……甘っちょろい奴だとは俺も思ったが。ツナのあの程度の脅しで、あっさり屈しやがるんだからな」
「昔からそうなの。身内と他人をはっきり区別する子で、敵に対しては容赦しないけれど、一旦懐に入れた相手にはとことん甘いのよ。そこが私とは全然違うところ」
「お前なら、どんなに脅されようとすかされようと、絶対に折れねーからな」
「ええ。ファミリーだろうがカテーナの町だろうが、どうなろうと知ったことではないわ。……でも、あの子の選択にケチをつける気もない。それに、ツナもカテーナを殲滅したくないんでしょう? だったら尚更、私が口を出す筋合いじゃないわ」
「ツナも甘いからな。一体幾つになりゃ、あの甘ちゃん気質が抜けるんだか」
「あら、私はツナは一生、あのままだと思うわ。あの子の気質こそ、変わるものじゃないのではなくて?」
「──最悪じゃねえか」
「ふふ、そう言いながらも、あなたも分かってるくせに。その甘い部分が、ツナの一番の魅力よ。恐怖と力だけで押さえ込めるほどボンゴレは小さくない……そうでしょ?」
「……面白くねーな」
「どうして?」
「弟子は幾つになっても甘ちゃん気質で、愛人は小賢しいときやがる。ったく、いつになったら満ち足りた平穏な生活を送れるんだか」
「あら、それじゃあ小賢しい愛人が予言してあげるわ。平穏無事な生活なんて、あなたは三日で飽きて、騒動の種を探し始めるはずよ。絶対にね」
「……ったく。ビアンキ」
「はい」
「────」
「────」
「それをやるから、レストランに着くまで黙ってろ」
「……すごく素敵なブレスレットだわ。きらきらして、とっても綺麗。それに、サイズもぴったりよ。ありがとう、リボーン」
「だから、もう黙ってろ」
「──はい」

to be continued...

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